第五章 同胞 4
プレハブが風船のように膨らみ破裂する。
雪崩のごとく溢れ出した灰色の煙から飛び出し、クロドは膝の上に乗った木片を手で叩き落とした。
「クロド? なにが――……!?」
「下がれ!」
目を見開いているルイナに向かって怒鳴り声をあげ、煙の中心に向かって短機関銃を連射する。
銃に残った弾を全て使い切ると、クロドはそっと膝を折り曲げ、ポケットから次の弾倉を取り出した。
何だ今の爆発は……魔法具か? いきなり過ぎてわからなかった。
とっさに存在略奪の力で衝撃を打ち消せたから無傷で済んだものの、一瞬反応が遅れれば自分の頭蓋もあのプレハブのように吹き飛んでいた。用心しつつじっと煙の中心を見据える。
煙が晴れ、瓦礫の山となったプレハブがあらわになる。クロドが撃った位置に人の姿はなく、代わりに穴だらけになった複数の柱が見えた。
視界の端に一瞬動く影が映る。左側の大きなつららの後ろだ。
反射的に横に転がると、つららの横でマズルフラッシュが輝き、数発の銃弾がクロドの足元を抉り飛ばした。やはりあの男も短機関銃を持っているらしい。
援護のためか左に回り込みながらルイナが発砲する。クロドも彼女に合わせ、逆側から銃撃を続けた。
二対一なんだ。そんな場所で逃げ切れるわけがない……!
このまま挟み撃ちにすれば簡単に勝つことができる。そう思い、連射を続けながらつららの後方へ視線を走らせたところで、男が何かをこちらに向かって投げつけた。電灯の影になっているせいでよく見えないが、どうやら球状の物体らしい。
手榴弾か――。
クロドが後方へ飛びのくと、目の前でその物体を中心に見えない球体が膨れ上がり、そして飛び散った。空気を震わせるような大きな音が鳴り、つららと、その周囲に積もっていた土を強引に吹き飛ばす。
爆弾であることは明らかなはずなのだが、不思議なことに爆発による炎も光も何も生じない。ただ破壊という結果だけがそこに鎮座した。
とっさに頭に浮かんだのは、魔法手榴弾。ヌルの眼によって影響を受けた鉱物を外装に作られた武器だ。都会に行けば大きな武器店なら大抵置かれている代物である。
男の隠れていたつららの裏側へルイナが回り込むも、先ほどの爆発に乗じて既に移動したらしく、姿はない。彼女はそのまますぐに周囲に目を配らせ前へ進もうとしたのだが、足を踏み出した途端、地面が気泡のように膨れ上がった。
「――っルイナ!」
破裂する地面に吹き飛ぶつらら。ルイナの身体は勢いに飲まれるように、後方へと押し出される。
瓦礫が頭部に命中したらしく、彼女は頭から血を流し倒れ込んだ。
クロドはすぐに彼女の元へ駆け寄ろうとしたのだが、それよりも早く別のつららの後ろから先ほどの男が姿を見せ、こちらに銃口を向ける。
応戦しようと短機関銃を持ち上げるも、相手の銃弾がその側面に命中し、手の中からすっぽりと銃が抜け落ちてしまう。
今さら隠れる時間も銃を拾う時間もない。クロドはマチェットを引き抜き、男に向かって一息に跳躍した。
男の腕の動きを読み辛うじて銃弾を回避する。頬と肩にかすり傷を負ったが、歯をかみしめ突き進んだ。
クロドは上段から大きくマチェットを振り下ろし、男の腕を切断しようとした。しかし、ぎりぎりのところで男は銃身を盾に使った。
――防いでみろ!
マチェットを中心に周囲の色がネガ反転し、刃がずぶりと男の短機関銃へ沈み込む。
「なに!?」
クロドが腕を振りぬくと同時に、男は短機関銃を投げ捨て一歩後ろへと下がる。クロドは追撃を試みたが、足にかすった銃弾の痛みを感じ、思わず動きを止めてしまった。
さらに距離をとった男は忌々し気にこちらを眺めると、懐に手を突っ込み何かを取り出した。もう一丁銃を持っていたのかとクロドは焦ったのだが、そこから出てきたのは予想とはまったく異なった武器だった。全長二メートルほどの‶鎖〟だ。男は白金に輝く鎖を手足のように振り回し、地面へと打ち付ける。
まさか、あれで戦う気か?
今の時代、武器と言えば銃か剣を使うのが普通だ。固く接近戦に強い球獣の装甲を破るためには遠方から攻撃できる銃が最も適しているし、近距離ならば肉の隙間をつける刃物のほうがダメージを与えられる可能性が高い。鎖なんてただ打ち付けることしか出来ない武器をわざわざ使うなんて、何のメリットがあるのか理解できなかった。
距離が近づいたことで、ようやく男の顔がよく見える。
ウニのように逆立った量の多い茶髪に、半円状にも見える目つきの悪い双眼。真黒なタンクトップに灰色のジーパンと、随分とラフな格好をしていた。
――他の警備兵たちよりも随分と戦いなれてるな。
手榴弾に、先ほどルイナを吹き飛ばしたトラップ。僅かな攻防を繰り広げただけだが、それだけで男の実力が高いことが伺える。もしかしたら傭兵かもしれない。クロドは用心を強め、マチェットを斜めに構えた。
男は一呼吸置いた後、鎖を蛇のように振り回し、クロドに向かって打ち込んできた。上下左右前後から、不規則な軌道と動きで白金の鎖が襲い掛かってくる。これまで幾度が命のやり取りは経験していたものの、こんな武器を操る相手など初めてだ。
右から迫ってきた鎖をマチェットで防ぐも、そこを支点にして鎖が折れ曲がり顔面へと跳ね上がってくる。かといってマチェットで防がないものなら、動きをとらえきれずにもろに被弾してしまう。
初めて相対する武器に、クロドは防戦一方となった。
――くそ、こんなもの、馬鹿正直に付き合う必要はないんだ。鎖が邪魔なら切断すればいい。
再びマチェットに影響を与え、存在略奪の力をその刃へと乗せる。一発で相手の鎖を切断するために、中断で両手に構え、意識を集中さえた。
怪しげな色合いへと変化したクロドのマチェットとその周囲の空気を見て取った男は、一度鎖を後ろへと仰け反らせたあとに、思い切り勢いをつけてこちらへと打ち込んでくる。その速度はさきほどまでの何倍も速い攻撃ではあったものの、動きが直線的過ぎるため、難なくかわすことができた。
左足を前にスライドさせ、鎖を掻い潜ったクロドは、腰の力を十分に使ってマチェットを切り上げる。ネガ反転した刃の切先が鎖にずぶりと切れ目を入れ、そのまま一気に両断しようとしたところで突然、切れ目の入った鎖が甲高い音を響かせ、見えない何かを爆発させた。
指に、手のひらに、腕に無数の刃が走ったかのような鋭い痛みを感じる。
クロドはその勢いに逆らうことが出来ず、血を流しながら激しく地面に横転した。




