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暴力の本質

 空気が凍りつく。

 血と戦火に染まった草原で、カイとバルザが真正面から対峙していた。


 黒鎧の巨漢バルザが、にぃと口角を吊り上げて笑う。

 戦斧を肩に担ぎ、舌をだらりと垂らして笑うその顔は、まさしく悪鬼。


「さあ、俺たちも始めようぜぇ。楽しい楽しい“死合い”をよぉ」

「……一つ、聞きたい」


 槍を握るカイの眼差しは、どこまでも冷静だった。

 だがその奥には、怒りと疑問と、戦士としての誇りがあった。


「お前たちは、それほどの力を持っていながら……なぜ、他者を蹂躙する?」


 バルザは目を瞬かせたかと思うと、腹の底から吹き出すように爆笑した。


「はぁ?なんだそりゃ。理由?そんなもん、決まってんだろ」


 戦斧の刃が、空を裂いて振るわれる。草地が裂け、土がえぐれ、砂塵が舞う。


「“楽しい”からだよォ!他人を踏み潰すのは、サイッコーだぜェ!」


 笑いながら、バルザは言った。


「民のためにその力を振るえば……お前ならすぐに将軍クラスになれるはず。名誉も、栄誉も与えられるだろう」

「将軍?名誉?栄誉?ああ、全部いらねぇ!そんなもんで腹は膨れねぇし、オレの“衝動”は癒せねぇ」


 瞳が赤黒く染まる。


「欲しいのはただひとつ……このクソみてぇな世の中で、俺が“最強”って証明だけだ!!」

「……」

「他人の悲鳴、涙、絶望。そいつらを喰らって、踏み潰して、骨の髄までしゃぶってやるのが……俺の最高の悦びなんだよ!」


 カイは目を伏せる。そして静かに言い放つ。


「……下衆が」


 その刹那。

 地面を蹴る音と、風の奔流。

 バルザは静かに兜の面頬(めんぽう)を下ろした。

 バルザが巨体に似合わぬ速さで突進する。鉄塊が唸りを上げ、空気を裂いて迫る。


「いくぞォォオオオッ!!!」


 斧が振り下ろされる。空気が裂ける。

 だが、カイはすでにその下にいない。


「遅い……!」


 姿勢を低く、地を這うような動きでバルザの懐に潜り込み、

 槍の柄で肘を叩き上げる。


崩芯(ほうしん)!!」


 ぐらり、とバルザの重心が乱れる。

 しかし、バルザはそのまま逆回転の勢いで斧を横薙ぎに振る。


「喰らえやアアアア!!」


 風圧ごと殺傷力を持った一撃。

 カイは槍の柄をクロスさせて防御するも

 ──轟っ!(ゴウッ!)


 凄まじい衝撃とともに吹き飛ばされ、草地に背中から叩きつけられる。


「くっ……」


 背中に焼けるような痛み。だが、すぐに受け身をとって着地。

 汗が額を伝い落ちる。


──くそっ。一撃が重すぎる……直撃すれば終わる。


「逃げ足は速ぇな!だが次は逃がさねぇ!!」


 バルザが前傾姿勢で、四足獣のようなスピードで突進してくる。


「逃げてなんかいない」


 槍を逆手に持ち、力を一点に集中する。


重力崩壊グラヴィオンクラッシュ


 低く跳ね上がり、バルザの足元の地面を狙って槍を突き刺す。

 魔法が鎧で阻まれるのならば、鎧以外を狙えばいい。


 突き刺さった槍を起点に、草地がうねるように陥没する。

 地面が揺らぎ、バルザの重心が傾く。バランスが崩れる。

 しかし、崩れた体勢のまま、斧が迫る。


「甘い!」


 カイが、空中で体勢を切り替える。

 槍の柄を軸に、風を裂いて回転蹴りを叩き込む。


 ガンッ!


