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盗剣転性~盗んだ剣でメスになる!?~  作者: kadochika


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3.剣士と焼印

 歩けば、肩にかかる重みが大きく減ったことを嫌でも思い知る。

 フィプリオは胸中でため息をついた。


(……軽くなっちまったなぁ、荷物)


 遺跡に置いてきた分が、重量にして4割程度。

 今は残った6割をウルスと分け合って負担している。

 軽いのは悪いばかりでもないのだが、今の彼女には喪失感が大きかった。

 また、服を体型に合わせて新調する時間などもなかった。

 今のフィプリオは男だった時の衣服の袖を折って、無理やり丈を合わせて着ていた。

 ナイフもそうだが、『女神の灯火』を含めた探索用の道具の大半を遺跡に置いてきたことが悔やまれる。

 彼女の隣を歩きながら、ウルスが言う。


「さっきの話だけど……差し当たっては、あの壕――遺跡にいた彼らが帝国の役人じゃないことは確かだ」

「まぁ、役人なら名乗って役目を言うだろうしな。

 (やま)しいトコのある連中なんだろ」


 推測するフィプリオに、彼は続けて尋ねる。


「他に思い当たるところはない?」

「うーん、帝国じゃないなら、あとは外国のスパイとか?

 でも流暢(りゅうちょう)に帝国語喋ってたなぁ……

 となると、やっぱ盗掘集団なんじゃねぇのか」

「だったらなおのこと、心当たりはない?」


 もはやウルスは完全に、彼女が盗掘をしていたと感づいているように思われた。

 フィプリオは必死に、話題を逸らした。


「いやだからさぁ、俺はその……純粋に学術的な興味であそこにいたわけで……

 まぁ、あいつらが盗掘屋なら表通りでバッタリ会うこともないだろ?

 目立たないようにしてりゃ大丈夫……

 っていうか考えてみたらお前の恰好(かっこう)、だいぶ気を引くな……」


 ウルスはゆったりとした古代人めいた上下の衣服に、真っ赤な染料を用いた衣をまとっている。

 赤い染料の希少な現代では、大いに目立つと言っていい。

 彼は少々目を伏せて――謙遜(けんそん)しているらしい――、口にした。


「女神の戦士の正装だからね」


 それに構わず、フィプリオはぼやいた。


「余裕が出来たら服買うから、早めに現代の服に着替えろよな。

 それ以外はハチャメチャに強えぇし、まぁ頼らせてもらうけど」


 その言葉を聞いて、ウルスが軽く眉をひそめる。


「頼られて悪い気はしないが、過度に依存はしないこと。

 僕だって女神のような全能じゃない」


 その表現に反発を覚えて、彼女は言い返した。


「女神が全能なら、何で神託を寄越すばっかで何もしねぇんだよ?」

「僕たちには推し量れない事情があるんだよ、多分ね」

「事情だぁ?」


 フィプリオが彼をどうやりこめようと考えていると、彼女たちの後ろから小さく地響きが聞こえてきた。

 振り向くと、騎馬が街道を駆けてくるのが見える。


「そこの女連れ、止まれぇ!」


 騎馬はそう叫びながらフィプリオたちに近づいてきて追い抜くと、行く手を塞ぐようにして止まった。


「フィプリオ、僕の後ろに」

「あ、あぁ……」


 馬上の男がフィプリオとウルスの顔を交互に見て、確信したように言う。


「間違いない……お前たち、昨日の夜は西の山の遺跡にいたな!?」

(もしかして、あの時仕切ってたやつか……?)


