大切にするべきだと
「ヨアキムちゃん、こっちのお肉も焼けたよ!
いっぱい食べて大きくなろうね!」
「あ、ありがとう、アデラさん。
……でも、自分で取るから大丈夫だよ」
「あらあら、私ったら。
そうよねぇ、男の子だもんね。
ごめんなさいね」
そういう意味じゃない、とヨアキムは思ってる顔だな。
年齢に加え、あの幼さの残る顔じゃ仕方ないとも思えるが。
……童顔に関しては、俺も人のことは言えないが……。
思えば、日本人は海外の人から幼く見られやすいと聞いたことがある。
ここは異世界だし、これまでそういったことで喧嘩を売られていたとは思いたくない自分がいるが、それでもヨアキムの顔は俺から見ても相当幼いと言えた。
15歳といえばこの世界では成人として認められ、大人と同じ仕事を受けることができる。
現実的には厳しいが、規則上では冒険者としての活動が許される年齢でもあるから、武術をしっかりと学んだ者であればすぐにでも功績を上げることも可能らしいと、冒険者になった時に教えてもらった。
実際、成人になりたてだと、やはり体力的にも技術面でも危うさが残る。
アートスたちのような若者も珍しいと思うが、あの3人は随分と穏やかな村の出身者だから仕方ないとはいえ、あれほど体力がないことにはさすがに驚きだった。
見たところ、ヨアキムも少しは鍛えているようだな。
漁師は体力仕事だし相当きついとは思うが、やり甲斐を感じられるのは間違いないはずだ。
それにヴァレニウスは美しいと評判の湖が眼前に広がるって聞くし、精神的にも癒しになるんじゃないだろうか。
……まぁ、水棲の魔物もいて時たま船に飛び込んでくるらしいから、結局は冒険者のように鍛えてないとなれないぞと先輩の漁師に言われそうだが。
「それにしても、ヨアキムちゃんは偉いわぁ。
うちの息子と同い年なのに、親元を離れて独り立ちをするなんて。
お母さんもきっと自慢の息子だわって思ってるわよ」
「……うぅ……」
肩を落とすヨアキムは、諦めたように皿の肉を口へ運んだ。
善意からくる彼女の行動を言葉で止めるのは難しい。
むしろ、それができる人は凄いと素直に思えた。
「お兄ちゃん、剣を振ってばかりだもんね。
お父さんはそれでいいって言ってたけど、本当なのかな?」
「そうねぇ。
冒険者は分からないけど、体を健康に保つための運動としてはいいんじゃないかしら」
首を傾げるモニカにアデラさんは答えた。
そういえば彼女はまだ13歳だったな。
武術に興味のない女の子には、良く分からないものなのかもしれないな。
俺の周りにいた女性で理解してくれたのは佳菜だけだった。
それが当然だとは言わないが、一般的な女子に興味を持たれるものでもない。
……むしろ真面目に修練を積む佳菜のほうが特殊なんだろうか。
"一葉流"を護身術目的で習うあいつもどうかとは思うが……。
パルムを出て4時間。
相変わらず見通しのいい草原と、すごい数のディアが見える場所ではあるが、パルムの周辺に住む人には馴染みの光景のようで、これといって言及する者はいなかった。
現在は少し早めの昼食を取っているところだが、今も嬉しそうにヨアキムの皿に焼けた肉を乗せるアデラさんと、ふたりの様子を微笑ましそうに見つめる愛娘モニカの姿は、今後もよく見かける旅になりそうだな。
困ったような笑顔を見せるヨアキムは、幼く見えても成人だ。
それを機に家を出て、子供の頃からの夢だった漁師になることを目指し、大きな湖が広がるヴァレニウスに向かっていると楽しそうに話した。
期待に胸を膨らませている彼には言えなかったが、俺の想像通りならまずは基礎体力作りから教えられそうな気がする。
それでも、憧れの職業だと本気で思っているのなら耐えられるだろう。
あどけなさが残る少年でも、その瞳には炎が宿っていたからな。
きっと立派な漁師になれるんじゃないかと俺には思えた。
指導者の観点から見ると、鍛え甲斐のありそうな後輩だ。
もっとも、彼は冒険者になりたいわけでも、うちの門下生でもないからな。
彼の面倒を最後まで看られない俺が下手なことを口にできるはずもない。
そういえば、これから行くヴァレニウスの近くにあるフォルシアンの湖は水質がとても奇麗で、水棲動物の宝庫だと聞いた。
一般的な川や湖に住む魚と同じ種類でも、その味は段違いで美味いのだとか。
最近は肉ばかりを食べていた俺たちも、次の町では違った料理を楽しめそうだ。
「……うぅ……」
こちらに訴えかけるような視線を向けたヨアキム。
年齢の近い俺に助けを求めているんだが、どちらかといえばアデラさんを止めるのもどうかと思ってしまう。
ああいうのも"母親のぬくもり"って言うんだろうか。
正直、俺にはよく分からないし、分かる日が来るとも思わない。
それでも、アデラさんのように接してくれる人は大切にするべきだと思えた。
『ま、この世界じゃ珍しくもねぇよ。
アタシもサウルも片親を失ってるからな。
ウチは病気で、サウルんとこの親父さんは魔物にやられたんだったか。
なら、アタシらはハルトと同じ、親のぬくもりを半分しか受けてねぇんだ。
仲間だな、仲間!』
パルムを目指していた時、ヴェルナさんは話した。
太陽のような笑顔で答える彼女から同情心は感じなかった。
そういったところもヴェルナさんの魅力のひとつだ。
いつも本音で話してくれるから救われるんだよな。
「あら、こっちも焼けたわよ、ヨアキムちゃん」
「……うぅ……ありがとう……」
はっきりと断れるような大人に、彼はなれるだろうか。
そんなことを思いながら、俺はまるで他人事のように空を見上げた。
「今日もいい天気だな」
「……ハルトさん……」
次第に涙目になる弟のような少年の声を耳にしながら、俺は香辛料の利いたディア肉を口に運んだ。




