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なんか意味があるんだと

 室内は簡素な造りかと思ったが、よく見ると壁にはとても丁寧で上品な彫刻が施されているようだ。


 地下にあたる場所でも、明るさをしっかりと感じる。

 魔石の技術を利用した光源が室内を優しく照らしているのか。

 やはりこういったところも異世界を強く意識させられるな。


 部屋の中央には直径2メートルほどの大きさがある鏡があった。

 正確には鏡ではなく、床に窪みを造って水を張ったものになるが、ここに女神様を投影させるんだろうか。


 だがどうやら、そういった仕組みではないようだ。

 どこか神秘的にも思える方法で言葉を伝えるらしい。


水鏡(みずかがみ)の中央に、女神様のお言葉が文字として現れます。

 こちらの会話も女神様にお伝えできますよ」

「不思議なやりとりだな。

 もっとこう、普通に会話できるもんだと思ってたよ」


 一条の言うように、俺も同様の手段で交信できると考えていた。

 直接頭の中に響くようなものとか、水鏡に女神様自身が投影されるなりして会話ができるものだと。


 よくよく考えてみれば、それも"世界への過度な干渉"に当たるのかもしれない。

 こればかりは女神様から直接聞かなければ分からないだろうし、ここで考えたところで意味はないと思うが。


「女神様のお言葉が投影されることは、我々にとって"救い"なのです。

 生き長らえた日から200年という途方もなく思える時の中で、我々は生まれては眠りに就くことしかできずにいました。

 ……そして今から20年前、奇跡が起こったのです。

 奇しくも、2度目の"勇者召喚の儀"を失敗した直後のことになります」


 エルネスタさんは、ここではないどこか遠くの空を見つめるように、天井をゆっくりと見上げながら話を続けた。


「……夢。

 始まりはただの夢でした。

 目が覚めると忘れてしまうほどの印象しかないその夢は、次第にはっきりと見えるようになり、記憶にも残るほどの大きなものへと変わっていきました。

 そしてとうとう、女神様のお言葉を賜ったのです」


 瞳を閉じながら、彼女は言葉にした。


 ……そうか。

 エルネスタさんがその夢を見たのか。

 感慨深く"遠いあの日"を思い出しているんだな。


「……なんて、言ってたんだ、女神サマは……」

「一言、"交信するための水鏡を作ってください"、と」


 それから新月になると、神託のように言葉が届くようになったのだと、エルネスタさんはとても嬉しそうに話した。


 当時、彼女は神託を賜る"巫女"のような存在として、リヒテンベルグの民から慕われていたらしい。

 そして水鏡からより効率良く女神様の言葉が投影されるように改良を加え、現在の形で落ち着いたのだとエルネスタさんは続けた。


「夢の中でお言葉を直接伺うことは叶わなくなりましたが、それでもリヒテンベルグの民に女神様のご意思を伝えられるようになったのはとても喜ばしいこと。

 建物の大きさからすべての民へ伝えることこそできませんが、それでも私だけが女神様のご意思を賜るのはいいと、私には思えませんから」


 すべてを慈しむような笑顔で答えるエルネスタさんだった。


 女神様の声を聞いたことがあるのは彼女だけらしい。

 そこに特別な才能や力があるのかもしれないな。


 それでも、彼女は女神様の意志を自分だけ聞けることが辛かったと話した。

 なぜ自分だけと悩んだ日々もあったと、とても寂しそうな顔で答えた。


「……んなことねぇよ。

 きっとばあちゃんには特別な力があったんだ。

 だから女神サマは、ばあちゃんに語りかけたんだよ。

 ……たぶんだけどさ、この町にいる人たちの中で、ばあちゃんだけに伝わったんじゃねぇかな。

 女神サマはさ、全員に言葉を送ってんだよ。

 そんでも、ばあちゃんだけが受け取れたんだと、俺は思うよ」


 きっとそうなんだろうな。

 それが波長なのか、特別な力なのかは分からない。

 でも、リヒテンベルグの民すべてに送ってたんだと俺も思えた。


 だからこそ水鏡を作らせたんだとも。

 より多くの人たちに言葉を伝えるために。


「……結局、女神サマの言葉を聞けたの、ばあちゃんだけだったけどさ。

 それにもなんか意味があるんだと、俺は思うよ」

「……そう……なので、しょうか……」


 いつになく優しい口調で言葉にする一条だった。

 少しだけ困惑しながら答えたエルネスタさんだが、きっとそうなんだろうと俺も思えた。


「そいつも聞いてみようぜ。

 ばあちゃんが抱え込んでた長年の悩みが解消されるかもしれないからな!」

「勇者様のお気持ちはとても嬉しいのですが、どうか魔王についてのお話をお聞きいただければと思います」

「ぁ……うん……まぁ……そう、だよな……」


 優しさの中に彼女の真剣さを感じ取ったんだろう。

 どこか申し訳なく答えた一条に、エルネスタさんには素直なんだなと思えた。

 アイナさんとレイラもそれに気づいていたが、言葉を挟むことはなかった。

 むしろ、孫の優しさに嬉しく思っているような気配をふたりから感じた。


 ……しかし。


「……また、"ばあちゃん"って呼んだ。

 カナタにはキツめの教育的指導が必要と判断」

「そうですね。

 年配者を敬うように、しっかりと教育しましょう」


 小声で話すふたりの会話は、残念ながら届かなかったようだ。

 しかし青ざめながら身震いをした一条は、指導という名の説教が行われることを本能的に察知したのかもしれないな。



「……そろそろ時間ですね」


 事前説明によると、水鏡自体が淡い水色に光るらしい。

 そこに発光した白銀の文字で女神様の言葉が刻まれると聞いた。

 それはそれは、とても美しい光景なのだと。


 幻想的なものが見られるかもしれないなと思いながら待っていると、水鏡が光り出した。

 瞬間、俺たちは別の現象に意識を集中させられることになる。


「な――」


 なんだこれは。

 一条は、そう言いたかったのか。

 これまで感じたことのない体験だった。


 例えるなら一瞬のうちに地面から宇宙へと引き込まれるような感覚、だろうか。

 言葉にすることも難しいその現象は、この先も答えは出ないのかもしれない。


 ひとつだけ確かなのは、エルネスタさんの話していた内容とは、まったくの現象が俺たちの身に起こったことか。


 薄れゆく意識の中、抗えずに俺たちは身を委ねることしかできなかった。

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