第一章 アザレアの継承権 2
共同体の方針を決定するアザレア最高評議会は、‶箱庭〟の中心部にある大会議場で行われる。全ての幹部へ招集をかけているとの連絡だったので、リナックスも一目散にそこへ向かっていたのだが、その途中で、待っていたとばかりに父――スオウ・ウィルヴァリアの近衛兵に呼び止められた。どうにも父は直接、会議前にリナックスへ情報を伝えておきたいらしい。
盟主の継承が兄に決定してから今までの間、リナックスは不要な存在とばかりにほとんど父から相手にされることはなかった。自由気ままに生きたいリナックスの姿が、形式や立場を重視する父の目には非常にうとましく見えていたからだろう。数週間前に起きた‶事故〟のこともあり、もはや自分がまともに父と会話をすることはないのだろうと思っていただけに、その護衛の言葉にリナックスは驚いた。どうやらまだ辛うじて自分は家族という区分に入っているらしい。
ヨルムを扉の前に待たせ、リナックスは近衛兵に先導されるままに玉座の間へと踏み込んだ。来場者を威圧させるべく設置された金色と黒の装飾の間を通り抜け、部屋の奥、盟主席と呼ばれる代表席に腰を落ち着かせた父の顔を見上げる。
リナックの姿を認めた父は、顎を支えていた手を椅子の縁からどかし、上体を後ろへ戻した。その目には酷く愁いに満ちた色が浮かんでいた。
「……来たか」
広い室内に父の声だけが響く。近衛兵は父とリナックスに一礼し、すぐにその場から消え去った。
こうして二人だけで会話をするのは一体どれくらい久しぶりのことだろうか。実の父というのに異様に緊張した面構えでリナックスは父へと近づいていく。
「――……兄さんが、亡くなったそうだね」
「ああ。そうだ」
「確か兄さんは共同体の大使として、北方へ商談に出かけていたんだろ。一体何があったの?」
「奴の乗った飛翔機が球獣に襲われたらしい。エンジン系に支障を受けてな。雪山に墜落したそうだ」
父は気を紛らわせるように自身の口ひげを撫でた。
「兄さんの遺体は? 本当に死亡したなら遺体があるはずだ」
「墜落した場所はかなりの僻地だ。空中分解した飛翔機から落下したものを見つけることは至難の業だろう。ましてやあそこは五大共同体が一つ、クレマチスの領地内だからな。だが状況的に考えて死亡は確実だ。生き残った別の飛翔機の操縦者が落下していくサキエルを見たそうだ」
「そんな、もし生きてたらどうするるんだ? どこかで生き延びて助けを必死に待っていたら。遺体が見つからないなら生きてる可能性だって十分にあるじゃないか」
「当然捜索隊は今も出している。クレマチスへ協力も要請済みだ。……だが恐らく遺体は見つからないだろう」
何故そうも断言できるのだろうか。父の言い回しに違和感を抱いたリナックスは、その疑問を口に出した。
「……何でそう思う?」
「球獣に襲われたというのは表向きの話だ。実際は何者かの襲撃を受けたらしい。発見された搭乗員たちの多くには、まるで墜落後につけられたような致命傷の痕が見られた」
「襲撃……? 傷? そんな、一体どこの誰が……」
兄のサキエルは次期アザレア盟主を約束されていた男だ。彼の死は多くの組織や人間に影響を与える。魔工技術の発展によって、アザレアは五大共同体の中でもトップクラスの影響力と力を得た。それを快く思わない他の共同体が刺客を放ったということなのだろうか。それとも、継承権が兄から他者へ移ることで利益を得る身内の人間の仕業だろうか。動機を持てる人間は腐るほど多く存在した。
