到底及ばないほどの
ヒルシュベルガー武具工房、第一魔導研究室。
町の北区にあるこの施設は、主に魔道具の生産と研究を行うために造られた。
その多くが実験段階の武具ばかりで、より実戦を意識した効果や耐久力などの検証は第二研究室へと回されるらしい。
いわゆる外の世界よりも高度な技術である"魔晶核結石"の生産も、ここの地下研究室で行われてると聞いた。
すべては魔王討伐のためにと様々な新技術開発が日夜行われ、ついに完成したのが魔晶核結石と名付けられた技術だ。
これは本来、完成系と言われた魔石をさらに別の素材へと変化させたもので、粒子状にした魔石に別属性の魔力を込め、その状態を維持させることで莫大なエネルギーを蓄えられるようになったのだとエルネスタさんから話を聞いた。
魔道具はもちろん、魔力にすら詳しくない俺が口を出すのも良くないが、ふたつの違う属性を込めるなんて現実的に可能なんだろうかと思えてならなかった。
実際、言うほど簡単なものではなく、込める魔力の配分をわずかに間違えれば爆発を起こすのだとエルネスタさんは話していた。
威力も込めた力次第で変化するらしいから、被害を減らすために地下で試されることが多いらしい。
相当危険な技術ではあるが、その見返りも大きかったようだ。
"魔晶核結石"を用いた城壁は、どんな攻撃にも耐えうるほどの性能があると言われるほど強固なものとなっているし、素材を使って作られた武具は理論上ミスリルを超えたと結論付けられた。
特殊な鉱石に魔力を通しただけのミスリルでは到底及ばないほどの差が開いた素材らしく、完成した瞬間は町を挙げてお祭り騒ぎをしたのだと彼女はどこか懐かしそうに話した。
通された研究室には、様々な魔道具が飾られていた。
そのどれもが完成品ではあるが、実際にそれらを使うことはないらしい。
町の周囲は穏やかで光の壁を越えなければ魔物も存在しないと聞く。
敵がいないんだから武具を必要としていないのも当然だろうな。
つまりは、たったひとつの目的を果たすために作られたんだ。
「すべては魔王討伐のため。
そういった意味で言えば、ここにある武器では通用しません。
疑似的な光の魔力を込める研究もしているのですが、武具に力を込めた瞬間に灰へと変わってしまうので、残念ながら魔晶核結石では魔王を倒すための武器を作ることは困難と結論付けられました」
そんなある日、女神様からのお言葉を夢の中で賜ったのだと彼女は続けた。
エルネスタさん以外にも伝わるようにと水鏡を制作し、初めて投影された女神様の指示は"勇者召喚をすること"だったらしい。
実際、俺と一条はラウヴォラ王国の王都に召喚された。
しかしそれも"先見の女神"が見通した通りの未来だったようだ。
「こちらが、最高傑作品を作る過程で生み出された武器になります。
どうかハルトさんのお役に立ててください」
「……これは……」
正直、驚き以外の感情が湧かなかった。
確かに女神様は俺専用の武器をと言っていた。
眼前に置かれたものも想定していたが、それでも目を丸くしてしまう。
「とても美しい剣ですね。
その工程もただの鍛造ではありませんでした。
鍛冶師も相当驚きながら制作したと聞いています。
女神様はハルトさんに見せれば理解していただけると仰っていましたが……」
「……えぇ、理解できましたよ」
抜き身の刃に美しさを強く感じる。
柄も鞘も、すべて俺の知っている形状そのものだった。
随分と粋なことをしてくれるんだな、アリアレルア様は。
確かにこれなら最高の力を発揮できるだろうな。
「……俺は武術以外は素人ですが、ここにあるのが一級品であることは分かるつもりです。
緩やかに弧を描く姿は美麗としか言いようがありません。
俺にとってこの"打ち刀"は、間違いなく最高の武器ですよ」
これならすべての技を十全に放てるだろう。
もちろん修練は必要だが、今からなら時間も十分にある。
だが、これ以上に素晴らしい武器を用意してもらえるんだ。
魔王と戦うまでにこの刀を使いこなしてみせる。
手に取り、重心を確かめるように向きを変える。
「……見事な刀ですね。
とても良く手に馴染みます」
「完成品と違い、その性能はミスリル武器を超える程度ですが、練習用としてなら問題はありませんか?」
「むしろ俺には最高の武器だと思えます。
修練に使うのもためらいますが、ありがたく使わせていただきます」
「武具職人も、ハルトさんの国で使われていた技術に驚きの連続だったようです。
卸し鉄、水挫し、小割り、積み重ね、積み沸かし、下鍛え、上げ鍛え、芯鉄を鍛え、造り込み、素延べ、火造り、切先つくり、焼刃土を塗っての焼き入れ、合い取り、鍛冶研ぎ、茎仕立てに銘切りとそのすべての工程が知らないことばかりで、とても勉強になりました」
さすがにそこまでの知識はない。
それもすべては女神様のお力あってのことか。
だがこれほどの工程で造られたものは、間違いなく日本刀そのものだ。
ここまで見事なものが練習用だなんて俺には勿体なさすぎるほどだった。




