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ALUDCYCLE―アルド・サイクル―  作者: 砂上 巳水
【SIDE X】旅立ち
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第六章 来訪者 2


 通路の方から怒鳴り声が轟き、複数の男たちが鍾乳洞の中へ雪崩込んでくる。

 どうやらタイムリミットが来てしまったようだ。無数の銃口が向けられたと同時に、クロドは苦笑いを浮かべ、マチェットを手放した。

「ロルフ、大丈夫か」

 稲妻のような剃り込みを頭にいれた若い男が、半月目の男に向かって叫ぶ。ロルフと呼ばれた男はゆっくりと立ち上がり、腕に巻いていた鎖をほどいた。

「ああ大丈夫だ。心配ねえ」

 そういってぎろりとクロドたちを睨みつける。

 ――くそ、もう魔法は使えない。最悪の状況だ。

 周りの男たちを見渡し必死に考えを巡らすも、この状況を打開できる策は浮かばない。

 ようやく頭がはっきりしてきたのか、ルイナが不安そうな表情で顔を上げた。

 剃り込みの入った若い男は倒れているクロドたちを一瞥し、自身の短機関銃を懐から抜いた。

「こいつら、白土商会の人間か? 好き勝手暴れやがって。ぶっ殺してやる」

 白土商会? 敵対している勢力なのだろうか。あまり聞いたことない名前だが。クロドは膝をついたまま若い男の様子を観察した。

「まてマッキーニ。こいつらに聞きたいことがある」

 今にも引き金を引いてしまいそうな若い男を、ロルフが制した。

「お前たちの目的は‶あれ〟か」

 あれとはヌルの眼の発生装置のことを指しているのだろう。クロドが黙っていると、代わりにルイナが口を開いた。

「……そうだよ。私たちはあの装置を破壊しに来たの」

「どういうことだ。今のはまるでヌルの眼そのものだった。一体何を知っている」

「――……君たちは騙されてたんだよ。あれは土壌調査用の装置なんかじゃない。ヌルの眼を発生させるための機械なの。あのままヌルの眼が成長を続ければ、きっとこの施設は消滅していた」

「ヌルの眼の発生装置だと? 馬鹿な――……そんなものが存在するかよ」

 マッキーニが訝しがるようにルイナを見返した。

「嘘かどうかは重量者の君ならわかるでしょ。私たちはあの装置の存在を確認しに来たの。ここで実験されているって情報があったから」

 ロルフの目だけをじっと見つめ説明するルイナ。彼はしばらくルイナを観察した後、悔しそうに表情を歪めた。

「……なるほど。そういうわけか」

 不思議そうな顔で自分を見つめているマッキーニの横に立ち、

「どうやら俺たちは騙されていたらしいな」

「はあ? 何を言ってるんだよ」

「ヌルの眼を人工的に生み出す技術なんて代物、世間に知れれば大論争を巻き起こす事実だ。何せ貴重品である魔法鉱物を好き放題に生み出し採掘できるんだからな。この仕事の依頼者は装置の完成と同時に、発生したヌルの眼によって俺たちを皆殺しにし証拠隠滅を図るつもりだったんだろう。装置が未完成で良かった。ショートの所為で一時的に通電したが、組み立てと配線が完了していたら今頃俺たちはあの漆黒の渦の中だった。初めから胡散臭い依頼主だとは思っていたが、こんなもん、ただの総合商会が開発できる代物だとは思えねえ。……黒幕はアラウンか」

 元々何か掴んでいたのだろうか。それとも勘がいいだけなのか。ロルフは自分たちを嵌めた相手を正確にいい当てた。

「てめえらは何者だ。何故この装置のことを知っている?」

 鋭く攻めるような眼差し。嘘をつけばすぐにでも見透かされてしまいそうな迫力があった。

 クロドは一瞬迷った。ここでルイナの身分を明らかにするのはリスクが大きい。少し調べれば彼女が大量の警備兵に追われていたことなどすぐにわかる。もしルイナの身を差し出す代わりに自分たちの身を助けてくれなどとアラウンに交渉されれば、逃げ道はほとんどないだろう。

