017 押し買い
「……悪いが、もう一度言ってくれるか?」
初対面ながら既に印象は最低最悪。
それでも聞き間違いかもしれないとマグは感情を抑えながら尋ねた。
「貴方のお持ちの機人、お売りいただけるならいい値段をつけますよ」
少し表現を変えてきたが、どうやら聞き間違いではなかったらしい。
マグの心の内に燎原の火の如く怒りが燃え広がる。
それでも公共の場にいるという意識がギリギリのところで冷静さを留めていた。
「話にならないな。他を当たってくれ。……行こう、アテラ」
不機嫌さを滲ませながら吐き捨て、商人らしき男の横を通り抜けようとする。
が、彼はマグ達を小走りで追い越して再び進路を塞いだ。
「まあ、話だけでも聞いて下さい。私はバリウォール商会の代表、ヒンドラン・バリウォールと申します。決して損はさせません」
商人という印象に間違いはなかったようだ。
しかし、頭に悪徳とでもつけた方がよさそうな嫌らしい気配が漂っている。
「どうやら余りよい仕事を斡旋して貰えなかったご様子。再構成の際に超越現象に恵まれなかったのでしょう」
「盗み聞きでもしていたのか?」
ヒンドランと名乗った男の言葉に、マグは一層不愉快になりながら問うた。
「旦那様。彼は私達が整理番号を取得した時から監視していたようです」
対してヒンドランではなく、アテラが答える。
あるいは職業斡旋所への道中から目をつけられていたのかもしれない。
「説明を聞かれたかと思いますが、有り触れた超越現象では最底辺の生活しかできません。稀人は元手となる資産もないので商売を始めようもないですからね」
「……だから何だ」
「いずれにしても、纏まった金が御入用でしょう」
まるでマグのための提案であるかのように告げるヒンドラン。
善意を装って交渉しようとする者は実にたちが悪いものだ。
それだけに最初の印象の悪さも相まって、不愉快さが増す。
マグは余りの腹立たしさに言葉を発することすらできなくなった。
「私の能力では需要がないと聞きましたが?」
代わりにアテラが問う。
声色はいつになく機械的。ディスプレイの色は黒ずんだ赤だ。
「能力確定前のEX級アーティファクトであれば、私の伝手で高く売ることができます。逆に言えば、下手に検証などして等級が下がれば買い取りは不可能です」
ヒンドランは「今だけ、貴方だけの機会です」と笑顔で続ける。
完全に詐欺師の手口だ。
たとえ全て真実だったとしても、答えは勿論変わらない。
「……話にならないな。アテラを売る気は毛頭ない。失せろ」
ギリギリ理性を保ち、話を切り上げて職業斡旋所の外へ向かう。
「そうは言わず、どうか」
更に二度程、ヒンドランはそうやって前に出てこようとしてきた。
対してマグは今度は無視し、立ちどまらずに強引に進もうとした。
すると――。
「待てっ!」
けんもほろろな応対に我慢の限界を迎えたのだろう。
馬脚を露わしたヒンドランは右手を伸ばし、アテラの腕を掴もうとしてきた。