 フィプリオも思い当たったが、口には出さずにウルスの出方を窺う。

 彼は一歩前に出て、男たちに告げた。


「恨んで襲ってきたのか? 名乗りもせずに先に手を出してきたのは君たちだろう」

「黙れ不審者め! 大人しく捕まれ!」

「なら自分たちの素性を言うべきだ。それ次第では考えよう」

「命が惜しくないと見える……!」


 憤りつつも笑う、馬上の男。

 フィプリオが後ろを振り向くと、帯剣した男たちが早足にやってくるのが見えた。

 人数は10人ほど、街道を行く他の通行人たちがそれを遠巻きに避けていく。


「げ、おい、ウルス!?」


 肩を叩かれた彼は、後ろを振り向きもせずに言った。


「分かってる、けど君を守りながらだとちょっと自信が持てないな。

 昨日は不意を突けたけど、今日は向こうが臨戦態勢だ。

 仕方ない、フィプリオ」


 ウルスは帯びていた剣を腰から外し、柄をフィプリオへと預けてくる。


「え、おい……」

「僕を使ってくれ」


 そう告げると、目の前にいたウルスの姿は忽然と消え、フィプリオの手の中に剣だけが残った。

 今朝宿屋で実演したように、彼は()()()()()のだ。

 彼の持っていた荷物が落ちて、どさりと音を立てる。


「消えた……?」


 困惑する男たち。

 説明されなければ、剣になれる男がいるなどとは考えられないだろうが。

 フィプリオの手の中の剣から、彼のものと分かる声が頭の中に聞こえてくる。


(この状態なら、僕の戦闘経験や状況判断がそのまま君のものになる。

 人通りのある昼の街道で殺すのはまずい、できるだけ殺さずに切り抜けるんだ)

「殺すのだってこの人数相手じゃ――」

「仕方ない、女だけでも確保しろ!」

「うぉ!?」


 戸惑っていると、馬上の男の命令で徒歩の男二人が駆け寄ってきた。

 彼女が剣を抜く前に取り押さえようというのだろう。

 フィプリオは剣を鞘に納めたまま、鞘から伸びたベルトを持って振り回した。


(何だ……!?)


 動揺しつつも、身体が半ば、勝手に動く。

 遠心力の加わったベルトが、彼女から見て右側の男の首に絡みついた。


「うぉっ!?」


 フィプリオはそのまま倒れ込むように姿勢を落として敵に背を向け、ベルトを背中越しに思い切り引く。

 そして彼女に向かって倒れ込んできた男の体重を背に受け、全身のばねを使って跳ね起きると、


「うぉりゃっ!」

「ぶふ!?」


 大の男が空中へと放り出され、遠心力で砂利道へと叩きつけられた。

 もう一人はその動きに邪魔されて、フィプリオに掴みかかれず動きを止めている。

 そこに向かって、彼女は素早く横蹴りを放って腹を打つ。


「ぼ――!?」


 その崩れた姿勢の横合いに回り込んで、彼女は手に取った剣の鞘の先端で右脇の下を強く突いた。


「ほがっ!?」

「…………!?」


 一人目は投げられて背面を強打、二人目は腹部と腋下(えきか)への打撃。

 ものの5秒で二人を制圧され、男たちが息を呑むのが見えた。


「隊長、これは……」

「……重傷を負わせても構わん! 抜剣!」


 隊長の指示で、徒歩の男たちは全員が剣を抜く。

 フィプリオの見ている光景がウルスにも伝わっているのか、剣を通して彼の思考が聞こえてきた。


(装備が不揃いに過ぎる。恐らく帝国の兵士ではないね)

「お前の時代とは違うんだが……まぁこの場合は合ってそうだな」


 フィプリオもベルトを腰に巻いて、鞘から剣――この場合はウルス自身か――を抜いた。

 そして距離を詰めてくる二人の兵士を見て、判断する。


(味方を斬る恐れがあるから、一度に斬りかかれるのは反対側から一人ずつが限度――

 ってこれ俺が考えてんのか!?)


 フィプリオ自身には多少の武芸の心得はあったが、実戦経験などはない。

 戦闘に対する明晰な思考に戸惑いつつも、フィプリオは彼女を挟み込むように歩いてくる新たな2人の男に注意を向けた。

 他の6人も、包囲するように街道をにじり寄ってくる。


(先手を取ろう、フィプリオ)

