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ALUDCYCLE―アルド・サイクル―  作者: 砂上 巳水
【SIDE Y】開戦
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第二章 魔窟の傭兵 2


「襲撃者の正体がわかった?」

 思わずリナックスは父の言葉を繰り返した。いきなり予想外の言葉を投げつけられ、心臓が跳ね上がる。

「一体どこの連中が? 兄を襲った者たちと同じ一味なのですか?」

「落ち着け。奴らがサキエル殺しの犯人かどうかはまだわからん。だが、お前を襲撃した意図と黒幕は判明した」

 父はトントンと指で椅子の縁を叩いた。そして――

「フリージアだ。お前とリナリア嬢を襲ったのは、フリージアの特務部隊だった」

 実に冷めた口ぶりで言ってのける。

 フリージア! やはりあいつらが……。

 目的はアザレアの盟主血族を殺して内乱を起こすことだろうか。それともルドぺギアとの和平協定を破綻させるため? いや、それよりも本当にその情報は正しいのか?

 様々な考えが一瞬にして頭の中に押し寄せる。

「経緯は? どこからの情報ですか」

 混乱するリナックスとは正反対に、父は落ち着いた声で説明を続けた。

「実はな。お前とリナリア嬢の移動先と時間を、複数の高官に別々に伝えていたのだ。実際にお前絵たちが襲撃された場所と時間を知っていた高官は、数人しかいない。彼らの動向と襲撃者たちの侵入ルートを比較した結果、ヤングレーという軍部の男が容疑者に上がった」

 その言葉にリナックスは絶句した。父の言葉はまるで、最初からあの襲撃を予期していたとしか思えないものだったからだ。

「どうにもヤングレーは数か月ほど前からある男と接触していたらしくてな。その男の動向を調べたところ、定期的にフリージアの高官と連絡を取っていることがわかった。向こうに侵入させているスパイからその証拠も入手済みだ」

 証拠も入手済? 本当にあのフリージアがこんな安易な手段をとったというのか?

 あまりにひねりが無さすぎる。リナックスは妙な違和感を抱いた。

「……リナリア嬢もいたんですよ。わざわざそんな危険な真似をせずとも、嘘の情報を流せばよかったではないですか」

 敵を釣ることが目的なら、ダミーの飛翔機を飛ばす、嘘の情報を流しそこで待ち受けるなど、いくらでも手はあったはずだ。それをしなかったのは、リナックスとリナリアが本当に襲撃されても構わないと思っていたこと。……いや、というよりも、襲撃される必要があったというべきなのだろうか。

 リナックスの詰問を受けても父は平然とした態度でこちらを見下ろしている。その表情には微塵の後悔も相手の巨大さに対する恐れもない。

 彼の顔を見上げ続けているうちに、リナックスの脳裏にある不吉な考えがよぎった。

「まさか……フリージアが黒幕というのは――……」

 僅かに父の口端が傾く。

「今この世界でアザレアと競える軍事力を持つのはフリージアだけだ。ルドぺギアと和平を結び、魔攻技術を発展させていけば、いずれ強大な軍事力と文明を築くことは可能だろう。だが、技術や情報とは拡散するものだ。魔工技術がいい例ではないか。我が共同体の科学が発展すればするほど他の共同体もそれを盗み、学び、自身の力としていく。太古の戦争では剣と槍だけで勝敗がついた。だがそこに銃が生まれ、魔法が生まれ、争いはより複雑化し、破壊される範囲も拡大していった。アザレアが百万人を殺せる魔工兵器を作り出したところで、十万人を殺せる魔工兵器を複数撃たれたら意味がないのだ。歴史で学んでいるはずだ。五大共同体が発足する前のはるか昔の文明はそうやって消滅した。我々はかつての世界と同じ轍を踏む前に、お互いの技術と力が飽和点を迎える前に、出る杭を叩きつけて置く必要があるのだ」

 その言葉にリナックスは我が耳を疑った。信じられない思いだった。父にとって襲撃者の正体が何だろうとどうでもよいのだ。

 長男の死。次男と同盟共同体代表の娘の襲撃。その二つの事件を受け、彼はいかにそれをメリットに変換するか考えたのだ。どうすれな一番アザレの利益につながるか。どうすれば得を得ることが出来るのか。

 ヤングレーがフリージアのスパイと繋がっていた? それそらも父や軍の幹部が作り出した嘘かもしれない。下手をしたら襲撃者自身も……。

 静かに微笑む父の顔が恐ろしい。その傲慢な危機感のために、一体何人の罪なき民衆と兵士を殺させると言うのだ。リナックスは反射的に視線を逸らし、目を伏せた。

 冷笑。そう表現するのが最も適当だろうか。父はおよそ血のつながった息子に向ける目とは思えないほど鋭利な瞳で次の指令を出した。

「先日から深緑の森付近の、フリージアの最前線基地の動きが慌ただしくなった。恐らくこちらの動きを察知したのだろう。攻撃される前に軍備を整え迎え撃つ腹に違いあるまい。……時が経てば立つほどそこに本都の軍から増援が送られてくるはずだ。そうなればせっかくの大義名分も行かせない冷戦状態へ突入する可能性が高い。そうなる前にお前は軍を率いて深緑の森へと出て欲しい。奴らの数が増す前に拠点を叩き戦力を減退させるのだ」

