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ALUDCYCLE―アルド・サイクル―  作者: 砂上 巳水
【SIDE Y】開戦
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第一章 アザレアの継承権 4


「凄い眺めですね。高い建物がいっぱい。何だか別世界に来たみたいです」

 階下に立ち並ぶ無数のビル群を見下ろし、リナリアは感嘆の声を上げた。

 彼女の大きく見開かれた目を見て、リナックスも満足げに微笑む。

「あちらは商業区のエリアですね。アザレアの街並みは共同体発足当時から細かにデザインされています。この箱庭を中心にして広がる市街路はチェス盤のように規則正しく伸び、その地区と特徴を一目でわかる様に区分けしているんです。といっても、最近では商会の派閥の影響もあって、多少地域の特性もあいまいになってきてしまってはいますが」

「全部の土地を委員会が管理しているんですか」

「まさか。もちろん土地は個人のものですよ。委員会は法によってそれを制限しているだけです。たとえば、この箱庭の周囲には高さ三百メートルを超える建物は作れないとかね」

 リナリアが縁から上半身を押し出していたため、リナックスは多少心配になりながらもそう答えた。既に準備の完了した飛翔機の前で待機している護衛兵たちの視線が背中に突き刺さるのを感じる。

「写真では見たことがありましたけど、こうやって自分自身の目で見ると、やっぱり凄いです。ルドぺギアにも高い場所はありますけど、丘だったり木の上だったりで、人の作った建造物がここまでの大きさと強度を保っているなんて、とても信じられません」

「日頃しっかりと整備をしているからこそ成り立つ景色です。もし人がいなくなれば、この街並みも三か月もすれば崩壊し、ただの瓦礫の山となっていることでしょう。所詮、自己満足と見栄の産物に過ぎませんよ。ルドぺギアの緑豊かな都市のほうが、ずっと素晴らしいと僕は思います」

 つい思ったままの言葉を口に出してしまったようだ。リナリアが驚いたようにこちらを見返した。

「ふふ。先ほど案内をしてくれた幹部の方とは、随分と意見が違うみたいですね」

 財務部本部長ガリレイのことを言っているのだろう。確かに奴はこれでもかというくらいアザレアの軍事力と科学技術を自慢するだけして、会議室へ戻っていった。

 あそこまで過剰にする必要はなくとも、共同体の紹介をしている人間がその共同体の悪口を述べるなんて、あってはならない話だ。リナックスは失言を恥じるように、話の矛先を変えた。

「……いずれはルドぺギアの街並みも見てみたいですね。なんでも、夜になれば緑に輝く虫がたくさん現れるとか」

「夜光虫のことですね。もう私は慣れてしまいましたけど、確かに外の共同体から訪れる方々は皆感動し、時には涙を流す者もいます。……あれはヌルの眼の影響を受けた一種の球獣なんですけど、人に害がないことから放置されているうちに数を増し、いつの間にか共同体の名物にまでなったんです。ルドぺギアよりさらに奥地の森の中に行けば、視界を覆いつくすほどの夜光虫を見れる場所もあるそうですよ」

「それは、ぜひ一度見てみたいものですね」

 視界一面の夜光虫。それはどれほど神秘的な光景なのだろうか。自由な冒険に強い憧れを抱いているリナックスは、飛び交う霧のような光を想像し、密かに胸を躍らせた。

 リナリアが眺めていた方向に視線を合わせると、高層ビル間を磁場レールに沿って移動する駆動エレベータが見えた。高い建物の多いアザレアではわざわざ一階に降りてからまた高所へ上がる手間を省くため、ああいった行き先可変式のエレベータをよく利用している。早い話が、魔工技術を使って作られたロープウェイ型飛翔機だ。昔は磁場ではなくワイヤーを使っていたらしいが、事故であるビルが倒壊した際、そのワイヤーに引かれてとなりのビルも崩壊した事件があってから今のような形になったらしい。

