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厄介なことこの上ない

 リヒテンベルグに来て4か月が過ぎた。

 一条の修練は順調と言いたいところだが、あまりいい状況だとは言えない。


 ある程度の難題は覚悟してたつもりだ。

 期限付きの上に、武術を教える相手が素人ときてるからな。

 壁のようなものに突き当たる可能性も考慮してたが、残念ながらそれ以上に厄介な問題に俺たちはぶち当たっていた。


 情けない限りだが、俺ひとりで解決できる問題ではなくなってるため、みんなの知恵を借りる日々がここ最近続いていた。


「……なんか、いつもここに集まってんな」

「アタシは気に入ってるぞ。

 ベアトリクスの淹れたお茶も美味いからな」

「恐縮です、ヴェルナさま」

「……恐縮しすぎて「さま」で呼ばれんのも、段々慣れてきたな」


 そうは言いつつも、ヴェルナさんはどこか不服そうだった。

 それは彼女だけじゃなく、ここにいる誰もが思うことではあるが、子供の頃から憧れていた勇者さまやその仲間たちと会えるなんて、彼女からすれば身に余る光栄とか感じてるんだろうな。


「それでは別室で待機しますので、御用の際はベルを鳴らしてください」

「おう、ありがとな、ベアトリクス」


 ヴェルナさんの言葉に満面の笑みで応えた彼女は、深々と頭を下げて退室した。

 その所作は上品かつ優雅で、美しい容姿も相まって育ちの良さが出ていた。



 中央区に置かれた議会場の一室。

 この場所は元老院が集う場所でもある。


 本来、冒険者の入室は許されないが、俺たちは特別扱いをされてるからな。

 イスとテーブルがあればどこでもいいと伝えたんだが、そんな提案が通るはずもなく、俺たちはこうして立派な造りで特別な会議室に通された。


 しかし、この場で話し合う議題は大きく括ればひとつだ。


「で、どうなんだ、カナタは。

 魔力による身体能力強化は順調なのか?」

「……正直、強化自体は問題ない。

 普通に戦うだけなら十分すぎるんだけど……」


 レイラは言葉を詰まらせた。

 それこそが俺たちの抱える悩みだった。



 レイラから魔力の使い方を学んだお陰もあって、一条はこのひと月で極端に強くなった。

 魔法を使えない俺には分からないが、相当センスがいいとレイラは話した。

 ……問題はその先だ。


 一条は光の魔力持ちだ。

 だがそれは、なんてことはない。

 単純に魔法の属性が"光"ってだけの話らしい。


 光の魔力とは、四大属性と呼ばれる火、水、土、風と別だが、結局のところ魔法属性のひとつにすぎない。

 その違いが出てるだけで、根幹はマナと呼ばれる魔法力の素からそれぞれ個人で変化が生じるとレイラは教えてくれた。


 つまるところ身体能力強化魔法を使いすぎれば、光の一撃を放てなくなる。

 さらに女神様から授けてもらった勇者の能力だけでは、俺はもちろんサウルさんも捉えることができない程度の成長で止まっていた。


 一般的な冒険者からすれば圧倒的と思える強さは感じられるが、俺たちが相手にする敵はその程度で戦えば敗北するだろう。


 だからこそ身体能力が大きく向上する強化魔法は、魔王戦に必要不可欠だ。

 それなくして攻撃すら当てられないとアリアレルア様も言っていた。


 しかし、問題はここからだ。

 あいつのイノシシみたいな気性が、力の温存よりも一気に片を付けようとした。

 特にある一定まで感情が昂ると、本人でも制御ができなくなるらしい。


 この弱点を克服できなければ、魔王とは戦わせられない。

 だが期限を変えられない以上は直すしかないんだが、その教育方針に迷いが出ていた。


 アイナさんやレイラさん、サウルさんやヴェルナさんとも話し合いを何度もしているが、決まって同じ答えに辿り着いた。


「一条の性格を矯正するのは至難の業だ。

 正直、へこたれない精神の強みが、ここにきて厄介な問題になってる。

 俺も指導者としては新米だし、どう対応するのが最善か見えないんだ」

「気絶するくらいボコっても、気がついたらすぐに立ち上がって模擬戦を再開するんだろ?

 アタシだって、そこまで強い精神は持ってねぇよ……」


 "狂狼"と呼ばれるほどギラついてたヴェルナさんでも匙を投げる心の強さか。

 そこだけ聞けば悪い話じゃないように思えるが、実際は厄介なことこの上ない。


 最悪の場合、致命的な一撃を受ける結果に繋がりかねない。

 それどころか、負ける姿しか見えなかった。


「まして本人すら制御できねぇんじゃ、俺らが何を言っても無駄な気がするな」

「サウルさんの言う通りだと私も思います。

 これまでずっと旅をしてきましたが、あの子の頑固さは筋金入りです。

 頭では理解しようとしても、まず体が動いてしまう子ですからね」

「なら、どうすんのがいいのかね。

 正直に言えば、アタシはお手上げだぞ」


 最近は言うことをしっかり聞くようになった。

 前向きな姿勢も以前より強くなってるのは間違いない。

 それがあいつのひたむきさだと言えば聞こえはいい。


 だが現実は、本能的な行動が勝ってしまう。

 "気が付いた時には敵に突っ込んでた"、じゃあ困るんだ。

 なんとか直さなければならないと思う一方で、一条に説明したとしても改善はされないのは間違いない。


 野生を前面に出した戦い方なんてのはナンセンスだ。

 そんなことができるのは本物の動物か、マンガの中だけだ。


「そんで、あいつはどうしてんだ?

 相当疲れてるだろうし、自室で寝てんのか?」

「……エルネスタさんのところ。

 今日もカナタはお見舞いに行ってる」

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