「そんな、僕に軍を率いれと言うのですか。無理ですよ。だ、大体戦争を始めるなんてそんな真似……!」

「小さな小競り合いはこれまでも多々あったではないか。何を今さら臆することがある。それにお前はあくまで戦意向上の象徴として同行するだけだ。実際の指揮はレンバス将軍に任せる。いずれこの共同体を支配する者として、実際の戦地がどういうものか知っておいた方がいい」

 いずれこの共同体を支配する者。その言葉はただの嫌味としか聞こえなかった。

 反目することはできる。戦争に参加したくはないと意思を示すことはできる。しかしここで父の怒りを買えば、恐らくきっともう兄の死の真実を調べる機会はなくなるだろう。それは避けなければならない。

 目的はあくまで牽制だ。無駄に犠牲を出す必要はない。お飾りだとしても、自分が指揮官として戦場に出向くのなら、ある程度の我儘は効くはずだ。

「わかりました。……直ちに準備を」

 苦い思いを噛み潰して、リナックスはそう答えることしか出来なかった。





「こちらが今回の遠征に使用する駆動兵器たちです。どうです? 総観でしょう」

 兵器貯留所の左右に立ち並ぶ何十機もの駆動兵器を背景に、技術部門本部長ケラッディは歪な笑みを浮かべた。

 護衛兵とケラッディを引き連れ、リナックスは無言で駆動兵器の間を歩いてゆく。

 鉛臭い空気に油の舌触り。部屋中に駆動兵器から剥離した鉄分が充満しているようだった。

「従来の駆動兵器の多くは多脚機構を採用してきました。多脚はあらゆる地形に対応し、踏破することが可能ですが、足元が死角になりやすいという弱点がございます。しかしアザレアの主力機であるこのCCR5000――通称貴婦人(マダム)は、脚部の根元が最上部という独特な形状をしておりため、そのような弱点が存在しません。上下で対になる二つのセンサがあらゆる対象を捕捉し、取り付けられた機関銃と特殊な樹脂繊維で加工した刃、さらには中心部の魔工砲が接近する相手を無情に屠ります。これさえあれば、フリージアの時代遅れのポンコツ兵器に後れを取ることなどありましませんよ」

 まるで自分の息子を自慢する父のようだ。ケラッディの言葉にはただの兵器に向けられる以上の思いが込められているように思えた。

 体の大部分を機械化している彼にとって、もはや人間よりも駆動兵器のほうが親近感が湧く存在なのだろうか。兵器の説明をしているときだけはあの不気味さが薄くなり、どこか子供のような純粋さが見て取れた。

 端まで来たところでリナックスは回れ右をした。合わせて周囲の護衛兵たちも一様に振り返る。

「確かにこれがあれば勝利は揺るがないでしょう。フリージアの駆動兵器はまだろくに魔工兵器を自動発動することも出来ず、使用の際は人が遠隔起動するか、乗り込んで打つレベルのものだと聞いています」

「そうでしょうとも。貴婦人を導入した戦場において、アザレアが後れを取ったことなどただの一度もございません。ただの一度もね」

 爬虫類のような顔を大きく歪ませ、ケラッディは下唇を神経質に嘗め回した。

 なるほど、確かにこの戦力なら大きな力になる。歩兵軍も最新鋭の魔法銃を装備した部隊を二千人配備してくれるらしいし、物量で押せば大した苦労もせず勝てるか。無論、争いにならないことにこしたことはないのだが。

 いつもの不愛想さはどこへやら、不自然なほどケラッディは笑みを浮かべ愛想を振りまいている。そのぴくぴく動いている頭頂部の人工血管を眺めているうちに、リナックスは兄の追悼会議での彼と父の会話を思い出した。

「そういえば、ケラッディ本部長。何やら新しい兵器を開発中だとか。それは今回実践投入なされないのでしょうか」

「……ああ、あれはまだ実験段階でしてね。大まかな設計は終わっているのですが、量産化に苦労しておりまして。ですが、もう間もなく配備することは可能と聞いております」

「聞いている? あなたが開発の責任者では?」

「管理上の責任者といえばそうですな。――……私は最近は管理業務の方に追われておりましてな。開発は終わっていますので、細かな組み立てやゲイン調整等の確認作業は別の者に任せております。ちょうどいい、紹介しましょう」

 そういって、ケラッディは作業着を着た男を一人呼んだ。安全帽子を目深くまで被っているため顔はわかりずらいが、どうにもかなり高齢のように見える。ケラッディは延命措置を繰り返し何十年も研究開発に従事してきた人間であるため、老人の部下がいておかしくはないのだが、こんな高齢の男がまるで若手のホープのような扱いで紹介されるのは、妙な気持ちだった。

「さあ、自己紹介を」

 ケラッディがニタニタ笑いを続けながら急かすと、彼はしわがれた声で名乗った。

「どうも盟子めいし様。初めまして。私が技術主任の――‶アルド〟です」






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