「犯人はまだわからない。だが我が共同体の次期盟主を襲撃したのだ。必ず突き止め、制裁を与える。アザレアと私の威信にかけてもな。既に‶砂〟も放っている」
‶砂〟とは、アザレアが極秘裏に組織している諜報機関である。砂のように各共同体や反乱組織に紛れ込み、時には暗殺を、時にはかく乱と、とても表ざたには出来ないありとあらゆる裏工作を行う連中だ。リナックスの護衛であるヨルムも元はこの〝砂〟の出だった。
「何で事実を公表しないの? そうすればもっと大々的に動けるのに」
「事件のあった場所を考えろ。クレマチスは何十年もアザレアとの貿易を断絶し、サキエルの外交によってようやく小さな交易契約を結べるところだったのだ。そのクレマチスの領地内でアザレア盟主の息子が殺されたなどと公表されれば、民衆は間違いなくクレマチスの人間を疑うだろう。北東のフリージアに睨みをきかせるためにも、北のクレマチスとの関係は重要だ。むろん、犯人が本当にクレマチスの人間であればそれなりの対処は行うが、証拠がない以上、不用意に事態を混乱させるわけにはいかない。フリージアの外交官がクレマチスの一部の勢力に取り入ったという話もあるのだからな。……そもそも、こういう事態になると分かり切っているのに自分の共同体の領地内で暗殺を行う馬鹿はいないだろう」
呆れるようにリナックスを見返し、父はため息を吐いた。まるでだからお前とは話したくないんだと言わんばかりの表情だった。その態度に委縮し、リナックスは意味もなく後ろめたい気持ちになった。
「……犯人の目的はわからないが、これだけで手を止めるとは思えない。恐らくまた何度か攻撃を仕掛けてくるはずだ。次の盟主候補者もサキエルと同様に命を狙われることになる」
兄の次の候補者。そう聞いてリナックスは思わずはっとした。そんなの、一人しか該当者がいない。
「正式な手続きは後で通す。だがこういう話は早いうちにしておくべきだと思ってな。今日より共同体の次期盟主としてお前に継承権を与えることにした」
「僕に? そんな、僕には務まらないよ。そんな器じゃない」
「お前の意見は関係ない。アザレアは血統第一主義の共同体だ。サキエルが死んだ今、お前意外の誰が後を引き継ぐというのだ」
「従弟のタングスティンは? 彼なら性格的にも教養的にも立派な盟主になれる」
「確かに奴は優秀だが、私の妹の子だ。正式な継承権が発生するのはお前の死後となる。そもそもまだやつはまだ七歳だぞ。継承権が移ったとしても、実際に盟主になれるのはだいぶ先の話だ」
含み笑うように、父は微かに喉を鳴らした。継承権を与えるとは体のいい建前で、実際のところこれは、リナックスに従弟が育つまでの盾となれと言っているのかもしれない。
――冗談じゃない。僕は盟主なんか向いていないんだ。そういう面倒なしがらみや立場が嫌で自由に生きたいと願ってきたのに。だから反抗し箱庭から遠ざかろうとしていたのに、何で今さら……――
「拒否権があると思うなよリナックス。ここでは私の命令は絶対だ。今まではお前の勝手気ままな行動も寛大に見過ごしてきたが、それも今日までだ。これからはアザレアの次期盟主として責任を持った行動に努め。……お前には期待している。銃の腕だけで言えばサキエルよりも上だと聞いている。お前なら襲撃者にも対応できるだろう。数週間前の事故でそのための〝力〟も授かったはずだ」
父が何を言いたいのか、リナックスは瞬時に理解した。