 そんなことを考えていると、ルイナが僅かに首を傾けこちらを盗み見た。自分に任せろと言うことらしい。

 どうせ交渉事など自分には向いていないのだ。クロドは命を彼女に預け、成り行きを見守ることにした。

「アラウン幹部のジルア・レヴィナスって名前を知ってる?」

「確かクーデタを企てたとかで、先週処刑された男だな。横暴なアラウンには珍しく、生前は慈善家として活動していたとか」

「私はその娘のルイナ・レヴィナス。父はアラウンがヌルの眼を量産していることを知って、殺されたの」

 彼女の言葉を耳にしたロルフは、僅かに片目を大きくした。

「……アラウンは自分たちがヌルの眼を作っているという事実を隠したがっている。だからそれを公表しようとした父を殺した。ヌルの眼の製造が失敗したことがばれれば、きみたちにもすぐに父のように狙われることになる」

「はぁ!? 何でアラウンがそんなことをすんだよ」

 心底焦ったようにマッキーニが叫んだ。彼はかなり直情的な人間のようだ。ルイナは構わず言葉を続けた。

「きみたちは本当なら全員、ヌルの眼に巻き込まれて死ぬ予定だったんだよ。それを作るための仮蓑――使い捨ての駒として選ばれたんだから。生きていることがアラウンに知られれば、不安分子として処分されるのは明らかでしょ」

「そんなわけあるか。たかだがこんな装置や施設ひとつの話で。だいたい、お前がジルア・レヴィナスの娘だって証拠はどこにあるってんだ」

「今この場で示せるものは何もないよ。けど大きな町にいけば、きっと今頃はそこら中に私の手配書が貼ってあると思うから、それですぐにわかると思う」

 ルイナは自嘲的な笑みを浮かべマッキーニを見返した。

 クロドはロルフに目を向けた。彼はルイナの話が真実かどうか推し量っているようだ。腕を胸の前で組み、下唇の下に指を当て、神妙な表情を浮かべていた。

 静まり返った鍾乳洞の中で、取り巻きの一人がぼそりと声を漏らした。

「おい……、もしこの話が本当ならやべえんじゃねえのか」

 それは純粋な不安からくる反応。この世界を支配しているアラウンに見放されたという現実。ある意味死刑宣告を突きつけられたのと変わらない。彼のつぶやきに連動するようにざわめきは次第に大きくなっていった。

「ロルフ。どうする? 親父たちに意見を仰ぐか?」

「……まあ待て」

 どこか煮え切らない顔でロルフは答えた。マッキーニの怪訝そうな視線を制し、値踏みするような目でこちらを眺める。

「あの装置を壊すことが目的だって言ったな。理由は何だ? 父親のかたき討ちか」

「そういう気持ちも勿論あるよ。でも一番の目的は、この事実を公表してアラウンの暴挙を止めること。アラウンが何のためにヌルの眼を量産しているのかはわからないけど、このままヌルの眼が増え続ければ、間違いなく世界中で人が生きていける場所はほとんどなくなる。父に言われたの。泉の発生が間に合わない速度で眼が増加し続ければ、世界そのものの空間バランスが崩壊してしまうって」

 その話は初耳だ。ルイナの言葉にクロドも驚いた。ヌルの眼が増加を続ければ球獣の数が飛躍的に上昇することは目に見えていたが、確かに空間を吸いつくす穴がその数を増せば、世界を構成している空間の量にも限界が来る。そうなればどうなるかは想像したくもなかった。

「……ねえ。きみたちに指示を出していた人間は誰? 誰がこの装置を作らせたの?」

「それを聞いてどうする。たった二人で殴り込みにでも行く気か」

「今のアラウンを操っているのはたった一人のある男なの。そいつさえ倒せればヌルの眼の増加を止められる。戦争するわけじゃないんだもの。人数は関係ないよ。……もちろん、君たちが協力してくれるっていうのなら、喜んで手は掴むけど」

「お前、自分の立場わかってんのか? 散々暴れ舞った直後だぞ。状況を見て言えや」

 吠えるようにマッキーニが叫んだ。

「確かに襲撃したのは私たちだけど、そうでもしなければきみたちは今頃全滅だったでしょ。ある意味命の恩人とも言えるよ。もうきみたちもアラウンに追われる身なんだし、あえて敵対する必要性はないと思うんだけど」

