前を向ける精神力の強さ
1匹、また1匹と追い上げるように連続で魚を釣り上げる俺に若干の焦りが一条の表情から窺えるようになった頃、空いていた右側のスペースにやってきた女の子が声をかけた。
「ここで釣ってもいい?」
「あぁ、もちろんだ。
自由にしてくれていいよ」
「ありがとう!」
笑顔で答えた少女に礼儀正しさを感じた。
何も言わずに入ってくるやつも多いだろうに。
見た目は12、3歳くらいか。
栗色のショートヘアに濃い茶色の瞳の子だ。
両親も近くにいないことから、恐らくはこの町の子だな。
……年下の子よりも言葉遣いの悪い一条のほうが問題に思えるんだが、これはこれで冒険者としては普通なんだよな。
こっちの世界に馴染んでることに驚きはない。
むしろ日本でもまったく同じような態度をしてたんだろうな。
……いや、もしそうだとすると、かなり問題だと思うが。
釣竿に再び手応えを感じた。
同じようなタイミングで引き上げる。
ちょっと大きめのフェーボリが釣れた。
これなら人数分を集めるのにも貢献できそうだな。
続けて釣り上げるが、これは見たことのない魚だった。
振り向いてレイラに魚を見せると、眠そうな口調で答えてくれた。
「……目の色が深い赤色、体は銀色でヒレが赤い、"ストールローチ"と推察。
小骨が多く焼き魚としては向かないけど、煮物やスープに最適。
長時間煮込むことで骨まで食べられるのが特徴の固有種」
「眠そうだな。
アイナさんみたいに寝てもいいぞ」
「……ん。
もうちょっとだけなら大丈夫。
ありがと」
お礼を言われたが、むしろ感謝してるのはこっちなんだ。
正直、魚を見ただけで判断できるほどの知識は俺たちにないからな。
「……ぐぬぬっ」
徐々に差が詰まることが釣針にも伝わっているのか、ここしばらく当たりのない一条は苛立ちを募らせ始めていた。
練り餌を付け直して湖へ放る。
そう時間をかけずに手応えがあった。
20センチほどのフェーボリだ。
同じ場所に針を落としたし、群れでもいるんだろうか。
「すごーい!
お魚がまた釣れた!
上手だね、お兄ちゃん!」
「これでも今日が初めてで、少し前に釣れるようになったんだ」
「そうなの?
何か釣るためのコツとかあるのかな。
あたしも今日が初めてなんだけど、全然釣れなくって。
もしかして場所が悪いのかなって思って、ここに来たの」
なるほどな。
俺もひとりで来てたら、同じように場所を変えたかもしれない。
「俺も素人だし、教えられるような知識もないんだが……」
そう言いながらも、俺が感じたことを中心にできるだけ多くの情報を伝える。
何かひとつでも釣れる切っ掛けになればと思ってのことだったんだが、俺の話が功を奏したのか、5分ほどで当たりが来たようだ。
「わ!?
わわっ!?」
思い切り釣竿を上げたことで、魚が少女の顔に目がけ迫っていた。
瞬時に移動し、右手で魚を受け止める。
直撃すると思ったんだろうな。
瞳をぎゅっと閉じた少女へ俺は言葉にした。
「もう大丈夫だ」
「……え?
あ、ありがとう」
「たしか、"バルテルスパーチ"だったな。
25センチはあるだろうか」
「……あたしが釣り上げたの?」
「あぁ、そうだよ」
「こんな大きなお魚を?」
「おめでとう」
その言葉にようやく実感ができたんだろうな。
とても嬉しそうに微笑みながら言葉にした。
「ありがとう、お兄ちゃん!
あたしティルダ!」
「春人だ」
「よろしくねハルトさん!」
「俺ぁ奏多だ!」
「うん!
カナタさんもよろしく!」
「おう!」
随分と人懐っこい性格のティルダは、色々な話を聞かせてくれた。
この町に住んでること。
漁師の父親が優勝を狙って沖に出てること。
母は病気でいないと笑顔で言葉にされたことは俺にとって衝撃的だったが、この世界ではそれほど珍しい話でもないと聞いていたから、あえて言葉にするのはティルダに失礼だと思えた。
「偉いなティルダは!
母ちゃんいなくても笑顔でいられるのは、それだけでスゲェぞ!」
「ありがと、カナタさん」
……そういった配慮ができないやつもここにいるとは思っていたが、ティルダは大人の対応をしてくれたようだ。
思えば、この世界の住民の多くは達観してる人が多いように感じる。
ユーリアさんにも言えることだが、年齢よりもずっと大人に見えるんだよな。
それは子供にも感じることがある。
ティルダもそのひとりに思えた。
辛いことや悲しいこと、泣きたくなることがあったとしても、自分自身で解決して前を向ける精神力の強さを持っているようにも感じられた。
魔物や盗賊なんて存在がいる世界だから、当たり前なのかもしれないが。
だとしても、それはとても悲しいことだと俺には思えてならなかった。