数週間前、狩りのために遠出をした森林の中で、リナックスは偶然‶ヌルの眼〟を発見した。初めて目にするヌルの眼に強い興味を抱き、それに近づいてしまったリナックスは、予想以上に強いヌルの眼の空間を引き込む力に捉えられ、あと一歩でヌルの眼の中に堕ちてしまうところだった。ヨルムと兄たちの助けがあって何とか命だけは助かったものの、救助のために数人の兵士の命が犠牲になってしまった。亡くなった兵士の中には貴族階級の者もおり、それがリナックスを大いに苦しめる要因にもなっていた。
――そうか。事故で〝重量者〟となった自分であれば、不意の襲撃に対してもその身一つで応対することが出来る。例え負けて殺されたとしても襲撃者の何らかの痕跡を掴める可能性は高い。
父の目的を察し、リナックスは絶望の底に叩き落とされたような気分になった。
「――……話は以上だ。一時間後に大会議場で会おう。それまでにその泥のついた服を捨てて置け」
家族に向ける穏やかさなど微塵も感じられない声。リナックスは言われるがままに頭を下げることしか出来なかった。
真緑色の世界の中、そこだけ色を失ったかのように灰色の空間があった。
草木も、光も、空気も、そこの場だけ全ての存在が歪んでしまったかのように折れ曲がり、中心にある漆黒の球体へと身を傾かせている。
最初に見つけたのはヨルムだった。足の速い四つ足の球獣を追っているうちに、たまたまそれが目に入ったのだ。それを目にした途端、リナックスたちは狩りのことなどすっかり忘れ、視線を外すことが出来なくなった。
「あれは……」
「ヌルの眼だな。こんな場所にまで……」
リナックスの問いに答えたのは、兄のサキエルだった。
これがヌルの眼――世界を侵食している負の塊。
ごくりと唾を呑み込んだ。話には聞いていた。だがそれが、ここまで存在感に溢れ、深い闇を放つものだとは思ってもいなかった。得体の知れない穴としか思えない何かが、そこに開いている。そんな恐怖を感じたのだ
「すげえ、俺初めて見ました。本当に球体なんだな」
恐怖を感じていなかったのか、それとも興奮でマヒしてしまっていたのか、ヨルムはずけずけと球体へ近づいて行った。それを目にした兄のサキエルが、慌てて彼に駆け寄り腕を捕まえた。
「よせ、それ以上近づくな。引き込まれるぞ。死にたいのか」
「大丈夫ですって。全然吸い込む勢いだって弱いじゃないですか。平気、平気」
「ヌルの眼の略奪には波がある。今は平気でも、次の瞬間そうなっているかわからないぞ。ヌルの泉がまだ発生していない場所は特にな」
「へえ、サキエル様はこいつについてお詳しいんですか?」
「ああ。何度も見たことがある」
どこか言いずらそうにサキエルは顔をそむけた。
こちらの様子がおかしいことがわかったのだろう。球獣を追い込んでいたり周囲を見張っていた護衛たちがその場に集まってきた。皆、驚きに満ちた表情でヌルの眼を見つめていた。
そのとき、リナックスはヌルの眼の境目が僅かに揺らいだ気がした。魔法武器を大量に所持した兵士たちが集まったことで、付近の存在濃度が上昇し、何らかの影響を与えたのかもしれないと思った。
「兄さん。離れよう。何だか怖いよ」
「そうだな。こんなものの近くには長くいるべきじゃない。さあ行こう」
ほっとしたようにヨルムの肩を押し、リナックスの横を通り過ぎるサキエル。しかし直後、突然ヌルの眼の輪郭が大きくノックバックした。
「え?」
その瞬間、リナックスは自分の足の感覚がなくなったと錯覚したが、実際はヌルの眼の引力に引かれ、体が浮き上がっただけだった。
ま、まずい――!
