この世界を棄てたことが
100年、200年の話ではなく、随分と古くからその元凶は動いていたのだと、女神アリアレルアは話した。
それは星の数ほどある世界に、様々な手段で侵略を繰り返してるようだ。
時には世界を管理する女神を消滅させるために刺客を送り付け、その女神が何よりも愛していた存在に牙を剥いたこともあったらしい。
身を挺して女神を庇ったその者は世界に留まることができなくなり、別の世界へ転移される結果となった。
しかし、不幸としか言いようのない事件は、それだけではなかったようだ。
"世界破滅"の危機とも言うべき最悪の現象を押さえることには成功したものの、とんでもない事態になっていたのだと彼女は続けた。
「その子が送られた世界には、人の子では倒せない怪物が地中深くに何万匹も繁殖していたそうです。
幸い、"敵"の目的は実験だったことや地中へ出る様子がなかったこと、また怪物が不完全な存在で放置された点や、管理者たちが地上へ降りられないなどの理由から放置せざるを得なかったようですが、ある世界ではその完成系とも思われる怪物が野に放たれたこともあったと報告を受けています」
聞けば物理、魔法攻撃のすべてを無効化する、文字通りの化け物だったようだ。
それこそ、神の力でもなければ斃せない怪物として世界を蹂躙する手前で阻止できたらしい。
「世界を管理する神が大地に降りるには、持ちうる力を極限まで押さえ込まなければなりません。
そもそも創造した地に侵略者を送られないために"管理世界"を別次元に創り、管理と監視を怠らないよう目を光らせることで世界を安定させるのですが……」
神々に棄てられたその世界では、随分と古くから怪物が送られたらしい。
だからこそ何万匹も繁殖させる結果になったのだと彼女は話した。
神の力を持ってしても感知できない存在なのかもしれない。
そういった経緯から前任者に見放されたんじゃないだろうか。
だが、問題はそこじゃない。
凶悪な怪物が野放しだった点にある。
だから続く一条の言葉も、俺たち人間からすれば他人事には聞こえなかった。
「……物理も魔法も通じない怪物って……。
そんなの、どうしようもねぇんじゃ……」
一条じゃないが、俺も同意見だった。
俺たちでは絶対に行けない別世界だと分かっていても、心配してしまう。
むしろ、この世界にだっているんじゃないかとすら思えた。
「すでにその世界ではふたりの女神と、その使徒たちによって正常化されました。
地下に巣食う怪物の駆除も、"奇跡を体現する女神"の力で地上に影響なく降り立てたことで解決済みです」
……奇跡を、体現?
地上に影響なく女神とその使途が顕現した?
そんなこと……いや、神である以上は俺が考えられる常識で語れるものじゃないから、すべては杞憂か。
凄まじい威力を秘めたパワーワードだが、思えば女神アリアレルアも"未来を見通す力"があるみたいだし、そういった特別なものと考えるのが妥当か。
……それでも、奇跡を自在に体現できるみたいな言い方に聞こえてしまうが。
「"奇跡を体現"って、具体的にどんな力なんだ?」
無意識で訊ねられるその根性は、ここにいる誰もが持ち合わせていないものだ。
褒められることじゃとてもないが、軽々しく聞ける内容でもないと認識してる俺たちからすれば、自然と眉間にしわを寄せてしまうのも仕方がないと思いたい。
「……カナタ。
気になったことを何でも聞くのは、あまり良くない」
「え!?
なんでだよ!?
だって気になんだろ!?」
「それでも、です。
……申し訳ございません。
どうぞ、お話を続けてください」
「かまいませんよ」
アリアレルアは、満面の笑みで答えてくれた。
それどころか、一条が気になったことを話してもらえたのは驚きだった。
まぁ、俺たちが聞いたところで何の支障もないのは確実だが。
「"奇跡の力"とは、文字通りの意味で奇跡的な現象を生み出すことが可能となる力で、その女神が"強く願えば実現させてしまう力"です。
それは多くの理や事象を完全に無視して発現させる、凄まじい力なんですよ」
……チートじゃないかって顔を、一条はしていた。
そう感じる気持ちも理解できるし、そんな力があること自体に怖れを抱くのも仕方がないと思えた。
しかし同時にそれは、様々な問題を解決できる力だと言い換えられる。
もちろん正しく使えばの話ではあるが、神とは人知れずに力を尽くしてくれている存在なのは間違いなさそうに思えた。
ともかく、代行でも世界を管理する女神が"魔王と呼ばれる存在"をなぜ放置してきたのかは理解できた。
世界を創造した神ではないことから手が出せなかったのだから、そこに俺たちが召喚された理由にも繋がる。
もしかしたらこことは違う別の世界でも、同じような目的で異世界人が呼ばれているのかもしれないな。
仮にこの世界を初めからアリアレルアが創造していれば、こんな事態は起きてなかったんだろう。
元々の管理者たる神がこの世界を棄てたことが、魔王発生と人々の破滅に直結しているんだからな。
そういった意味で言えば、彼女は神に棄てられた世界を見過ごせなかった。
しかし、手を差し伸べようともできることは限られ、手を尽くそうと努力すればするほど世界に悪影響をもたらしてしまう八方塞がりだった現状なのだから、相当心を痛めていたと思えた。
そういった"慈愛"を、溢れんばかりに感じさせる方だからな。
きっと神様と呼ばれる存在の多くが、彼女のような方なのかもしれない。
それにこれまでの話から、もうひとつ確信することができた。
"特殊な力"を持つ一条ならば、確実に魔王と呼ばれる存在を消し去れる。
わざわざ地球から召喚したくらいだ。
これから訪れる未来を見通せたからこそ呼ばれたんだと思うが、結局は努力なしに達成できないんだから、俺たちのやるべきことも変わらない。
……変わらないんだが、当の本人はまだ気づいていないようだな。
「な、なんだよ。
みんなして俺の顔見て。
おい今ため息ついたな鳴宮!」
「……お前は幸せそうだなと思っただけだ」
これまでの話を聞いてプレッシャーを感じないのはいいことなんだが、それでも能天気に思える一条のツラを見てると猛烈な疲労感に襲われた。
「……勇者ってのは、どいつもこいつも"こんなやつ"ばかりなのかねぇ」
「おい!?
そりゃどういう意味だよヴェルナ!」
子供に向けるような視線を、女神アリアレルアとエルネスタさん以外の者たちから一斉に向けられた一条は、物怖じする様子もなく騒ぎ立て続けた。