 甲高い衝撃音とともに、バルザの兜が吹き飛んだ。

 露わになる、傷だらけの素顔と、狂気に満ちた血走った双眸。


 ──だが。


「…………ククク……ッははっ、いいぞォ……面白れぇ!」


 バルザが、笑った。

 まるで快楽に酔ったような、壊れた笑みで。


「これでようやく、遊びじゃなくなった。“戦い”が始まるってことだ!」


 その言葉と共に、バルザの肉体から圧が噴き出す。

 まるで魔物。

 まるで、“殺し”のために生まれた生物兵器。


 鎧などなくとも、この男は十二分に強い。

 純粋な破壊力と、暴力の権化。

 カイの喉が、ごくりと鳴る。


──世界は広いな。こんな奴がいるとは。


 互いに一歩、前に出る。

 破壊と誇り。欲望と理性。

 正反対の二人が、ぶつかり合う。


 カイは、表情ひとつ変えずに距離を詰める。

 草原の風が、二人の間を駆け抜けた瞬間


瞬連(しゅんれん)──崩突!!」


 カイの槍が、音すら置き去りにして連打を繰り出す。

 一突き、二突き、三突き……すべてが急所を狙い、鋭さは雷光の如し。


 バルザは斧で防ごうとするが、その一撃ごとに体が揺れる。

 肩、脇腹、腿、喉元。容赦のない刺突が装甲の隙間を的確に貫く。


「どうした、さっきの勢いは……?」


 カイの声は、冷たい。

 まるで何かを見限るような口調だった。


「……ッ!」


 バルザの口元がわずかに引きつる。

 しかし、退かない。むしろ、その目に宿った光はますます狂気に近づいていた。


 カイが更に距離を詰める。

 回転と共に腰を捻り、鋭い横薙ぎの一撃。


断風刃(だんぷうじん)!!」


 真横から叩き込まれる鋭い一撃。風すら切り裂く速度と精度。

 その斬撃が、バルザの胸部装甲を深く抉った。


「自慢の鎧が残念だったな。俺は魔法を使わずとも戦える」


 カイは、冷ややかな眼差しを向け言い放った。

 声音は静か。だが、氷の刃のように鋭く突き刺さる。


 しかし──


「アーハッハッハッ!いいぞ!お前、いいぞォッ!!最高だ!最高に滾るぜぇぇぇ!!」


 バルザは、笑っていた。

 血を滴らせながら、狂気じみた笑顔で空を仰ぎ、歓喜を爆ぜさせる。


「早とちりすんなよ。ようやく、身体が温まってきたところだ」


 槍が突き立ったままの胸部から血が流れる。

 痛みに顔を歪めるどころかその眼には、ますます光が宿っていた。


「今度は、こっちの番だ!!」


 ごうっ、と草原の空気が逆流する。

 バルザの筋肉が膨張し、全身が爆ぜるように盛り上がる。

 戦斧を持つ手に、重厚な気迫が宿った。


 その斧は、まさに破壊のために生まれた刃。

 斬るためではない。叩き潰すための、獣の牙。


烈斬鬼牙(れつざんきが)!!」


 振り下ろされた一撃は、大気を圧縮しながら炸裂。

 爆風と轟音が大地を裂き、地面を隆起させ、広範囲を吹き飛ばす。


「──ッ……!」


 カイは槍で受け止めるも、衝撃は防ぎきれず、体ごと吹き飛ばされる。

 土煙がもうもうと舞い上がり、視界を閉ざす。

 その中で、雷鳴のような声が響いた。


「色男さんよォ……本当に“強ぇ奴”ってのはなぁ、痛みも恐怖も全部まとめて喰らって、それでも笑ってる奴のことを言うんだよ!!」


 土煙の中から、重い足音が響く。

 ずしん、ずしん。

 踏みしめるたび、地が震える。


 バルザが再び姿を現す。

 傷だらけで、血まみれで、なのにその顔には、純粋な歓喜が浮かんでいた。

 まるで、生きることそのものが戦うことだと語るような。

 その存在はもはや人ではなく、“死合い”に酔った怪物。


「止まるなよ!まだまだ、死合いは終わっちゃいねえ!!」


 土煙を割って、バルザが踏み込む。

 一歩ごとに大地がうねる。全身の筋肉が軋み、武器というよりも質量そのものと化した斧が振るわれる。

 カイは、刹那の判断で身をひねる。斧が頭上をかすめ、空気が爆ぜた。


──さっきまでより、ずっと速い……!


 カイの脳裏に、かすかに焦りが走る。冷静な判断力に、小さなノイズが生まれる。

 連撃。受け、受け、受け──防ぎ切れない。

 バルザの攻撃は、戦術でも技術でもない。だが純粋な“暴力”が、すべてを押し流す。


「どうしたどうしたぁ!冷静な面してんのに、手が止まってんじゃねえかァ!」


 バルザの咆哮が響く。

 突き上げる斧の柄がカイの脇腹をえぐる。血が吹き出す。


「……クッ!」


 カイは蹴りで距離を取り、肩で息をする。足元がふらつく。

 視界の端がわずかにぼやけていた。


──受け流すだけじゃ……間に合わない。


 冷静さを維持しようとする思考とは裏腹に、身体が反応しきれていない。


「まだやれんだろ?こんなもんじゃねぇよな、色男さんよォ!!」


 バルザが駆ける。足元の草がはじけ飛び、斧が真横から迫る。

 受けるよりも前に、カイは飛ぶように後退。だが、遅い。


「もらったァ!!」


 その叫びと共に、斧の柄がカイの胸にめり込んだ。


「──っがはっ!!」


 肺から空気が抜ける音が漏れ、カイの身体が宙を舞う。

 草原に叩きつけられ、転がりながらようやく体勢を立て直す。


 ……だが、膝が、沈む。


「……チッ……」


 舌打ち一つ。顔を上げたカイの額から血が流れ、目の焦点が一瞬ぶれた。


 それでも、崩れはしない。

 槍を支えに、立ち上がる。


「おいおい、今のが効いちまったのかァ?これからだってのによォ」


 バルザが迫る。獣じみた笑みを浮かべ、今まさに、とどめを刺す者の歩みで。

いつも切削をお読み頂きありがとうございます!

獣人編は残り三話です。……多分。

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