みな悲鳴を上げて慌てて近くの木や人々に掴みかかり、引力に逆らおうと抵抗を見せた。
リナックスも反射的に誰かの腕を掴もうとしたが、掴んだはずの手は強引に振りほどかれた。まるで狙っていたかのように、ヌルの眼の方向へ投げ捨てられたのだ。
宙に浮くだけとなったリナックスの身体は、ヌルの眼の勢いに逆らうことなど出来るわけもなく、そのまま一気に引力の中心へと引き寄せられた。
頭が真っ白になり口からは意味のない言葉が漏れれるも、横を通り過ぎる風の音によってかき消され、自分の耳にすらうまく届かない。
そんな、嘘だろ。こんな、こんなことで――
己の未来を予想し愕然とした直後、リナックスの腕を誰かが強く握りしめた。ヨルムだ。
ヨルムはリナックスの腕を掴んだまま、ヌルの眼の引力に引かれ引きずられるように地面の上をなだらかに滑っていく。リナックスの左腕と肩が流されるがままにヌルの眼の中に沈み溶け込んだ。
「誰か手を貸してくれ! 早く」
ヨルムの声に触発されたのか、自身の立場を思い出した護衛の兵士たちが慌ててリナックスやヨルムの身体を掴み、後方へと引き戻そうとした。しかし逆にヌルの眼に近づいたことで、勢いに負け数人の兵士が宙に浮きあがり、漆黒の中心へと飲まれ落ちた。金色と黒で装飾された見事な兵服も溶けるようにその彩度を失い、形が消えてゆく。
「リナックス!」
兵士たちの間からサキエルが割って出て、リナックスの腕を強く掴んだ。さらに複数の兵士がお互いの腕を掴みながら、リナックスの前方へと回り込み、その体を前に押し上げ引力から救い出そうとしてくれた。よく知った護衛の一人で貴族の出であるマイロが、リナックスの足を掴み地面に下ろした。しかしその行為によって自身の支えを失ってしまった彼は、バランスを崩しあっという間にヌルの眼の闇の中へと落ち姿を消してしまった。顔をまともに見る暇もないほど一瞬の出来事だった。
「下がるぞ! ここから離れろ! 早く!」
サキエルが叫び、ようやく引力の弱い範囲まで後退したリナックスを支えその場から走り出した。
「マイロ――!」
名を呼ぶも、その人物は既にこの世界にはいない。存在が消え去ってしまった後だ。
腕を引かれながら、リナックスはただ遠ざかっていくヌルの眼を力ない目で見つめることしかできなかった。
「――以上の理由により、暫定ではあるが次男のリナックス・ウィルヴァリアを次期アザレア盟主候補として正式に認定することとする」
威圧感のある鋭い声が遠くから響く。そこでようやく、リナックスの意識は現実へと立ち返った。
広い大会議室の中で、大きな円卓越しに、そうそうたる顔ぶれかこちらを向いている。どうやら過去を悔いるあまり、少しだけ幻想の世界へと踏み込んでしまっていたらしい。
リナックスは後ろに立っていたヨルムに小突かれ、慌てて立ち上がった。
「え、ええ。どうも、スオウ・ウィルヴァリアが次男、リナックス・ウィルヴァリアです。この度は兄のサキエルが不幸な死を迎えたため、大変恐縮ながら、未熟者の私が後を引き継がせて頂くこととなりました。慣れない身であり皆さまにご迷惑をおかけするとは思いますが、何卒よろしくお願い致します」
緊張のせいか僅かに声が震える。将軍や各部署の本部長など、今までアザレアを仕切ってきた幹部たちの視線が一斉に自分を向いているのだ。物凄い威圧感だった。
「失礼だがスオウ盟主。本当にリナックス様を後継者に? 勝手な解釈だが、私には彼が盟主に向いているとは思えません。数年たてば甥っ子のタングスティン様も妙齢になられます。それまでは暫定的に代理の者に権限を与えてはどうでしょうか」
否定的な目でこちらを眺めたのは、財務部本部長のガリレイだ。長年アザレアに尽くしてきた古株で、スキンヘッドに独特な民族模様を刻んだ特徴的な外見をしている男だった。
「それで、まさかお前の息子を立候補させる気ではないだろうなガリレイ。……アザレアは血統こそが全てだ。血のつながらないものが上に立っても、誰も盟主だとは認めぬよ。未熟だと言うのなら、それに見合う器に育てればいいだけのこと。時期盟主はリナックスだ。変更はない」
断言するような物言い。それを聞いて、ガリレイを始めとした幹部連中は一斉に黙り込んだ。もうこれ以上父の意見が絶対に覆らないことを承知しているからだ。
