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次の段階に

「この辺りで休憩にしようか」

「んぁ?

 まだ続けられるぞ?」

「いや、まだあまり"明鏡止水"を長時間維持しすぎないほうがいい。

 どこまで維持できるのかを自分が理解できてないと、急激な力の喪失感が体の奥底から一気に溢れてくるんだ。

 そうなると半日は動けなくなるから、今はまだ早めに止めたほうがいいんだよ」

「そうなのか。

 なんかアタシの知ってる常識では計れねぇな」

「俺もそこまで力の原理を知ってるわけじゃないよ。

 そもそも"明鏡止水"は一般常識からかけ離れてる技だ」

「そういやハルトの世界じゃ、魔法はないんだったな。

 俺らからすると"魔法がない"なんて信じられねぇ世界だが」

「世界が違えば法則も違うらしいからな。

 魔物もいない世界だから、随分違うと思うよ」


 一条はここが"憧れてた世界"だと言っていた。

 剣と魔法の世界で魔物を倒し、ゆくゆくは魔王を倒す勇者として世界を救うのが夢だったみたいだから、リヒテンベルグに来るまでは楽しい旅を続けていたことだけは確かだ。


 本人も楽しげに旅の話をしてたが、焦がれ続けた世界が実はこんなことになっていたなんてのは、さすがに思うところも多いとは思うが。


「それよりも、随分と"明鏡止水"の維持が巧くなってきたよ。

 これなら次の段階に進んでもいいと思うが、どうする?」

「おぉ!?

 そいつぁ楽しみだな!」

「次は何をするんだ?」

「武器に"明鏡止水"を通す修練だな」


 だがこれは、言うほど簡単じゃない。

 いくら身体的、技術的な下地ができているふたりでもゼロから学ぶことになるし、今から見せる技は短期間じゃ体得できないはずだ。


 俺は刀を鞘から抜き、ふたりに見えるように力を込めた。


「今のふたりなら、俺が何をしているのかも理解できるはずだ。

 必要なのは武器を"体の一部"と感じながら薄く伸ばすような感覚。

 力を込めすぎると制御しきれないから、まずは1センチほどの厚さを均等に込め、慣れてきたらさらに少しずつ薄くする感じだろうか」


 ふたりは見よう見まねで練習用の剣に力を込める。

 だが、体から剣へと向かう力を霧散させてしまった。


「……全身にまとった力も解除されちまった」

「しばらくは発動と解除が繰り返すことになると思うよ」


 どうやらヴェルナさんも難航してるみたいだ。

 言われてすぐ体現できるような力じゃないから、当然と言えばそうなんだが。


「……こりゃあ、時間がかかりそうだな……」


 言うは易く、行うは難し。

 "明鏡止水"を体得するだけなら、武芸者であれば難しくはない。

 だがそれを武器にまで纏わせようとするなら話は違ってくる。

 逆に言えば、そう簡単に体得できないからこそ世の平穏が壊されなかったんだとも言えた。


 それにここから先は、身体能力を強化するだけでは済まない。

 力を纏わせた武器で一葉流の技を放てば、それこそ大穴が開くどころではないほどの威力を持つようになる。


「この技術は一葉流の中でも体得に難しい部類に入るが、初級を超えた中級者が習うことになる技でもあるんだよ。

 文字通りの意味で体と武器が一体となった状態を維持できれば、"明鏡止水"はこれまで以上の性能を持つ。

 そこまでいけば、グランドオグル程度なら素手で殴り倒せるようになるぞ」

「……冒険者としての武勲にゃならんような気がするな……」

「……使いようによっちゃ悪名になるな、そいつは……」

「否定はしない。

 一応、物の例えのつもりだから、実際に殴り倒す必要はないぞ。

 まぁ、倒せるとはいっても結構時間はかかると思うが」



 "グランドオグル"

 オーガ種の上位とギルドから認定される危険種の魔物だ。

 表皮は非常に硬く、一般的な武器を通さない耐久性を持つ。

 斬撃、刺突に強い耐性を持つが、衝撃、殴打には軽減される程度でダメージが通ることから、魔法による遠距離攻撃で倒すのがセオリーとされるが……。



「ハルトが使った"アダバナ"、だったか?

 そいつはさらに上位の技なんだろ?」

「そうだな。

 "徒花(あだばな)"は、打撃に特化した覇ノ型の中でも最上位に位置する技だ。

 正直、中途半端な技は相手を苦しめるだけだから、眠らせるために使ったよ」


 あの時は血の匂いで周囲の魔物を呼び寄せないように打撃技で倒したが、見通しのいい場所かつ盗賊団捕縛の任務中でなければ首を落せば済む話だった。

 いくら強固な肉体を持っていたとしても、相手が生物であれば問題ない。

 全力の"紫電一閃(しでんいっせん)"で両断すればいいだけだからな。


 特に今は両刃の西洋剣ではなく、本物と遜色がない日本刀を持ってる。

 試しにいくつか技を出してみたが、切れ味が段違いに上がっていた。

 すべてはこの世界でも最高の技術者が、最大限の努力を尽くして作り上げてもらえたからこそだ。


 "魔晶核結石"製の合金をぶった切ったことには、技術者も腰を抜かしてた。

 しかし、試し切りで一級品の刀を折るなんて、逆に失礼だからな。

 その辺りは了承してもらうとして……。


「もういい加減、起き上がったらどうだ?」

「…………ぜぇ…………ぜぇ…………」


 ちらりと横目で地面にひっくり返っている男へ声をかけた。

 しかし予想通り、動けるほど回復していないようだな。


「……まだ無理そうか。

 思ったより早く終わったな。

 まだ昼過ぎだが、今日の鍛錬は終了にするか」

「……ぅ……せぇ……まだ……やれ……っぞ……」


 息も絶え絶えの男が良く言う。

 そういう言葉は、せめて立ち上がった状態で言うもんだ。


「やる気だけじゃ意味がないって、いつも言ってるだろ。

 大体お前は無駄な動きが多すぎるからすぐに体力が尽きるんだよ。

 力の配分も考えず、最初から全力で長時間戦闘なんてできるわけないだろ」

「……ぐ……ぬぅ……」

「無駄口叩いてないで回復に努めろ」


 減らず口が一人前なのは出会った頃から変わらないが、これが世界を救う"勇者サマ"ってのには未だに抵抗を感じる時がある。

 適性は高いが性格に難あり勇者とか、後世に残していいんだろうか……。


「……大丈夫。

 どこに出しても恥ずかしくない勇者として育てる気持ちは変わってない。

 ……少し挫折しかけたけど……」

「……そうだろうな。

 ふたりの気持ちは俺もよく分かるつもりだよ……」

「カナタは割と頑固ですからね」

「あれを頑固と呼ぶなら、世の中の頑固親父は普通の親父になるな」


 呆れた様子でヴェルナさんは言葉にするが、妙な説得力があった。

 頑固親父はそれなりに自分の信念を持ってるイメージだが、こいつは違う。


 どちらかと言えば、"反抗期"の子供のような感じだろうか。

 そこに見返したいとか、一泡吹かせてやるなんて気持ちが含まれる。


 ……"誰に"なんてのは、考えるのも嫌になるが。

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