「よくもそんなことを――……てめらのせいで一体何人が大けがを負ったと思ってやがる」

 構えていた銃の先端を前に押しだし、今にも発砲しそうなマッキーニ。

 あいつが発砲すればどの道交渉は決裂だ。クロドは落としていたマチェットの柄下に靴の先端を潜り込ませ、いつでも蹴り飛ばせるような体制を作った。

 ――輪状に取り囲まれているこの位置なら、同士討ちの危険を考慮して思うようには打てない。数発は被弾するだろうが、その隙に誰か一人を人質にとれれば――

「やめろマッキーニ」

 今にもトリガーに指をかけそうなマッキーニを、いら立った様子のロルフが制した。その威圧感に押されマッキーニは指の力を抜く。

「お前の気持ちももっともだが、この女の話が真実ならここでこいつらに手は出せねえ」

「はあ? 何を言ってんだよロルフ」

「本当にアラウンに目をつけられてんなら、俺たちは孤立無援だ。なら……使える駒は多い方がいい」

 そういって意味ありげにルイナを見返す。

「ルイナとか言ったな。……てめえの‶言いたいこと〟はよくわかった。望み通り協力してやる」

 ロルフの言葉を耳にしたルイナは微かな笑みを浮かべた。信じられないと言った表情でマッキーニはロルフを見返す。

「依頼者の所在を教えるのは構わねえが、一つ問題がある。この施設は三日後に完成の予定でな。その時に依頼者の手の者が来ることになっている。そいつを捕まえるのは簡単だが、もし身に何かがあれば依頼者はすぐに事態を察知し警戒する。本気でやつに接触するつもりなら、その三日以前に辿り着く必要がある」

「辿り着くって、そいつは一体どこにいるんだよ」

 アラウンの人間ならオラゼルにいるのが普通だと思っていたが、自分たちの関与を隠すためにあえて遠くの人間を使っている可能性もある。クロドは面倒に思いつつも聞き返した。

「五大共同体の一つフリージアだ」

 フリージア? 一番近い共同体ではあるものの、ここからでは最低でも地走機で一週間以上はかかる。もし三日後に来る施設の確認者が飛翔機(空を高速移動する乗り物)で往復したり、どこぞの通信施設で連絡を取っていれば、それだけで計画は破綻する。とても三日間の間に接触するなど不可能だ。

「もちろん時間稼ぎはする。装置が故障して施設の建造が遅れていると伝えれば、少しくらいは日数を伸ばせるだろう。だが出来てもせいぜい数日がいいところだ。その間に依頼者に接触して情報を聞き出せなけりゃ終わりだ」

「可能性があるならやるべきだよ。動かなければここで終わりだもの。わかったありがとうロルフ。その作戦で行こう」

 成功の確率はかなり低い策ではあったが、満足そうにルイナは頷いた。単純に道ずれ相手が増えたことが嬉しいのか、それとも何か策でもあるのか、クロドにその心情は計り知れない。

 彼女は立ち上がり、軽く運動するようにつま先で地面を叩いた。鉄の森でもやっていたが、心を落ち着けるためのルーチンなのだろうか。

 「ただ一つ条件がある。依頼者の名前を明かすのはフリージアについてからだ。そうしなければリスクが平等じゃねえからな」

「リスク?」

 ルイナはわざとらしく聞き返した。

「このままお前たちを行かせても俺たちはただ情報を与えただけだ。何のメリットもねえ。お前たちが本当に手を組める相手かどうか見極めるためにも、イニシアティブは取っておきたいのさ。言っておくが、依頼者の顔と名前を知っているのは俺だけだ」

 裏切られないための保険というやつだろうか。確かに彼らに嘘の情報を与えて囮にする道もあるけれど、せっかくの戦力なのだ。そういう使い捨てのような真似はするつもりなんて無い。顔に似合わず随分と慎重な男だなとクロドは思った。

「場所は? フリージアっていってもかなり広いと思うんだけど」

「第三階層にヴィクル展望路という通路がある。一週間後の十五時にそこの東端で落ち合おう。行けばすぐにわかるはずだ」

「ヴィクル展望路? そこに行けばいいんだね」

 単語を飲み込むように声に出して繰り返すルイナ。どうやらまったく心当たりがないらしい。ロルフが指定する場所なのだ。彼女のような貴族階級が訪れるような場所ではないことはすぐに予測できた。

「よし、契約成立だな。安心しろ。俺は契約を交わしたやつは絶対に裏切らねえ。そいつが俺を裏切らない限りはな」

 口の右端を上げ、小さく笑うロルフ。威圧的な表情ではあったものの、クロドは何故か、その笑顔に奇妙な親近感を抱いた。



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