これ以上話が続くことはなさそうだったので、リナックスはこっそりと腰を下ろし、椅子に座った。
まるで剣山の中に放り込まれた気分だ。どこを見ていても心が落ち着かない。
場が静まったことを確認して、父は咳ばらいをした。
「先ほど報告にあった通り、サキエルの死は何者かによる襲撃が原因だという可能性が高い。既に砂は舞っているが、我々自身もより一層監視体制を強化し、身の危険に敏感に対処できる用心をしておくべきだろう。もし犯人がどこぞの共同体の手のものであれば、何十年かぶりに本格的な戦争になるかもしれん」
「スオウ盟主。心配ありません。アザレアの軍事力は世界一です。最近非常に有能な男を発掘しましてな。以前お話しした計画にも大きな進捗が見られました。あれが完成すれば、どこの共同体だろうとこと真っ向勝負においてアザレアが負けることなどありえないでしょう」
そういって自信満々に鼻を鳴らしたのは、技術部本部長のケラッディだ。こちらもかなりの高齢だが、体のあちらこちらに機械や魔工機器を組み込むことで永命しているため、並みの若者にも引けを取らない元気さを維持していた。異様に青白い血管が短い白髪頭の下に浮かんでおり、それが妙な不気味さを生んでいる。どことなく爬虫類を思わせる顔が苦手で、リナックスは昔からこの男が好きではなかった。
「いつ頃完成する予定だ? もし戦争が起きた場合、すぐにでも実用可能なのか」
「試験調整がまだ残っておりますが、それが済み次第実用は可能です。問題はどうやって他の共同体に開発を悟られないようにするかでしょうね」
お互いの利益を得るために、例え他の共同体だろうと親密な関係を持っている幹部連中は何人も存在する。それを遠回しに暗喩しているのか、ケラッディは円卓の面々を見渡しながら説明した。
「スオウ様、例の和平協定の件はいかがいたしますか? このタイミングで実施するのは危険かと思われるのですが」
幹部の一人が恐る恐ると言った口調で父に尋ねる。
「和平協定……?」
一体何の話だ?
長く箱庭の会議とかかわりを持ってこなかったリナックスには、題材にあがる話題の多くが初耳だ。先ほどのケラッディの説明も何を意図しているのかさっぱりだった。
リナックスの様子を見て、父は掻い摘んで事情を説明してくれた。
「最近北東のフリージアとの関係が悪化しているのはお前も承知のことだろう。サキエルがクレマチスと交渉していたように、万が一の場合に備えて、西のルドぺギアとの和平協定を結ぶことになっていたのだ。外交官の努力もあって、一か月後には正式に著印式を行う予定だった」
その事実を聞いた途端、リナックスは大きく気分が高揚した。
ルドぺギアとは昔から相互留学や魔法学者の迎え入れなどは行っていたものの、共同体同士での大々的な協定は初めてのことだった。もし本当に魔法大国であるルドぺギアと正式な同盟を結ぶことができれば、アザレアの魔工技術も大きく発展する。そうなれば、五大共同体の中でアザレアに敵うものなど一つも存在しなくなることだろう。
父は幹部たちに向き直り、
「和平協定の日程に変更はない。サキエルへの襲撃はそれを食い止めるための妨害の可能性もある。万が一のことがあったとしても、それは力で抑え込めばいいだけのことだ。アザレアは決して何物にも臆さない。これまでも、そしてこれからもな」
その言葉に合わせ、幹部たちの何人かが賛同の声を上げた。
「リナックス。正式に盟主候補となったお前にも、式典には当然参加してもらう。なに、心配するな。既に取り決めの内容は連絡し了承済だ。その日はただの祭りだと思えばいい。お前には、式典後にアザレアの街中の案内でもしてもらおう。ルドぺギア盟主の娘が見て回りたいと言っているそうだ」
――案内。それだけなら……。
少し情けない気もするが、今の自分にできることと言えば確かにそれくらいしかない。下手に反抗して自らの立場を悪くすることもあれなので、素直に頷き、その指示を了承した。
その後会議はしばらく続いたが、リナックスは特に大きな発言をするでもなく淡々と情報を把握することに努めた。
様々な取り決めや報告を聞いている間頭の中にあったのは、式典に出ればもしかしたら兄を襲った連中に会えるかもしれないという小さな期待だけだった。