 彼女は周りの景色をじっくりと見ながら屋上庭園を歩き回り、リナックスはたびたび解説をしながらその後に続いた。

 案内という言葉は聞こえがいいが、このイベントの本当の意味は顔見せだ。和平を結んだ大きな共同体同士として、今後より良い関係を結ぶために盟主たちが図ったのだろう。どれだけ相手の人柄を知るか、どれだけ相手の情報を盗めるか、そんなくだらない意図が裏には隠されている。わざわざ一対一で案内をさせているのも、これを機会に婚約などを申し出て、よりお互いの関係を強固にすることが目的なのだ。

 彼女を案内しながらも、純粋に同年代の友人として接することの出来ない、本心で話すことの出来ない煩わしさに、リナックスはさっそく心苦しさを抱いていた。

「さ、そろそろ飛翔機に搭乗しましょう。お見せしたい場所がいくつかあります」

 片手を前に伸ばし、彼女をエスコートする。近づいてくるリナックスたちをみて、飛翔機の前に並んでいた護衛兵たちが敬礼の構えをとった。




 リナックスはまず、箱庭から数キロ離れた場所にあるアザレア軍本部を案内した。これは事前に幹部連中から指示されていたルートであり、アザレアの軍事力がいかに強力なのか、いかに進んでいるのかを未来のルドぺギア幹部に見せつけることが目的だった。

 機動兵器や魔法銃の演舞。兵士たちの模擬戦などを始め、隊舎や整備場、研究棟などを一通り見て回った。

 勿論、手の内を完全に明かすわけにはいかないため、案内する場所は公開可能な場所に限られていた。軍の最先端研究はここより南にある研究所で行われているし、案内した場所の他にも格納庫や駐屯場所はいくつかある。

 当然リナリアもそれはわかっているのだろうが、単純に珍しいからか、機動兵器や魔工兵器の演舞を眺める度に、目を丸くし声を上げた。彼女の反応があまりに純粋だったため、研究エリアの案内を補助した技術部門本部長のケラッディも、いつもより倍近く饒舌になって兵器の解説をしてくれたほどだ。埋め込まれている管に血が多く流れたらしく、頭部に浮き出ている配管がよりはっきりと浮かび上がっていた。


 軍部の案内が終了した後、リナックスはアザレアの名所と呼ばれている場所を一通り案内した。

 共同体の中で一番高い展望台や、アザレア発足当初から残っている歴史的建造物とその資料館。魔工技術をふんだんに利用した商業エリアの風景など、旅行客がよく通るルートをそのままトレースした。リナックスとしては見慣れている光景であり、正直見ていて面白いものではなかったのだが、大自然の中にあるルドぺギア出身のリナリアにとっては、見るもの全てが新鮮であるらしく、軍部を案内していたときと同様、飽きることなく目を輝かせ、その場その場の案内人を大いに喜ばせた。

 その後も一通りの観光名所を案内すると、リナックスたちは一旦休憩のため、中央地区の敷地内にある人口庭園へと移動した。ここはルドぺギアをイメージして造られた共同体設立の公営公園であり、金属塗れの景色から目を反らしたい人々がよく息抜きに訪れる場所だった。

 綺麗に並べられた木々の間からは透明な水が溝を伝わり流れ落ち、端にある排水溝へと吸い込まれていく。

 天井の吹き抜けから太陽の光が注ぎ込み、木々の葉を最も美しく見せる位置から照らしてくれた。

 リナックスたちはパラソルの下に置かれた椅子に腰を落ち着けると、離れて追従していた護衛に指示をだし、飲み物を取ってきてもらった。それを口に含み味わいながら、リナリアが周囲の木々を見渡した。アザレア発足の英雄である、九体の兵士の石像がこの席を囲むように配置されていた。

「ここは落ち着きますね。何だか自分の共同体の中に帰ってきたみたいです」

「ルドぺギアをイメージしてデザインされた場所だそうです。どれだけ再現できているのか僕にはわかりませんけど、気に入って頂けてなによりです」

「ああなるほど。どうりで……。ここにも魔工技術が使われているのですか」

「そうですね。水をろ過するための動力源。大気を満遍なく循環させるための風力の発生、様々なところに細かな魔工技術が利用されています」

「こうして見てるだけではとても想像できませんね。ルドぺギアでは草木は自然に存在するものでしかないですから。きっと私には想像のできない技術がたくさん使われているのでしょうね」

