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そっちかよ

 ふたりから向けられた何とも形容しがたい空気は落ち着きを見せ、いつも通りに戻ったヴェルナさんは注文を始めた。


「んじゃ、クロコティーリをアタシらの分と、ハルトはどうする?」

「俺も同じものを1人前と、水をもらうよ」

「はい!」

「アートスたちにはいつもと同じ量を」

「……ぱ、パンも……3人前で……たのむよ……」

「わかりました!

 ムッカもご用意しますね!」

「……た……たの……む……」


 その言葉を残し、ぐったりとテーブルの上でアートスは意識を失った。


「……おい、大丈夫なのか、こいつ……」

「あぁ、いつものことだから問題ないよ」

「何となく理解できた。

 よっぽどハードな訓練だったみたいだし、寝かせてやれよ。

 どうせメシが来たら飛び起きるだろ」

「ヴェルナにしちゃ随分と優しいじゃねぇか」


 サウルさんの言うように、俺も意外だと思ってしまった。

 正直、他人にはそれほど興味を見せないこともある彼女からすると、今のアートスに意識を向けることはあっても心配まではしないような気がする。

 出逢った頃から比べると、少し丸くなったような印象を受けた。


 ふたりにはどれだけ絞られていたのか聞かれないことを祈りつつアートスたちの紹介をしたが、反応はできないほど疲れてるみたいだな。

 ぐったりとした様子から始めは不安に思っていたが、実際には腹が減って動けないだけだから放置しても問題ない。


 さすがに俺もこれほどの状態まで鍛錬をしたことがない。

 ……というよりも、アートスたちの体力がなさすぎるだけなんだが。


 そんな彼らを温かい目で見つめながら、サウルさんは言葉にした。


「懐かしいな。

 俺が新人の頃にも似たような連中がいたのを思い出した」

「あー、あれだろ?

 やたら食いまくって食費にほとんど取られるやつな。

 アタシん時も何人かいたな、そういう連中」


 思い出したように笑いながら話すヴェルナさんだった。



 新人冒険者の収入はそれほど悪くない。

 チームを組み、しっかりと安全を保った上で確実に達成できる依頼をこなしていけば、金に困ることはないほどの生活が送れる。


 当然、武具や薬などの出費がかさむのは仕方ないが、少しずつ貯めていくように節制すれば転職の必要もないはずだ。


 ただ、彼らの場合は昼まで"リカラの実"集めをして町に戻り、そのまま訓練場での鍛錬に入ることもあって、他の新人冒険者たちより疲労感が溜まるのも分からなくはない。


 いったいどれだけハードに鍛えられているんだと思ってしまうが、残念ながらそれほど厳しくもない筋力トレーニングが多かったことは、さすがにふたりには言えなかった。


「ま、苦労した分、強くなると思えばいい。

 その生活が日常になれば、世界は少しずつ変わるぞ」

「……あ、ありが……と……」


 珍しくアートスから反応があった。


 さすがリーダー……とは言えないか。

 でも体に負担がかからないような動きができ始めているのかもしれないな。


「無理して喋んな、腹減ってんだろ?

 会話は食ってからにしようぜ」

「だな」

「勘定、置いとくぞ」

「はーい!

 ありがとうございます!

 またお越しください!」


 隣のテーブルに座っていた冒険者チームが席を立ち、エルナに声をかけた。

 店を出る熟練冒険者のひとりは、口角を上げながら俺に手で挨拶をした。

 それを同じように返す俺とその男性を交互に見たサウルさんは、意外そうな表情で訊ねた。


「……あいつ、エルメルじゃねぇか。

 お前、いつの間に知り合ったんだよ」

「エルメルさんとヴィルヘルムさん、アウティオさんの3人は、"隠れ家"探しをする時に力を貸してもらったんだ。

 祝勝会でこの店をすすめたんだが、それから気に入ったみたいで、みんなチームを連れて頻繁に通ってくれるってエルナに聞いたよ。

 そこからは口コミが広まって随分繁盛したんだよな、この店」


 それはもちろん出される料理が美味いからこそ人が集まる。

 おまけに接客も良ければリーズナブルな価格で腹いっぱい食えるからな。

 ここを知ると他の店に行きたくなくなる気持ちも分かる気がした。


「……ハルト、中々楽しそうなことしてたんだな……」


 常連の話じゃなくてそっちかよと、思わず突っ込みかけた。

 がっくりと肩を落としながら、とても残念そうに深いため息をつくヴェルナさんを白い目で見るサウルさんは、呆れたように話した。


「……お前も毎日楽しそうだったぞ……」

「アタシはイノシシを追いかけてぇわけじゃねぇんだよ……。

 あんなもん、ただの"運動"じゃねぇか……」

「……本気で逃げるイノシシを嬉々として追いかけるのは運動とは呼ばねぇよ」

「ふたりとも、相変わらずだな」


 ふたりがいてくれたら、俺も今回の作戦では精神的にも随分と楽になれたとは思うんだが、それも過ぎた話だな。

 しばらくは忘れられそうもない事件として心に残るだろうが、これからはふたりもいてくれるから心強い。

 無茶をする機会も減っていくはずだ。


「……少し変わったな、ハルト」


 ヴェルナさんの思いがけない言葉に少し驚いてしまう。

 不意を突かれたような気持ちだが、俺にはいまいちピンと来なかった。


「そうか?

 俺としては自然体のままだと思うんだが」

「いや、変わったよハルトは。

 少し柔らかくなった」

「あー、それは俺も分かる気がするな。

 ちょっと離れてる間に落ち着きも出たんじゃないか?」

「……久しぶりに会った親戚のおじさんみたいなこと言ってるぞ」


 そう返すとふたりは豪快に笑い、どこか嬉しそうに俺を見ていた。

 俺は視線を逸らしながら、『料理遅いな』なんて話をはぐらかした。


 こういうところに年齢の差が出るものなんだろうな。

 それを学ぶことができた、ある日の夕食時だった。

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