「あぁ!」


 ウルスの提案に応じて、フィプリオは右手側の男に駆け寄った。

 敵は彼女の攻撃をいなして反撃しようとする動きをしており、全くの素人ではないのは明白だ。

 フィプリオは剣を大きく突き出し、相手の回避を誘う。

 読み通り敵は突きを避け――悪くない体捌きだった――、彼女に当身をぶつけようとするが、


「ほっ!」

「ぐぁっ!?」


 そのまま放たれた蹴りで剣を握る指を潰され、得物を取り落とす。

 そして反対側から斬りつけてきたもう一人の剣を、ウルスで弾いた。

 更に新たなもう一人が彼女の背後から斬りかかってくるが、フィプリオはそこで背後に跳躍した。

 剣が振り下ろされる前に体当たりで相手の動きを妨害するが、体重差で押し返される。

 しかし。


「うぐぉッ!?」


 フィプリオは革靴を履いただけの相手の足先を踏み抜いて、怯ませることには成功した。

 怯んで姿勢の下がった敵の顔面に膝蹴りを浴びせ、徒歩の敵の半数を戦闘不能にしたところで、騎馬の隊長が声を上げた。


「攻撃やめ! 俺がやる!」


 すると彼は帯びていた剣の柄に鉄管を接続し、長刃の槍のようにして構え、馬を走らせた。


「げっ!?」


 騎兵突撃は馬の体重と速度が乗るため、人間が徒歩で行う突撃の数十倍の威力を持つ。

 女となったフィプリオを狙うにしては大仰すぎるようにも思われたが、馬の速度で到来するこれを、徒歩の彼女が安全に回避するのは難しい。

 だが、そこに剣となったウルスが言う。


(僕を投げるんだ、フィプリオ! 方向は分かるね?)

「……こうか!」


 フィプリオは剣――ウルスを、突撃してくる騎馬に向かって投じた。

 そのままであれば、厚手の鎧などは着ていない隊長に突き刺さる軌道だ。

 だが、


「ふん!!」


 騎馬の隊長はこれを、槍で弾く。

 そのまま振り下ろされた一撃で、フィプリオは切り裂かれる――しかしその前に。

 剣は空中で、人間の姿に戻った。

 そして見事に馬上に落着し、隊長の背後から組みつく。


「ぐぁっ!? 何だッ!?」

「隊長!?」


 人間に戻ったウルスは手に同形状の剣を持っており、彼はそれを隊長の太ももに、ずぶりと突き刺した。


「ぎゃあッ!?」


 踏ん張れなくなった隊長はウルスによって馬上から突き落とされ、街道に背中を打ち付けることとなった。

 手綱を引いて馬を宥めつつ、ウルスが隊長から奪った槍を、徒歩の男たちに向かって振りかざす。


「負傷した仲間を連れて撤退しろ! そうすれば殺しはしない!」

「逃げるな、立ち向かえ……!」

「隊長、無茶ですよ!」


 背中を打って呼吸困難に陥りつつも、隊長が部下たちに命じた。

 だが、残る男たちは既に戦意を喪失している。

 ウルスの警告通り、彼らは負傷で動けなくなった仲間たちに肩を貸すなどして連れ帰り始めた。

 百メートルは離れたか、彼らが翻意(ほんい)して再び立ち向かってこないことを確認して、ウルスは街道に槍を捨てた。

 そして馬を(なだ)めつつ、周囲を警戒しているフィプリオに声をかける。


「ごめんね、フィプリオ。少し待たせた。

 馬には乗れるかい?」

「……まぁ、一応……」


 かくして二人は馬を手に入れることとなった。

 荷物とフィプリオを上に乗せ、ウルスが歩いて馬を引く形だ。


「結構な数の通行人に見られたから、次の町に急ごう。

 この馬はそこで……売れるといいんだけど」


 彼はそう言いつつ、馬の周囲を回るように歩く。


「あの名乗らねえ連中がもし万が一帝国の役人だったら、目ぇ付けられて終わるぞ俺ら……」


 フィプリオもぼやきつつ、ウルスが何をしているのか見当をつけた。

 馬に焼印がないかどうかを見ているのだ。

 焼印があれば、馬の所有者の素性が分かるかも知れない。

 すると。


(お?)


 馬の右側の、臀部。

 そこには、植物の芽を模したと思しい紋様が焼き込まれていた。

 彼女はウルスに手招きをして、訊ねた。


「おいウルス、この印わかるか?」

「……双葉の芽のように見えるね」


 感想としては、似たようなものだ。

 でも、と、彼は続けた。


「僕には今のところ、見当が付かない。ボタンとの共通点は、植物だってことくらいかな。

 隊長を尋問出来たら良かったんだけど」

「えっ、お前そんな心得あるの……?」

「一応」

「こわ~……」


 まかり間違えば、相手を痛めつけて情報を聞き出すための手管が彼女に向けられるかも知れない。

 フィプリオは少しばかり肝を冷やしつつも、忘れた振りをして彼に呼びかける。


「まぁいいか。ひとまず進もう」


 傾き始めた太陽を背にして、彼らは改めて町を目指した。

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