 どこか影のある表情でリナリアは微笑んだ。

「ルドぺギアでは魔法を施設維持に使うことは少ないのですか」

「ええそうですね。ヌルの眼の影響を受けた物質に意思による方向性を与えて発動する魔工とは違い、ルドぺギアの魔法――私たちは魔術と呼ぶ技法なのですが、それはヌルの眼の影響を受けた物質やそこから流れ出している影響そのものに干渉し、個別の流れを生み出すことで疑似的な空間の重みを作り出す現象です。一定の空間の歪みのみを発動できるように回路を組み、加工された魔工とは違い、魔術はその場その場で理論を構築し周囲に溢れている空間的な重さの偏りを一点に集約させる‶技法〟。あくまで人の手による技であり、その歪みを継続させるためには莫大な体力を浪費します。刹那的な利便さと応用性はあっても、継続して利用できるものでは無いんですよ。だからこそアザレアと懇意にし、そういった技術の提供を受けたいと願ったのですから」

 空間的な重さの偏りを一点に集中させる……。ようは、ヌルの眼によって歪まされ、波のように存在している小さな小さな局地的な空間の歪みを、何らかの手段によって集約し、この世界そのものに影響を与えられるまでの歪みへと発展させる技術ということなのだろうか。ちょうど水滴のついたハンカチを折り曲げ、中心に水たまりを作るような……。

 「僕には全く想像できないのですが、一体どうやって空間の偏りを集約させ魔法を発動しているのですか」

 その話に興味を注がれ、リナックスは質問を繰り返した。

「基本的な原理は魔法道具の発動と大差ありませんよ。意思による空間への方向性づけと影響化。ただ、方向が決められそこにトリガーとなる意思を通すだけの魔工とは違い、魔術は技術によって方向を決定させます。言葉や動作などによるルーティーンを使った精神回路の構築。周囲にうっすらと存在している空間の偏りにその回路を通して働きかけ、集約するという方向を組み込むんです。そしてある程度の大きさになったところで、今度は別の方向性を与えるんです。……こんな風に」

 リナリアは手に持ったコップに視線を集中させ、押し黙った。するとしばらくして、コップの中に注がれていたお茶が空中にゆっくりと浮かび上がり、球状にくるくると回転を始める。まるでそこに小さな天体があるかのような光景だった。

 これがルドぺギアの魔法……。

 初めて目にする‶魔術〟に感動する。専用の変換回路も道具もなく、ただ自らの意識の身でこの水は浮き上がり、回っているのだ。

「凄い。まるで重量者みたいですね」

「重量者とは違いますよ。彼らは複雑な精神回路や理論を構築することも、空間の偏りを集約させる必要もありません。‶自分自身が一つの魔法そのもの〟なのですから。ただ念じるだけで周囲に影響を与えることが可能です。その場その場で環境と発動させたい魔法にあった精神回路を構築し、必死に計算を繰り返すルドぺギアの魔術師たちとは、魔法発動までの経緯と速度が全く異なります。あれは一種の反則技みたいなものですよ」

 自分たちが培ってきた魔法技術に並みならぬ誇りがあるのだろう。リナリアは少しだけ不満そうにそう口をすぼめた。

 自分自身が重量者であるだけにリナックスは複雑な思いで苦笑いを浮かべる。気持ちをごまかすように浮かんだ水球を見つめた。

「学べば僕でも魔法が使えるようになれるんでしょうか」

「可能性はありますが、ある程度の才能は必要です。精神回路構築には複雑な脳内イメージと計算能力が必要となりますし、空間の偏りを感じ取るにもかなりの感性と訓練が要ります。私たちルドぺギアの民は、元々そういったものに敏感な体質を持っているから簡単に魔法が使えるんです。他の共同体の民族では、習得までに数十年はかかるでしょうね」

「なるほど、随分と条件が複雑な技術なのですね」

 リナックスは神妙な顔で頷いた。

 ルドぺギア以外では魔術師の姿がほとんど見られないのもその所為なのだろう。まあ、だからこそアザレアの魔法兵器が飛ぶように売れているわけなのだが。

 だめだ。せめてこの場の会話だけは共同体同士のわだかまりなく和やかな会話をしたいと思っていたのに、どうしても政治的な方向に思考が偏ってしまう。少し前までは全くこんなこと気にもしていなかったはずなのに。これじゃあ自分の成りたくなかった委員会の政治家そのものだ。

