第五章 同胞 3
先ほど戦闘を繰り広げた場所から真っすぐに廊下を進み続けると、鍾乳洞に出た。半透明に近い水色のつららが天井や地面にいくつも並び、洞窟の奥まで続いている。
クロドが廊下の壁際から覗き込むと、巡回する警備兵たちの間に大きな立方体の機械が見えた。牙に似た金属の先端がいくつも中心に向かって伸びたその枠組みは、間違いない。十年前に村の空き地から目にした、商会の地走機に積まれていた装置とまったく同じものだ。
「あれがヌルの眼の発生装置なのか?」
まだ確証はできないが、そうに違いないと心のどこかで感じられる。クロドは興奮から肩を小さく震わせた。
「間違いないよ。資料に載ってるのと同じ機械。アラウンは本当にヌルの眼を作っていたんだ」
複雑そうな表情でその立方体を睨むルイナ。彼女にとっても、それは忌むべき異物のようだった。
「警備兵が三人いるな。あいつらを無力化してさっさと機械を壊そう」
「待って。誰が彼らに指示を出しているのか確認しないと。お父さんだって最近まで知らなかった事実なんだもの。この事実を知っている人たちは限られているはず。指令を出している人間を辿っていけば、きっと‶アルド〟に辿り着くことが出来る」
アルドとは、例の幹部を操っているという男のことだったか。
昨夜の話を思い出し、クロドは足を止めた。
自分の目的は本当にアラウンが村を破壊した現況なのか、知ることだった。そのためにここに来た。ここにくれば、自分の村と同じようにアラウンがヌルの眼を発生させようとしていると聞いたから。もし本当に目の前の機械がヌルの眼を発生させるための装置なら、その目的は叶ったも同然だ。だが、それを知っただけでは何も解決しない。本当に両親や村の敵を討ちたいのなら、その‶アルド〟とかいうやつを止め無い限り、何度でも同じような悲劇は繰り返される。
クロドはぎゅっと唇の端を結んだ。
これ以上は本当に引き返せなくなる。本当にアラウンと敵対し、追われる人生を歩むことになる。
一瞬、脳裏に親方やダリアに残してきた友人たちの顔が思い浮かぶ。だが、その暖かな思い出は血に塗れた両親たちの姿ですぐに搔き消された。
ここまで来て、ここまで知って、元の生活に戻るなんてできるわけがない。あの凄惨な光景を、耳にこびり付いて離れない悲鳴を、忘れられるわけがない。
ずっと諦めていた犯人。元凶が見つかったのだ。もう、今さら何を悩む必要がある。覚悟が出来たから、戦おうと思ったから、自分はルイナについてきたんじゃないのか? ここに来ようとしたんじゃないのか? だったもうやるべきことは一つしかないだろう。
「――……わかった。誰かひとりを捕まえてここの司令官を聞き出そう。そいつなら指示を出している人間を知ってるはずだ」
「じゃあ、善は急げだね。広場で地団太を踏んでいる警備兵たちもそろそろこっちに来るかもしれないし」
地形的に見て、鍾乳洞の中に入れば隠れられる場所はほどんどない。人数や技量のレベルから言っても、長期戦になれば不利になるのはこちらだ。不意打ちによる攻撃でしか勝機はないだろう。
クロドは短機関銃を手に構え、そっと頷いた。
決着は一瞬だった。
通路から飛び出したクロドたちは、短機関銃を乱射しながら彼らに向かって突っ込んだ。
突然攻撃され驚いた警備兵たちは、同じように銃を撃ち返しながら身を隠そうとそれぞれ逃げまどった。
クロドは地面から突き出たつららをうまく利用し銃弾を回避しながら走り続け、瞬く間に一人の警備兵に近づいた。
彼はすぐに気持ちを切り替えたようだったが、自身の放った銃弾が砂になったのを見て、唖然としたように目を見開いた。
まったく同じ装備をしようしている以上、お互いの射程が重なる距離で一度でも攻撃を防げればこちらの勝ちだ。クロドの放った銃弾は警備兵の足を貫いた。
先ほどと同じように、ルイナも重力弾によって攻撃を跳ね返した。ショットガンやマグナムならばともかく、短機関銃程度の推進力であの重力の拘束を抜け出すことは不可能だ。カウンターを受けた警備兵は悶絶し、あっさりとその場に倒れた。
「なっ……!?」
最後に残った一人が慌てて発砲を続けるも、‶魔法〟という武器の差はどうしようもない。すぐに追い詰められ、他二人と同様の末路を辿った。
倒れた警備兵に銃口を向け、周囲を観察すると、左の奥にプレハブのような小さな小屋が見えた。ここで作業をする上での休憩所なのか、それとも資材置き場なのかはわからないが、一応確認はしておく必要がある。
「ルイナ」
クロドは視線だけで彼女に意思を伝え、落ちていた短機関銃を破壊すると、そのプレハブに向かって歩いて行った。
「お前ら何者だ? 何故こんなことを……?」
腕や足から血を流しながら、警備兵の男がルイナに向かって怨みの籠った声を上げる。彼女は銃を突きつけたまま、
「あれを前にしてよくそんなことが言えるね。誰の命令であの機械を作っていた?」
「あの機械? あれは魔法資材探知用の補助機械だろ。一体何を言っている?」
「時間がないの。いい加減にしないと、もうひとつ穴を増やすよ」
彼女の言葉が本気だとわかったのだろう。警備兵は慌てたように声を荒げた。
「ちょっと待て。本当に何を言っているかわからねえんだ。お前ら何なんだよ!?」
時間稼ぎのための演技か。いや、そうだとしたら随分な上手さだ。
背中越しにルイナたちの様子を気にしつつ、プレハブの前に到着する。
最初にこのプラントを見た時から違和感は抱いていた。アラウンにしてはずさんな警備と装備。それにヌルの眼を製造しようとしている割には、随分と危機感を感じられない。まるで本当にただ鉱物の採掘場を守っているだけといった雰囲気だ。
もしかしてこいつら……。
ある疑念が頭に浮かび上がる。
クロドはルイナたちのやり取りを気にしつつ、プレハブのノブを掴み回した。
中は真っ暗だった。電気が通っていないのか、薄っすらとテーブルとソファー、そして簡易ベッドが浮かび上がる。柔らかな布地の上に誰かが寝っ転がっているようだった。
まだ警備兵がいたのか?
クロドはとっさに短機関銃を構え、その人物に銃口を向けた。気配に気が付いたらしい男は、ゆっくりと顔を上げてこちらを見上げる。
「何だお前?」
クロドの顔をまっすぐに見据えて、男は怪訝そうな声を出した。
「手を上げて出てこい。ここは制圧した。面倒な戦いはしたくない」
「制圧……?」
視線がクロドの顔から短機関銃。そしてその腰に括り付けられたマチェットへと移る。
男が動きそうになかったので、威嚇しようとクロドがトリガーを引こうとした瞬間――。突然、目の前で大きな炸裂音が響いた。




