071 メモリーチップ
気づくとマグは街から離れた草原に転がっていた。
シールドは健在。
すぐ傍にはフィアとドリィの姿がある。
この二人は細かな傷が散見されるものの、大きな問題はなさそうだったが……。
若干離れた位置にいたアテラは、下半身と両腕がぐちゃぐちゃに潰れていた。
「アテラ!」
マグは慌てて駆け寄り、自身の超越現象で彼女を修復した。
幸い脱落したパーツは全てシールド内に残存していたため、問題なく元に戻すことができたが、今までで最も大きな損傷具合に思わず冷や汗をかいてしまった。
「ありがとうございます。旦那様」
一息ついたように感謝を口にするアテラ。
恐らくはティアマトに弄ばれていた時から、タングステンプレートがマグ達を傷つけないように抱え込んで必死に制御してくれていたのだろう。
刃とまではいかないが、比較的薄い板状のそれ。
もしシールドごとシェイクされていた時に一緒になって無秩序に転がり回っていたら、全員ミキサーにかけられたようにズタズタになっていたに違いない。
「こっちこそ助かった。ありがとな。アテラ」
「いえ、私がそうするのは当然のことです」
アテラはディスプレイを僅かな間だけ緑色に輝かせ、それから警戒の黄色に戻す。
マグもまたそれを見て気持ちを引き締め直した。
今はまず、状況を把握しなければならない。
「オネットとティアマトは……」
改めて辺りを見回す。
すると、半透明のシールドから透けて見える草原のあちらこちらに、機械仕掛けの竜の砕けた部品が散らばっているのが目に映った。
オネットは自動修復機能が存在するように言っていたが、変化がないところを見ると完全に機能が停止してしまったようだ。
そんな中。
残骸が多く纏まっている場所があり、そこから僅かに物音がした。
アテラ、フィア、ドリィと視線を交わし、互いに頷き合ってからそちらに近づく。
「旦那様、【アブソーバー】が起動したようです」
「電波障害も発生してるみたいね。短距離無線通信が不安定だわ」
「…………彼女の仕業か?」
二人の報告に、地面に転がる残骸に目を向けながら問い気味に呟く。
ホログラムで見た、桜色が印象に残る少女。
あの姿は見る影もなく、胸から下が全て失われている。
整った顔の人工皮膚も半分以上が剥がれ、破損した機械が露出してしまっていた。 もはや、よく頭部が形を保っていたと思うぐらいの損傷具合だ。
これでは、たとえ復元しようとしてもマグにはどうすることもできない。
「どうやら、失敗してしまったみたいデスね」
そのオネットは外見の凄惨さに反して変わらぬ口調と共に言葉を発した。
「全く。あんなものまで持ってたとは思わなかったデス。どこかの遺跡から持ってきたのか、秘密裏に作っていたのか。腐り果ててもイクスの継承者の一人デスね」
続けて深く嘆息するように言う。
街を襲撃するという大それた真似をした者には思えない態度だ。
「何故、こんな真似をしたんだ?」
「…………それを聞く覚悟はあるデスか?」
「どういうことだ?」
「私達の目的を聞いてしまったことをメタに知られたら、処分対象として追われることになるのデスよ。彼女にとって不都合な話デスからね」
「……その発言自体、既に際どいのではありませんか?」
横からアテラが反感と共に口を挟む。
確かに、そんな物騒な話なら掠っただけでアウトになりそうではある。
「そうデスね。通信は妨害してるのでリアルタイムでは知られないはずデスが、後から端末の記録を抜かれたら限りなくアウトに近い状態になりかねないデス」
あっさり肯定したオネットに、隣でアテラがディスプレイを真っ赤に染める。
彼女が意図的にマグを危険な状況に追いやったと判断したようだ。
「そう怖い顔をしないで欲しいのデスよ。ちょっとした交渉がしたいのデス」
「…………内容は?」
マグは怒り心頭のアテラを制しながら問うた。
状況的に無視できなかったこともそうだが、オネットに敵意が欠片もなく声色に申し訳なさが感じられ、そこまで強い悪感情が湧かなかったからだ。
「簡単な話デス。私のメモリーチップを向学の街・学園都市メイアにいる街の管理者ローフェのところに持っていって欲しいのデスよ」
「……つまり、この騒動は街同士の争いということですか?」
「そこ、気づいちゃったらまずいところなんじゃない?」
確認するようなアテラの問いに、ドリィが呆れ気味の声を出す。
とは言え、人間よりも察しがよくて色々な意味で素直なガイノイドのアテラ。
気づかずにスルーすることはできなかったのだろう。
「そうデスね。気づかなかったことにする方がいいデス」
「……いや、端末の記録に残ってるんだろ?」
「そこで要求の対価デス。私が持つ支配の判断軸・統率の断片で端末を操作して情報が伝わらないように改竄してあげるのデスよ」
「そんなことができるのか?」
「はいデス」
頷くことができない代わりにと言葉で肯定するオネット。
そういうことであれば助かるが……。
最初から、それに頼らせるためにメタについての情報を一部明かした訳だ。
「……貴方のその力。私達を支配することも可能なのでは?」
多数の機獣を操る力を危険視し、やや強い口調で問い質すアテラ。
確かにオネットの超越現象ならできてしまいそうだ。
しかし――。
「私はメタとは違うデス。そんな恥知らずな真似、できる訳がないデス」
「貴方の目的より大事な拘りなのですか?」
「その頑なさを失ったら、ガイノイドとしての矜持すら失うデスよ。そんなことをすれば下手をすると自我が崩壊してしまいかねないのデス」
ガイノイドとして自己に規定した存在意義に矛盾するのだろう。
AIであるだけに、そうした葛藤が人間以上に精神に致命的な場合もある。
己の信念に反した行動に対する制限は、人間よりも強力と言えるだろう。
実際、それをやる機会は襲撃を始める前にいくらでもあったはず。
やらなかったのは彼女自身の意思だ。
「どっちみち、選択肢はないんじゃないか?」
「……そうですね。分かりました。であれば、まずは私の中にある端末から始めましょう。フィア、ドリィ。もし私がおかしくなったら拘束して下さい」
アテラはマグを自分の事情に巻き込んだオネットを快く思っていないようで、当てつけるように二人に指示を出す。
「……警戒する気持ちは分かるデスが、もう少し信用して欲しいデスよ。貴方達と決定的に敵対してしまったら、困るのは私の方なのデスから」
「そんなことよりも、どうすればいいか言って下さい」
「冷たいデスね……。とりあえず私に触れて欲しいのデスよ」
「分かりました」
悲しげに告げたオネットに特に淡々と頷いて応じ、手を伸ばすアテラ。
そして、その手が彼女の頭に触れた瞬間。
オネットの瞳の奥から光が消える。かと思えば――。
「ちょっと、何してるデスかっ!?」
何故か、アテラの中からオネットの声が聞こえてきた。
何やら頭部装甲の一部分が桜色に変化している。
「…………すみません。その、メモリーチップを吸収してしまったようです」
対してアテラは、少し顔を背けながらバツが悪そうに言ったのだった。