 リナックスは自分のお茶を一口喉に流し込んだ。しばらく間を作った後に、思い出したように尋ねる。

「リナリアさんはご趣味とか何かありますか」

「趣味ですか? そうですね。音楽が好きです。五大共同体内の伝統的な曲なら、大抵聞いていますよ」

 音楽か。それなら……――

「いいですね。ご自身で演奏することは?」

「ピアノとバイオリンならなんとか。どちらかと言えば聞く方が好きですけど」

「ああ、でしたらちょうど感想を頂きたい曲があるんです。狩りの合間に暇つぶしで兄と作った曲なんですけど、出来の良さがわからなくて。ルドぺギアの民謡歌を元にしているんです」

「ええ構いませんよ。私で良ければ是非」

 音楽と聴いて興味を持ったのか、リナリアは多少興味を持ったようだった。

 リナックスは懐から小型の笛を取り出すと、それを口にあて演奏を始めた。兄サキエルとの思い出を振り返りながら、感情を込めて演奏する。

 始めのうちは静かに耳を澄ませていたリナリアだったが、途中からは真剣な表情でこちらを見つめた。

 演奏を終えたリナックスに対し、どことなく穏やかな表情で尋ねる。

「いい曲ですね。これを自分たちだけで作ったなんて信じられません」

「作曲はほとんど兄の手ですけどね。僕は補助をしただけです。お気に召したのなら、楽譜をお渡ししましょうか」

「いいですか。それはとても嬉しいですけど。お兄様との思い出の曲では」

「より多くの人がこの曲を知ってくれるほうが、兄も喜ぶと思います。リナリアさんみたいに綺麗な人となら尚更ね」

 ちょっとだけふざけてみたが、リナリアは気にしなかったようだ。本当にうれしそうにリナックスが取り出した楽譜を受け取り、微笑んで見せた。

 ――ああ。こういう顔も出来るのか。

 今までのどこか他人行儀な表情とは違い、純粋な嬉しそうな笑顔。それを見て、リナックスは思わず顔を赤らめてしまった。

「ありがとう。大切にします」

 リナリアはそれを自身の民族衣装の中へ仕舞い、満足げに座り直す。それに合わせるようにリナックスも笛を仕舞った。

「そろそろ移動しましょうか。まだお見せしたい場所はいくつかあります」

 リナックスは護衛兵に指示を出そうと周囲を見渡した。しかしどういう訳か、先ほどまで離れた位置で待機していたはずの彼らの姿が見えない。

 あれ? どこにいった? 

 緊張し立ち上がったところで、壁裏からアザレアの黒と金の兵士服に身を包んだ男が一人姿を現した。それを見てほっとしたのもつかの間、リナックスはすぐに違和感に気が付く。

 アザレア軍は正式な主兵装として長めの可変銃剣を採用しているのだが、その銃は一度でも発砲準備に入るとトリガーをスライドさせるため先端の剣部が上に移動可変するという特徴がある。前から近づいてくる護衛兵の銃は、その可変部が作動し、剣が銃身の上へと移動していた。敵がいたのならばこれほど落ち着いた足取りで近づいてくるはずはないし、いないのであれば銃が発砲体制に可変しているはずもない。唯一可能性があるとすれば、それは可変させた者の銃を奪い、変装した人間だということだ。

「リナリア――!」

 とっさに彼女の手を掴み後方へと引き寄せる。リナリアが驚いた表情を見せたのと、目の前の護衛兵が銃を構えたのは、ほとんど同時だった。

 数発の発砲音が鳴り響き、机の木片が吹き飛ぶ。リナックスは彼女をかばいつつ石像の後ろ側へ逃げようとしたが、そちら側からの発砲音が響き、数人の護衛兵が姿を見せた。どうやら囲まれてしまったらしい。

 ――来たか……!

 間違いない。兄を殺した連中だ。

 そう直観し、勢いで倒れたパラソルの柄を手に取る。

 訳が分からなそうに混乱しているリナリアの前に立ち、リナックスは大きな冷汗を頬に流した。




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