関連性はないのか
エルネスタさんが落ち着きを取り戻した頃、女神アリアレルアは我が子のように優しく頭をなでていた彼女から離れた。
「お話したいこと、しなければならないことがたくさんあります。
まずはゆっくりとお話しできる場を創りましょうか」
そう言葉にした女神は手をかざし、何もない草原に大きな純白のティーテーブルと人数分のチェアを出現させた。
「――ぅお!?
どっから取り出したんだ!?」
「私の力で創り出しました。
こう見えて、"創造の力"が使えますので」
満面の笑みで答える女神だが、それがどれだけとんでもないことなのかはこの場にいる者はもちろん、カナタにも理解できたようだ。
女神なのだから当然かと思うべきなのか、それとも女神だからといってそんなことが可能なのかと疑問に思うべきなのかは判断できなかったが、少なくとも人智を超えた力を所有する存在であることは間違いない。
「どうぞ、お座りください」
先に女神が席についたのは、俺たちが座りやすくするためなのか?
……いや、余計なことは考えるべきじゃないだろうな。
彼女は敵じゃない。
それどころか、味方として力を貸してくれる。
まだロクに言葉を交わしていないが、それくらいは理解できた。
全員が席へ座ると、女神は紅茶の入ったティーカップとソーサー、お茶請けのクッキーを目の前に出した。
いったいどういった原理で出現させているのか気になって仕方がないが、それを聞いたところで俺に理解できるはずもないか。
「まずはお茶をどうぞ。
お話はそれからにしましょう」
何のためらいもなくお茶を口へと運ぶエルネスタさんだが、しばらくすると体の周りが薄水色に発光し、優しく輝いた光はゆっくりと収まった。
「こ、これは……?」
「このお茶は飲んだ者に"癒しの祝福"を与えます。
これで貴女は本来持つ正常な状態に快復しました」
目を丸くしながら言葉に詰まるエルネスタさんだが、女神が話した内容は俺たち全員にも理解できた。
「……ば、ばあちゃん、病気だったのか?」
「エルネスタさんの病は"癌"。
それも随分と進行していました。
治療法はもちろん、その病名すらこの世界では判明していない不治の病です」
「それを治療できたってことなのか……。
これまで尽くしてくれたエルネスタさんへの感謝からですか?」
「敬語も丁寧語も不要ですよ、ハルトさん。
長年の口癖なので私は直せませんが、どうかいつも通りにお話しください。
この祝福は魔王討伐後、全人類へ授ける予定のものです」
それはたとえ末期と言われる病状だろうと、問題なく快復できるらしい。
創造の力があるからこそ実現できるようだが、あまりにも凄すぎる話に理解が追い付かなかった。
「それと、私は女神を名乗りましたが、正確には"高次元生命体"のいち種族。
創造の力こそ持ち合わせていますが、"創造神"を名乗るつもりもありません。
……そして、この世界を創造した者ではないのです」
女神の言葉に、俺は動揺した。
この世界を創った神じゃない?
だとしたら、誰が創生したんだ?
……いや、"女神は名乗るが"、と彼女は言った。
それが意味するところは、この世界を創った存在が別にいるってことだ。
「もしかして、魔王の発生に貴女との関連性はないのか?」
「はい。
言い訳に聞こえるかもしれませんが、私がこの管理世界、正確にはここも仮の姿として創った場所ではありますが、ここから世界を見守り始めたのは20年前。
地上では"勇者召喚の儀"と呼ばれる儀式が行われた直後になります。
それまでは管理者不在の世界として、無防備な状態で放置されていたのです」
……驚いた。
いや、驚かないほうがどうかしてる。
「つまり魔王の発生後か、それ以前から世界を管理する神が去ったということか」
「はい」
短く、けれども明確さを感じさせる声色で女神は答えた。
彼女が言葉にした内容は衝撃的だった。
それがこの世界の住人からすれば、なおのことだ。
神に見放され、祝福すら与えられない世界。
これまで架空とはいえ神を信仰してきた人からすれば、女神の言葉は衝撃以外の何ものでもなかった。
「……そうか。
それで"世界の管理を代行する者"と言ったのか」
「はい。
私自らが創生した世界であれば魔王への対抗策も十分に取れたのですが、この世界は別の神が管理していたため、管理者以外の女神たる私が深く関与すれば多大な悪影響を大地に与えます。
それゆえに手を出せず、魔王を野放しにせざるを得なかったのです」
現在も同じ状況なんだろう。
女神が直接手を下せるのであれば問題はなかった事例に、人々は200年間も振り回されてるってことでもある。
「……魔王ってのは、何なんだ?
なんで全人類を滅ぼそうとするんだ?
そんなやつ、本当に俺でも倒せるのか?」
そう聞きたくなるよな。
きっと一条だけじゃないはずだ。
ここにいる誰もが知りたいことだろう。
だが続く女神の言葉に、俺たち全員は心の底から恐怖した。
「この世界にいる魔王は、悪しき神が異界から放った存在。
人類を滅亡させ、その魂すべてを使って武器に転用しようと画策する"最悪な捕食者"のひとつです」




