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意外な形で

 結局、有力な情報を得ることは叶わなかった。

 実際に書かれた内容通りに物語が進行したのか、それとも本を読み終えた感想と同じで空想上の話が書かれただけだったのかも判別がつかない曖昧な結果となったことは歯がゆいな。


 魔王討伐後、勇者の身に何が起こったのかは想像することしかできない。

 王国の姫と幸せに暮らしたのか、仲間たちと共に新しく国家を勃興し、その子孫が世襲して国を護り続けたのか。

 どんな考察を張り巡らせたところで、答えは出ないと思えた。


「噂では、かの帝国の始まりが"勇者の子孫"だと聞いたことがあります」

「"だからすべてにおいて正しい我らの法を順守せよ!"ってか?

 笑えない暴挙を平然としてる国なだけに、正直"らしさ"を感じるな」


 呆れた様子でヴェルナさんは答え、俺とサウルさんは同調するように頷く。

 悲しそうな表情を見せるリナはどう言葉にしていいのか分からずにいた。


「基本的人権なんてものは、あの国には存在しないんだろうな。

 弱者は強者に使われるのが当たり前だと言葉にしてる時点で、それは多くの人から見れば悪だと断言される。

 "奴隷制度"のすべてを否定したりはしない。

 それで犯罪者が捕まり、結果的に救われる人がいるかもしれないからな。

 だとしても、人が人を一方的に使役を強要するなんて、あってはならない。

 ましてやその理由が"弱いから"だなんて理解する気にもなれないし、俺には生涯分からないことだと思うよ」

「……そう、ですね……。

 私も、そう思います……」


 笑顔を作りながら答えるリナだったが、それはとても悲しい表情に見えた。


 俺たちの知っている情報は、あくまでも人々がしている噂に過ぎない。

 実際に行ってみると、そういった国ではないかもしれない。

 強者が出世する国の噂が噂を呼び、ありえない情報が浸透した可能性だってゼロではない。


 それでも、恐らくはそういった国じゃないと、どこか確信を持てた。

 かの国の内情を知らず、その目にもせずに憶測だけで答えるべきじゃないが、俺はパルムの一件で帝国兵と思しき連中と出遭っているからな。


 ……あの感覚は、異質以外の何ものでもなかった。

 思い出すだけで緊張感が全身を包み込むほどに。


 ラウヴォラ王国の中枢お抱えの暗部組織が存在したと仮定しても、暗殺者を含む陰の人間だとは思えない。

 そういった連中は気配を偽るだろうから、あんな剥き出しの感情を見せたりもしなければ、統率の取れた軍人にしか思えない気配を捕まった状態でもし続けられるとは考えにくい。


 それこそ偽っているのだとすれば俺も騙されたってことになるが、それも正直ありえないと思えてならなかった。


 連中は特別な訓練を受けた兵士。

 少数でパルムを崩壊させるとも考えにくい。

 つまり、指示をした人間が確かにいるってことだ。


 これは現在も続いてる詰問で徐々に明らかになると思いたいところだが、相手がプロで自決も辞さない覚悟を持っていることを考えれば、どれだけ時間をかけても情報を引き出すことは難しいかもしれないな。


「……ま、考えても仕方ねぇよな!

 そんでこの本、どうすんだ?」

「本屋に買い取ってもらうよりも、ここに勇者の物語が好きな人物がひとりいるからな」

「……ふぇ?

 い、いやいや、私はそんなお金持ってないですよ!?」

「不要だよ。

 大切にしてくれる人に渡れば、この本も喜ぶだろ。

 貴重な時間を割いてくれたことや、情報提供とテーブルの占有したことへの謝礼だと思ってくれていいよ」

「……そんな……あぁ、でもでも……んー……や、やっぱり受け取れません!」


 そう言いながらも本に手を伸ばすリナに、俺たちは笑いながら話した。


「もらっちまえよ、リナ。

 どうせアタシらにゃ不要なもんだ」

「だな。

 それなら嬢ちゃんに渡した方がいいだろ」

「印刷されたものだとしても高価だからな。

 欲しいと思った時に後悔すると思うし、良ければもらってほしい」

「……ぅぅ……。

 ……それじゃあ、お言葉に甘えまして……」


 テーブルに置かれた本の表紙に優しく触れながら、とても嬉しそうな笑顔を彼女は見せた。


 よほど好きなんだろうな、勇者の物語が。

 そんなリナが手にしたんだから、本も幸せかもしれないな。

 きっと本屋に戻れば、いつ買ってくれるかも分からない客を待ち続けることになるし、埃が被るくらいなら大切に読んでくれる人に渡ったほうがずっといい。


「ありがとうございます……。

 大切に……大切にします!」


 目尻に涙を溜めながら、彼女は満面の笑みで答えた。



 *  *   



 カフェで休憩をとった俺たちは、冒険者ギルドに顔を出していた。

 問題のひとつでもある"西の果て"についての情報を得るためだ。


 セーデルホルム商業ギルドサブマスターのカルロッテさんに見せてもらった地図には、森の中腹までと思われる場所しか記されていなかった。

 全土が記された地図だとしても、彼女が提示したものはあくまでも商業ギルドで使ってるものらしいから、街道やら地形などは事細かに表記されていたが、林や森など馬車の進入が難しい場所についての表記はないものだった。


 その点、冒険者ギルドであれば、様々な依頼の達成に必要な情報を仕入れなければならない。

 周囲の地形はもちろん、採取できる素材や魔物の生息分布まで幅広く調査され、突発的な事態にも即時対応できるようになっている。


 特に魔物の調査に関しては定期的に行われてるようだ。

 危険種を含む厄介な魔物が出現した場合も、可及的速やかに冒険者へ注意勧告ができなければ犠牲者すら出す可能性があるからな。


「森の半ば以降がどうなってるのか当ギルドは把握しておりませんので、ご質問にはお答えしかねます」


 そう思っていた俺たちの常識は、意外な形で覆される結果となる。


 さすがにこんな事態は想定していなかった。

 ギルドの受付業務に就く女性の言葉に、俺たちはただただ目を丸くしたまま固まることしかできずにいた。

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