俺たち自身のために
ようやく落ち着いてきたのか、周囲を確認するように一条は視線を向けた。
「……そういや、サウルとヴェルナはどこにいんだ?
ここに来れば会えるんじゃなかったのか?」
「おう!
こっちにいるぞ!」
貴賓室の扉が開き、ふたりは一条たちに姿を見せた。
……とは言ってもアイナさんとレイラは気配で気付いてたから、知らなかったのは一条だけになるが。
「…………お前ら……」
「……ま、そういう反応になるよな」
「アタシらにゃ普通に見えてんだが、生存者と異世界人のハルトやカナタには透き通って見えてんだってな」
「……そんな言い方……すんなよ……」
「悪いな、カナタ。
でもな、この状態も俺らは十分理解してるから、お前が悲しむこたぁねぇぞ!」
豪快に笑うサウルさんとヴェルナさんだが、普段通りの笑顔を見せるまでは相当の時間を要したし、それは俺も同じだった。
こんな事態を想像するなんて、誰にもできるはずがない。
それでも今、こうして笑えてることが奇跡にも思える。
自分が同じ立場だったらと思うと、ふたりのような強さはないと断言できた。
「俺らも随分へこんだが、自分にできることをしようってヴェルナと決めたんだ」
「……自分に、できること、か……」
「んな顔すんなよ!
アタシらはまだ消えたりしないぞ!
お前たちの旅を最後まで見守るって決めたからな!」
その言葉を聞くのは二度目になるが、心に突き刺さるほどの重みがあった。
俺も一条と大差ない。
冷静な言動をするのと心の強さは、まったく別のものだからな。
それに心の強さは、ある意味では一条の方が上かもしれない。
一条は"不屈の精神"とも言い換えられる、強い心を持ってるからな。
俺も学んだほうがいいと素直に思えるほどの強さだからこそ、勇者として認められたんだと確信できた。
それでも、俺たちは進まなきゃいけないんだ。
どんなに辛くても、俺たちは足を踏み出す必要がある。
この世界にいる人たちのためだけじゃない。
俺たち自身のために、前へ進まなきゃいけないんだ。
それを伝える直前で、一条は言葉にした。
"決意"とも受け取れる答えに、俺は頬が緩んだ。
「……前に進むしかねぇ。
"俺にできるのか"なんて考えんのはやめだ!
ひたすら前だけ見つめて、どんなやつにも負けねぇくらい強くなってやる!!」
目に見えて分かるほど、燃え滾るような闘志を瞳に宿す一条。
それは、これまでに感じたことのない頼もしさを含んだ気配に包まれていた。
「そんで鳴宮。
いつ訓練を始めるんだ?」
「気が早いぞ。
まだどこに寝泊まりするのかも話してないだろ」
「そんなん後だってできるだろ!?
今はとにかく体を動かしてぇんだ!」
その気持ちも分からなくはない。
もやもやしたものすべてを振り払うには効果的だとも思う。
やる気も十分あるから、今から鍛錬を始めることは悪くはないが……。
「とりあえず落ち着けよ、カナタ。
まだ目標も決めてねぇだろ?」
「んぁ?
そりゃ、"魔王討伐"の一択だろ?」
「そいつは最終的な目標だ。
鍛錬するってのは、ただ体を鍛えるってのとは違うんだよ。
アタシもそれを理解できずにやきもきしたが、知ってるのと知らないのとでは雲泥の差が出るぞ。
まぁ、この辺りはハルトのほうが遥かに詳しいだろうけどな」
「そうなのかよ?」
「ヴェルナさんの言う通りだよ」
闇雲に鍛錬したところで大きな効果は得られない。
がむしゃらに体を鍛えればいいって話じゃないからな。
「本格的に強くなりたいなら"明確な意思"が必要になる。
誰かを倒したい、誰かを救いたいなんて曖昧なものじゃダメなんだ」
「……じゃあ、どうすればいいんだ?」
「何かをしたいと思うことじゃ足りない。
そんな弱い心じゃ、いざという時に致命的な差が出る。
もっと明確に"俺が魔王を倒す"と腹を括るべきなんだよ。
これは自分を追い詰めているように聞こえるかもしれないが、それくらいで一条にはちょうどいいと判断した」
「……強気になれなきゃ、勝てるもんも勝てなくなるってことか」
「若干違うが、その認識でいい。
もちろん追い詰め過ぎないように俺たち全員がサポートする。
体のケアには、この町の住人が回復魔法や回復薬を提供してくれる。
食事も休息もすべてお前のために力を貸してくれることになってるんだよ」
「至れり尽くせりじゃねぇか!?
なんでそこまで……」
そう言いかけて、一条はぴたりと止まった。
それが何を意味するのか、さすがに気付いたようだ。
「……そうか、そういうことなのか」
「あぁ」
お前がいま感じたことは間違いじゃない。
そうだよ、一条。
俺たちはそのつもりなんだよ。
だからこそ、この町の住民も力を貸してくれるんだ。
「町の人たちも、俺たちも。
お前のために力のすべてを尽くす。
一条が世界を救う勇者となるために」
町の施設を含め、俺たちはお前が強くために力を尽くすことを決めた。
魔王を倒し、世界を救う。
ただそれだけのためじゃない。
"勇者"を育てられることが嬉しいんだよ。
俺を含め、自分たちには魔王を倒せないからな。
お前に力を貸すことで、自分たちも戦おうとしてるんだ。
「……やっと、わかった気がする。
"勇者"ってのが、何なのか」
そう言葉にした一条の瞳からは、強い決意を感じさせた。
……本当にすごいよ、お前は。
会うたびに心構えが目に見えて分かるほど成長するなんて、余程の才能がなければできないことだと思うよ。




