俺たちの手で
「これで大体のお話はできましたが、何かご質問はございますか?」
女神様の言葉に周囲を確認する。
どうやら問題はなさそうだな。
「大丈夫そうだ。
次は水鏡でのやり取りに?」
「必要に応じてこちらへの扉を開きます。
新月の日にまた会いに来てください。
エルネスタさんとレイラさんには進捗状況の報告をお願いできますか?」
「わかりました」
「……はい」
頷きながら答えるふたりだった。
彼女たちのするべきことは専門的な話になる。
何も知らない素人の俺たちが同席するのは邪魔になりそうだ。
ともあれ、知りたかった話が女神様から直接聞けたのは大きい。
文字でどうこう言われても、正直鵜呑みにできなかったかもしれない。
だからなんだろうな。
こうして管理世界に呼び寄せてもらえたのは。
これは女神様の誠意と受け取るべきだと俺には思えた。
ここは、文字通りの意味で世界を管理するために必要な場所だ。
それはつまるところ"世界の中枢"と言っていい、非常に重要な場所でもある。
そんな世界に人を呼び寄せること自体が、とても特別なことなんだろう。
さらに言えば、そんな大切な管理世界へ迎え入れてもらえたことが、女神様の信頼があってこそなのは間違いないはずだ。
それを俺たちは肝に銘じ、慢心せずに進んでいかなければならない。
この町に来るまで、これほどの決意はなかった。
可能なら俺自身の手で魔王を斃したい。
そう思えるほど、強い感情が渦巻いてる。
だが、俺に魔王の討伐は不可能だ。
それでも、一条ならば世界を救える。
このどうしようもなく悪意に満たされてしまった世界を、魔王の手中から解放できるんだ。
結果、世界中のほぼすべての人たちが管理世界へ導かれようとも、最悪な手段で消滅されるくらいなら俺たちはそれを断固阻止するだけだ。
「人の子たちにとって魔王は強敵です。
どうか、十分お気を付けください」
「おうよ!
女神様の期待に応えられるよう全力を尽くすぜ!」
これまでにないほど、一条には決意を感じられた。
言葉遣いこそいつも通りではあるが、内心では激しい怒りで包まれていた。
……そうだよな。
赦せるわけ、ないよな。
ここに来れたのは本当に良かった。
あと一押し足りないと思っていた一条に、明確な覚悟が宿ったことは重畳だ。
修練の効率も管理世界へ来る前より遥かに良くなったはずだ。
これなら短期間でもかなりの状態まで育つかもしれない。
たった1年しかないと思っていたが、こいつは良くも悪くも感情でやる気が大きく左右するからな。
「よし!
地上に戻ろうぜ!
やるべきことはたくさんあるからな!」
「それでは、またみなさまとお会いできる日を心待ちにしています」
そう言葉にした女神様は右手をかざし、俺たちは管理世界から地上へと戻った。
* *
「……帰りは意識が飛ぶような感覚はないんだな」
「正直に言えば、世界を見守る女神様に会えるとは思ってなかった。
アタシはまだ気持ちがふわふわしてるよ……」
「俺もだ。
ふたり揃ってなんも言えなかったくらいだ。
内心じゃ、相当衝撃的だったんだろうな」
「むしろカナタもハルトさんも、なぜ普通に会話できたのかを聞きたいです……。
お相手はこの世界を管理する女神様なのに、恐縮しなかったのですか?」
「……カナタなら分かるけど、まさかハルト君も堂々とできるなんて驚きだった。
あたしもエルネスタさんも気が気じゃなかったのが本音……」
「……そうですね。
私は夢の中で女神様と会話をさせていただいてましたが、それでもこうしてお会いできるとは思ってませんでしたので、今でも胸の高鳴りが止まりませんよ……」
夢で繋がっていた時は毎日のように話をしていたようだ。
そうでもなければ水鏡の完成は難しかったんだと思う。
実際、女神様のお言葉を水面に写すだけでも相当苦労したはず。
俺からすれば雲を掴むような話にしか聞こえない。
それがどれだけ凄い技術なのか、想像することしかできなかった。
ともかく、俺たちは特殊だからな。
相手が神様だって自覚があまりできていない可能性も高いが、少なくともここにいる誰よりも俺たちは女神様の存在を知ってると言えるから、それほど考えずに話ができたんだと思えた。
「恐縮するのが当然なんだろうな。
俺たちは信じてる神様が違うし、色々と予備知識があったから落ち着いて会話ができたのかもしれない」
「仏教徒だからな俺たちは!
どっちかっていやぁ、カミサマよりも仏様を信じてんだ!」
「……それについて詳しく聞いてみたいけど、まずは報告へ向かうのですよね?」
「はい。
女神様からのお話と、今後の予定を伝える必要がありますので。
ハルトさんの武具についてもお話したいので、レイラさんにもご一緒をお願いできますか?」
「……もちろんです。
あたしもそのつもりでした。
"魔晶核結石"の研究者と、女神様から授かった新技術の議論も交わしたいので」
元老院も相当驚くだろうな。
そもそも女神様とお会いすること自体、想定していなかったはずだ。
今日はこれまで以上に話し合いが長引きそうだ。
「まだ明るいですし、カナタの修練をしましょうか。
時間の確認もしたいところですが、暗くなるまではまだありそうですし」
「待ってたぜ!
今なら何でもできそうな気がするぜ!」
やる気は十分だが、少し気負い過ぎてるな。
まぁ、あんな話を聞かされたんだから、その気持ちも分かるが。
「長期的な修練になるんだから、あまり飛ばすと持たないぞ」
「わかってんよ。
でもよ……体、動かしてぇんだ。
何かしてないと、どうにかなっちまいそうだよ」
一条の気持ちも当然だと思えた。
本音を言えば、俺も他人事じゃない。
あんな存在を赦せるはずがないからな。
「……やろうぜ、鳴宮。
俺たちの手で、この世界を救うんだ」
その言葉は紛れもなく勇者のもので、これまでのような上っ面だけのものでは決してなかった。
明確な覚悟を持つ理由は人によって様々だ。
女神様から話を聞いて、それでも何も思わないようなやつじゃない。
俺も一条も、魔王を討伐しない理由はもう考えられなかった。
一条は"世界を救うために"と言葉にしたが、俺は違う。
俺は、単純に魔王が赦せないんだ。
命を命と思わないクズに怒りを抑えきれないんだ。
そんな外道は害悪でしかない。
この世界から消し去らなければ更なる不幸に見舞われる。
完全に消滅させなければならないと本気で思えた。
同時に、俺が勇者としての適性がなかった理由に納得できた。
俺は一条のように"世界を救う"ことよりも、敵を消し去ることに意識が向く。
だからこそ"光の勇者"なんだろうな、一条は。
それがよく分かったよ。




