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生きていくことを

「……なぁ、女神様。

 魔王を倒したら、俺たちは元の世界に帰れるのか?」


 馴れ馴れしい言葉遣いに、アイナさんとレイラから鋭い気配が一条へ送られる中、物怖じもせずに訊ねた。


 最大の目的は魔王を討伐し、囚われた魂を救済することだ。

 それでも、日本へ戻れるのかを確かめたかった一条の気持ちも分かる。


 俺たちだけでは帰る術がないからな。

 勇者の力で瞬間移動できたとしても、さすがに世界を越えることはできないはずだし、人の肉体で移動すれば何かしらの恐ろしい悪影響を受けそうな気がした。


 異世界から別世界へ移動するなんて、人の技量でどうこうできるものじゃないんだから、女神様を頼るしか手段はないと思えた。


「もちろん可能です。

 おふたりをこの世界へ呼び寄せたのは私ですから、帰還も問題ありません。

 心身への負担もまったくありませんのでご安心ください」

「そうか。

 なら、心置きなく魔王をぶった斬れるな」


 いつもとは打って変わって、落ち着いた口調で一条は答えた。


 ……お前が言いたいことも痛いほど分かるよ。

 俺にもこの世界に特別な人がいれば、同じことを考えたはずだからな。


「……アイナとレイラは……連れて、帰れるのか?」


 悲痛な面持ちで一条は訊ねる。

 ……もう、その答えも出てるんだな、お前にも。

 だからこそ、そんなにも辛そうに訊ねたんだよな。


「……カナタ、女神様を困らせてはいけない」

「そうですよ。

 それに私たちの肉体は、きっともう存在しません。

 仮に奏多の世界へ行けたとしても、魂だけの存在では維持することも難しいはずです」

「でもよ!

 ……なんか、あんだろ……」


 魔王を倒せば彼女たちはもちろん、サウルさんやヴェルナさんも消える。

 これまで出会ってきた人たちのほぼすべてが消滅してしまうだろう。


 "来たるべき時"だなんて理解できない理由で魂を束縛され、必要になったら道具として使うような相手を倒せば消えてしまうなんて、あまりにもひどすぎる話だ。


 一条にとって、アイナさんとレイラは特別な人だからな。

 たとえ連れて帰れなかったとしても、何か他に方法があるんじゃないかと考えるのも当たり前だ。


 だが、それは無理だと女神様は言葉にした。

 申し訳なさそうに答えられたことに一条も戸惑いを見せるが、それでも割り切れるような話じゃない。


 だとしても、世界中の人たちのほぼすべてに肉体を与えて世界に降り立たせるには、さすがの女神様でも一柱(ひとはしら)では不可能だと答えた。

 200年もの歳月を束縛されたことで、魂が劣化しかけているのが"最大の障害"になるらしい。


 しかし、エルネスタさんたちリヒテンベルグの住民も無事だとは言えないのだと、彼女は言葉を続けた。


「……どう、いう……こと、だよ……。

 だって、ばあちゃんたちはこの世界の……。

 なら、魔王がいなくなったあとは、幸せに暮らせるんじゃないのか?」


 一条の問いにまさかと思った俺は、エルネスタさんに訊ねた。


「……リヒテンベルグの総人口はどのくらいなんですか?」

「……1万人です」

「なるほど、そういうことか」

「なんだよ。

 ひとりで納得すんなよ」

「最小存続可能個体数だ」

「……最小……なんだって?」

「天災や環境変動で数が減っても、絶滅することなく長期間存続するために最低限必要となる個体数のことだ。

 ……生物の授業で習ったろ?」

「習ってねぇよ!

 お前どこ高だよ!?」


 高2で習うはずだが、そんなことはどうでもいい。

 問題は閉鎖されたリヒテンベルグでの総人口数が、かなり少ない点だ。

 世界規模で考えれば気にしなくていいかもしれないが、200年も外界との交流がなかった町だけじゃなく、魔王討伐後の世界に人類はいなくなるんだから、子孫を残すにしても厳しいと思えた。


「緩やかに人類は衰退していくってことなのか……」


 そういった点を考えると、魔王の影響は最悪の呪いとしか思えない。

 世界中の人々の命を奪われ、その魂は利用され、残された人類に希望もない。


 最悪だとしか言いようがなかった。


「……魂の状態で200年も存在することは、そもそも無理があるのです。

 それも魔王は粗雑に扱っているようで、可能であれば今すぐにでも消し去りに地上へと赴きたいと何度思ったことか分かりません……。

 この件に関しても検討していますが、私の力だけでは難しいと思われます」


 どうしようもないこと。

 そう言葉にするのはあまりにも残酷だ。

 かといって、女神様にもできないことを俺たちが改善させられるはずもない。


「それでも、我々は日々を生きていきます。

 たとえ滅びの道を歩んでいるとしても、精一杯の生にしがみつきます。

 それが、残された者が先達のみなさまにできる唯一のことですから」


 リヒテンベルグは外界と比べて100年ほど発展してる。

 もちろん一国のみではそこまで高度な技術力に到達することはない。

 それでも"魔晶核結石"などの新技術を発見していたりと、壁の外と比べれば相当の進歩を遂げているのは間違いないだろう。


 産業革命にも似た新エネルギーを確立したところで、結局は徐々に衰退の道を辿ることになるのか。


「……上手く、いかないものなんだな……」

「我々は、それもすべて承知の上で生きていくことを決めました。

 たとえ勇者様たちが魔王討伐に失敗したとしても後悔はしません」


 それもリヒテンベルグの総意なのだと、エルネスタさんは笑顔で言葉にした。


「……だから、みんな俺に深々と頭を下げていたのか……。

 ちみっちゃい子たちも、そんなすげぇ決意でいるのかよ……」


 もしかしたら、本能的に察知していたのかもしれない。

 今回の勇者が唯一の希望になることに、気付いていたのかもしれない。


 魔王が動き出すまで、もう1年半しかない。

 討伐へ向かう旅を考えれば、もっと早くリヒテンベルグを発たなければならないから、鍛錬する時間は1年4か月とちょっとになる。


 ギリギリまで修練するのは良くない。

 できれば1年で形にした方がいいだろう。

 イレギュラーはないと"先見の力"で未来を見通した女神様は言ったが、突発的な状況になる可能性がゼロだとは言い切れない。


 女神様の話から察すると、強力な別の力があれば可能らしいからな。

 そもそもアリアレルア様が未来のすべてを見通せるのであれば、魔王の出現以前に手を尽くせていたかもしれない。


 少なくともどんな事態が起こったとしても、対応できるように心構えは常にしておくべきだと思えた。

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