願いと希望が
自分が取るべき行動が、一条にもはっきりと見えたようだ。
それならば、そのための準備に入る必要がある。
幸い、"リヒテンベルグ"の民すべてが、俺たちに力を貸してくれる。
宿や食事はもちろん、必要になる品やこの町にある施設のすべてを自由に利用できるよう取り計らってくれると、エルネスタさんは改めて話した。
「……すっげぇ優遇されるんだな」
「そのくらいしか、我々にはできませんから」
優しい微笑みを浮かべながら、エルネスタさんは静かに答えた。
しかし優遇される理由はひとつだ。
魔王を倒せるのは勇者だけだからな。
そのために最善を尽くしてもらいたいと、この町に住まうすべての人たちからの願いと希望が込められている。
そのことに気付けないほど、こいつも馬鹿じゃない。
むしろ、ヴァレニウスで再会した時には随分と性格が落ち着いてた。
好戦的な気持ち以外は、少しだけ大人になったような印象も受けたからな。
今回の話を聞いて、心がさらに成長できたと思っていいだろう。
今のカナタが訓練をすれば、これまでにないほど集中できる。
本音を言えば"あと一押し"したいと欲張りたくなるが、水を差す結果になるくらいならこのままのほうがいいか。
「……そんで、何から始めるんだ?」
「それを俺に聞くのか?」
「ハルトさんは適任者だと認識しています。
私もレイラも、誰かに教えた経験がありませんから。
自己鍛錬を淡々と続けてきたこともあって、この世界にいる人たちの中では飛び抜けた強さを手にすることはできましたが……」
「……どんなに強くなっても、あたしたちは魔王と戦えない。
生き残った住民であれば可能みたいだけど、あたしたちが魔王と対峙すれば行動を完全に封じられるから、積み重ねてきた努力が無駄になった」
「そ、そんなことねぇよ!
戦えるようになる手段だってあるんじゃねぇの!?
闇の壁を越えられるほどのアイテムを作れた技術力なら……」
一条も内心では理解しているんだな。
闇の壁はあくまでも魔王が放ったもの。
その場所もここからは遥か遠く、"北の果て"から放たれた力だからこそ防げたと言えるんだろう。
北の果ては、俺たちがここまで旅をしてきた距離の5倍は離れているらしい。
それほどまでの遠くから送られた力に全人類は屈し、魔導国家の都市部のみが存続できた事実を鑑みれば、闇の力を防ぐのと魔王の力を直接無効化することは、まったく別の話になるのも当然に思えた。
現実を勇者である一条に突きつけることをためらったエルネスタさんは、しばらくの沈黙を挟み、とても申し訳なさそうに答えた。
「……残念ながら、現在の技術でも魔王の力を直接防ぐことは適わないと言われています」
異界からの勇者を必要とした大きな理由は、そこなのかもしれない。
この世界の技術で魔王の力を直接抑えられるなら、この国の勇士を討伐に向かわせているからな。
異世界から召喚した者に女神が力を与え、倒せる力を渡してもらえたと考えれば色々と辻褄が合うし、別の観点からも違った推察が出せる。
"世界を渡る"もしくは"越える"とは、瞬間移動するように点と点と繋げるものじゃなく、知覚すらできないほどの光速でトンネルを抜けるような感覚だと思えた。
つまり、世界を渡りきるまでの刹那とも言えないほどの極々わずかな間に、女神様から何らかの加護を与えてもらえたんじゃないだろうか。
その話をすると、一条は目を点にしたまま固まった。
あれは、"言いたいことは分からなくはないが"、といった表情か?
「……あー……。
カミサマに力を授かった……のか?」
「あくまでも仮説だし、無理に理解する必要もない。
これに関しては女神様本人から直接聞けばいい」
実際、女神様が俺たちの宗教、もしくは海外で信仰されるような存在なのかは、現時点で判断なんてできるはずもない。
宇宙にも微生物以外の知的生命体が発見されていない以上、地球圏どころか銀河の先の外宇宙から遥か彼方の場所にもいないんだろうな。
恐らくは別次元。
人とは隔絶された領域にいる。
それが神の領域と呼ばれる場所か、天上にある神の世界なのかは分からないし、神の目的が何なのかも俺には判断がつかない。
それでも、今も頭から煙を出し続けてるこいつには、こう言葉にするのが一番理解しやすいのかもしれないな。
「異世界人の俺たちが話す言語が、みんなにも通じてるだろ?
会話できてることこそが、女神様からの賜りものだと証明してる」
「――そうか!
"言語理解"スキルだな!」
「……まぁ、創作物の中から判断すればそういった表現になるが、この世界ではスキルも一般的な意味を持つから、紛らわしい言い方はしないほうがいいぞ」
「あー、そうだったな」
答えながら笑う一条に、落ち着きを感じられた。
これなら話を先に進めそうだな。




