子供扱いかよ
魔導国家"リヒテンベルク"の中央区に造られた大きな議会場。
都市の有識者たちが都市の代表として様々な議論を交わす評議会だ。
評議員は200人以上で結成されているらしく、中には20代前半の若者も政治に加わっているのだと聞いた。
ここで話し合われる議題は今後の俺たちにはあまり関連しないが、それでもしばらくはこの町に滞在させてもらうことになるから、もしかしたら深く関わる可能性もゼロではないかもしれない。
「ようこそおいでくださいました、勇者様。
そして、200年もの時を束縛され続けたあなた方にもお会いでき、光栄に存じます。
私はリヒテンベルク評議会の最高議長を務めています、エルネスタと申します」
「……この世界に召喚された、一条奏多だ」
さすがに"世界を救う勇者"、だなんて答えられなかったか。
随分と落ち着いた挨拶に思えるが、それもお前の見せた成長のひと欠片なんだろうな。
「俺だけじゃなく、アイナとレイラにも敬意を払ってくれたのか」
「もちろんでございます。
我々の祖先は難を逃れることに成功こそしましたが、逆に言えば我々のみ逃げおおせたようなものですから」
「……そいつは、違うんじゃねぇか?
魔王の闇が迫る中、何とかこの都市は護れたんだろ?
なら、逃げたんじゃなくて、"護り通した"んだ。
俺は……そう、思うよ……」
一条の気持ちが痛いほど伝わる。
ここは大陸の最西端だからな。
「……何となく分かってきた。
あの闇の壁が魔王の影響で、それを超えた先に見えた"光の壁"が侵入を防いでるんだよな?」
「仰る通りでございます。
あの"光の壁"は、我らの祖先が当時の最高技術で構築したものです。
そこから幾度となく改良を加え、周囲の動物が闇の壁に触れることのないよう、生物除けの防護壁も作り上げました」
「そんなすごいこと、できるのか……」
一条は、俺とほぼ同じ内容の反応をした。
光の壁とはつまるところ、勇者の力を模倣したのと同じだ。
そこまでの技術を人の手によって確立させたのだから、それがどれだけ凄いことなのか、一条もそこに気が付いたようだ。
「はい、可能です。
もちろん相応の準備が必要になりますが、それでも"勇者様"のお力はこの世界の誰よりも強力で、現在でも再現することは叶わずにいます」
それはそうだろうと思う一方で、だからこそ魔王を倒しうる力を秘めていると言えるんだが、事はそう単純な話じゃない。
さすがの一条も考えさせられたのか、真剣な表情で訊ねた。
「……でもよ、魔王が出現したのは200年前で、鳴宮の話じゃ討伐に向かった10英雄は負けちまったんだろ?
その結果、世界が闇に覆われたんだとしたら、今いる魔王ってのはその後に誰かが倒して復活したやつなのか?」
「いいえ、違います。
200年前に出現した魔王は、世界を滅ぼすために力を蓄えていたと言い伝えられています。
その身に溜めた膨大な闇を吐き出すように放ったのではないかと我らは推察しているのですが、それを確かめる術が我らにはなく、こうして安全な壁に囲われた場所で議論することしかできないのです」
そう言葉にしたエルネスタさんだが、どうしようもない事態が起きたことは間違いないし、現在この都市に住まう民の中でも最高の力を備わった人物だろうと、闇の壁を突破することはできても、魔王を倒すまでには至らないほどの技量にしか到達できないのだと彼女は話した。
この200年、何代にも渡って研鑽を積み続け、高めてきた技術は魔王に通じず、すべて帰らぬ人となっているとエルネスタさんは悲痛な面持ちで答えた。
「……なんで、そんなこと……。
異世界から勇者を召喚すりゃ、それで済むかもしれねぇんだろ?
この都市には召喚するやつもいるんじゃないのか?」
「召喚する儀式場も技術者もおりますが、様々な理由から頻繁に勇者様を異界からお呼びすることは叶わないのです」
ひとつは召喚する機会に相当の制限があることだと、彼女は続けた。
そう頻繁にできるような儀式じゃないことくらいは一条にも分かったようだが、いまいちピンと来ていない顔をしていた。
「……たぶん、人の技量だけでは不可能だと予測。
そもそも異界とこの世界を繋げる道を作るなんて、人にできるはずもない」
「そりゃあ、分からなくはないけどよ、具体的にどうすればそんなことが可能になるってんだよ。
レイラは王城で魔術の研究をしてたって話だよな?
それも、200年間続けてたんだろ?」
「……うん。
正確には魔術の研究じゃなくて、自身を高めるための新たな技術の確立で、勇者召喚についての研究を本格的にしてたわけじゃない。
長い時間の中で、時々別のことがしたくなるから……」
「……そっか。
そう、だよな……。
わりぃ、気が利かなくて……」
「……カナタ、人に対して優しくなった。
いい子いい子」
一条の頭を優しくなでるその姿は、子供扱いにはもう見えなかった。
「……なんだよ。
また、子供扱いかよ……」
「……違うよ、カナタ。
あたしたちはね、200年分の記憶が残ってるの。
だから子供扱いじゃなくて、カナタのことは孫のように見えてるの」
「…………もっと、ひどいじゃねぇかよ……。
アイナも同じ気持ちだったのか……」
視線を向けると、アイナさんはとても寂しそうに一条を見つめていた。
今にも涙が出てしまいそうなほどの表情を浮かべながらも、優しく微笑んだ。
「私たちは、もう200歳を超えた"おばあちゃん"なんです。
それに私もレイラも、魔王が存在しなくなった時点でこの世界から去らねばなりませんから、カナタとも結婚はできないんですよ」
「……そんな、悲しいこと……言うなよ……」
「……ごめんなさい」
小さく耳に届いたアイナさんの言葉に、俺の心は突き刺さるような衝撃を受けた。




