第五章 同胞 2
極度の緊張によって呼吸が荒くなっている。
クロドは深々と息を吸い込み、何とか高鳴る心臓を落ち着かせた。
危なかった。もしルイナの援護があと一秒でも遅れていたらと思うとぞっとする。まさにぎりぎりのタイミングでの勝利だった。
駆動兵器は半身を土の中にめり込ませてなお腕を回転させ、轟音を鳴り響かせている。
クロドがその場で額の汗を拭っていると、駆動兵器の横を回ってルイナがこちらへ走ってきた。
「良かった。成功したねクロド」
何をするつもりなのか予想がついていたのか、嬉しそうにそう微笑む。
クロドは無言で親指を前に突き出し、彼女の笑顔に応じた。
「行こう。きっとこの先にヌルの眼の発生装置がある」
駆動兵器が守っていた金属製の扉を静かに見据えるルイナ。クロドもマチェットを鞘に仕舞い、腰を伸ばして膝から手を退かした。
金属製の扉にはロックが掛かっているようだったが、そんなものなどクロドにとっては無いようなものだ。存在を奪い取りあっさりと留金を破壊し、力ずくで扉を左右に開いた。
先にルイナを中に通し、扉を閉めながら広場のほうを確認すると、入口のほうに複数の人影が見えた。全員が短機関銃で武装し、破壊された駆動兵器を見て慌てている。
クロドは小さく舌打ちし、金属製の扉が開かないように開閉部分を破壊しておいた。これでまた数分は時間を稼ぐことが出来る。
まいったな。これ、帰るときどうしよう。
目的はヌルの眼の発生装置を確認することだが、例え確認出来たとしてもこのままでは逃げ切ることは絶望的だ。いくらクロドでも、銃を持った人間を複数相手にすることなどできない。
こちらの不安を読み取ってか、ルイナが作ったような明るい声を出した。
「大丈夫。何とかなるよ。相手はクロドの‶魔法〟のことを知らないんだから。捕まったふりをしてどこかで脱出すればいいだけだもの。何ならその力で地上まで穴を掘ってってもいいしね」
「地上まで穴って、どれだけ‶力〟を行使しないと行けないんだ。言ってなかったか。この‶力〟には‶反動〟があるんだ」
「最後のは冗談だよ。そういう心構えでいれば怖くないでしょ。もう見つかっちゃったんだし、なる様になるしかないって。行こう」
流石に首都オラゼルからダリアまで一人で逃げてきたわけではないらしい。全く持って逞しい女だ。彼女に励まされたことが少しだけ悔しくて、クロドは唇の端をきゅっと結んだ。
洞窟内では警備兵の数が少なかったが、流石にここまで深部となるとそれなりに防御態勢はとっているらしい。
廊下を走るクロドたちの目の前に、ちょうど広場に向かおうとしていた複数人の警備兵が姿を見せた。彼らは不揃いな服の下から短機関銃を取り出し、一斉にトリガーを引く。
こんな狭い場所であんな大量の弾丸を四方八方に飛ばされては、逃げ場がない。クロドたちは慌てて左右に飛びのき、支柱の裏へと身を隠した。
木材と金属を組み合わせた支柱は、休むことのない短機関銃の波によってその表面を削られ、瞬く間に薄くなっていく。
クロドは‶力〟を展開して突破しようかと考えたが、距離がありすぎるため断念した。最初の数発を防げたとしても、それ以降の攻撃は全て直撃することが目に見えている。クロドの力は連射できるようなものではないのだ。二度目の‶力〟を展開する頃には、体はハチの巣になってしまうだろう。
どうする? 赤足を出して突っ込ませるか? 少しくらいは体に被弾するかもしれないけど、やるだけやってみる価値はある。
身動きをしないで警備兵に挟まれるよりは、生き残れる可能性が高い。クロドは自分の縮小器を取り出し、ロータリースイッチの上に指を乗せた。そのまま任意の記号の場所に合わせ、決定用の回転トリガーを回すことで、赤足を取り出すことが出来るのだが、その前に右方向から大きな炸裂音が轟く。
ルイナの放った重力弾が重力場を形成しつつ疾走した。こちらに向かって放たれていた短機関銃の弾丸は、全てその重力弾によって引かれ跳ね返り、逆方向へと舞い戻っていく。支柱越しに何人かの悲鳴が聞こえたのは、それとほぼ同時だった。
凄いな。こういう狭い場所じゃ、あの魔法銃めちゃくちゃ使えるじゃないか。
ルイナの魔法銃と自身の‶力〟を交互に使えば、通路を塞いでいる集団を突破することができるかもしれない。
クロドはすかさず廊下に躍り出て、‶力〟を体の前面部に影響させながら突撃した。
警備兵たちが慌てて放った銃弾は、全てクロドの体に触れた瞬間ひび割れ砂となり横へ散っていく。彼らが驚き無防備になっている間に、存分に体当たりを食らわせ、その体を吹き飛ばした。壁や地面に頭を強く打ち付けた警備兵たちは、痛みにもがき動けなくなる。
クロドはその間に二つの短機関銃を拾うと、残りをネガ反転させた刃で全て破壊し、使えなくした。
ひとつをルイナに投げ渡し、もう一つは自分の肩に抱える。
これで近場の警備兵はあらかた倒せただろう。あとは前に進むだけだ。クロドは短機関銃の残弾を確認し、がしゃっと、弾倉を仕舞いなおした。




