第五章 同胞 1
この洞窟で戦闘が起きれば、地上の警備兵たちはすぐに異変に気が付く。
例え昇降機が動かないにしても、あれは簡単に修理可能な故障だし、クロドたちがしたように直接足で降りて来ればすぐにこの場へ駆けつけることは可能だ。
遠距離からちまちまと攻撃したり、一度センサーの認識外へ出てからもう一度うまく侵入を試みれば、余計な戦いを回避できる可能性はあった。しかしそれでは警備兵たちに追いつかれ、囲まれてしまう危険のほうが大きい。
既に駆動兵器の咆哮は鳴り響いているのだ。もはや行くしかない。目の前の怪物を破壊して前に進むことだけが、生き残るための唯一の選択肢だった。
「ルイナ、重力弾であいつを転倒させてくれ。その隙に俺が頭脳部を破壊する」
「わかった。やってみる」
彼女は腰から例の魔法拳銃を取り出すと、それを両手で握りしめ走り出した。
見たところあの駆動兵器とやらに重火器などの装備は取り付けられていない。距離を置いて戦うのであれば、ルイナの方に分があるはずだ。
クロドは彼女の斜め後方に身を躍らせ、駆動兵器の隙を伺いながら接近した。
ルイナの魔法銃から弾丸が放たれ、駆動兵器の足の一つに命中する。発生した重力によってババランスを崩した駆動兵器は、ずぶずぶとその足を土の中に沈めていった。
――機動力さえ削げれば……!
相手の武装は上部から生えた四つの巨大なクレーンだけ。足の動きが止まっていれば、その起動を見極めることは容易だ。自分の‶力〟があれば、簡単に砕くことだってできる。
クロドは鞘からマチェットを引き抜き、そこに力を乗せ駆動兵器の目の前へと飛び出した。すぐに長いクレーン状の腕が飛んでくるが、軌道を読んで上手く掻い潜り、その奥にある胴体へネガ反転したマチェットを突き刺す。
差し込んだ起動兵器とマチェットの隙間から燃料が血のように溢れ出て、クロドの腕を濡らした。
よし、このまま切り上げて頭を破壊してやる。
ダリアで残骸を目にしてきた経験から言って、身体を動かしている制御系は上部にある可能性が高い。そしてそこさえ破壊してしまえば、この大きな怪物はただの鉄くず同然となる。
クロドは再度‶力〟を込めマチェットを動かそうとしたのだが、直前で駆動兵器の挙動が大きく変わった。
「なっ……!?」
急にぐいっと引っ張られる腕。マチェットを差し込んでいる胴体が大きく左へ回転し始めたのだ。
バランスを崩したクロドは駆動兵器の足から滑り落ち、同時にマチェットも胴体から滑りぬけてしまった。左半身に土の香りを感じながら顔を上げると、右側に形成されていた重力場が掻き消え、駆動兵器の胴体の回転がますます増していく。
やばい――。
胴体が回転するということは、それに取り付けられた四つのクレーン腕も一緒に追従して振り回されるということだ。迫りくる重質な鉄の塊を、クロドは身を転がらせることで何とか回避した。
土煙が弾けあがり、爆心地のごとく地面が大きく抉り飛ぶ。それが何度も何度もクロドめがけて連続で振り下ろされた。
存在を略奪するクロドの力を使用すれば、例えこのような状況だろうとクレーン腕を斬り飛ばすことは可能だ。だがそれはあくまで一本だけの話であり、連続で迫りくる残り三本の腕には力の展開が追いつかず、自身の柔らかな肉に直撃することは目に見えていた。
「おまっ、ちょっ、待て――」
必死にゴロゴロと横に転がりながらクレーン腕を回避するも、そんな移動方法ではいつまでも逃げ切れるわけがない。瞬く間にクレーン腕の射程に捕らわれ、目の前に鉄の塊が落ちてくる。
「クロド!」
命中しかけていたクレーン腕が、ルイナの放った重力弾によって引かれ、横に逸れた。頭のすぐ横で大量の土が吹き飛び、振動で身体の一部が浮き上がる。
起き上がるならば今しかチャンスはない。クロドは掌を地面に叩きつけ、逃げるように駆動兵器の真下から這い出た。すぐにルイナの重力弾の効果が切れ、駆動兵器の体勢はもとに戻る。
「はあ、死ぬかと思った」
胸を撫でおろしながらそう呟くと、ルイナが通常弾を数発駆動兵器に向けて放った。
「ダメだ! こんな銃弾じゃ効果がない。もっと強力な武器じゃないと……!」
彼女の魔法銃はあくまで護身用武装。こんな大型の機械と戦うことなど想定して造られてはいない。いや、そもそもこれほど大きな鉄の塊ともなると、重機関銃やミサイルでも用意しなければまともな損害を与えることなどできはしないだろう。
再び重ったらしい咆哮を上げる駆動兵器。‶意思〟がないはずの彼らにとって、その咆哮には一体何の意味があるのだろうか。クロドにはわからなかった。
やはり駆動兵器を倒すには自分が‶力〟を使うしかない。しかしそのためには、どう考えてもあのクレーン腕が邪魔だ。せめて腕の届かない場所さえあればまだやり様があるのだが。
扇風機のようにクレーン腕を振り回し、徐々に距離を詰めてくる駆動兵器。クロドたちは慌ててその場から飛びのき、再び破壊の旋風から身を離した。
これ以上長く戦えば、地上の警備兵たちが降りてきて挟み撃ちに遭ってしまう。いや、すでに洞窟内にいた兵士たちが背後から現れてもおかしくはない状況だ。
もう時間はかけられない。次のやりとりで倒さない限り、クロドたちに未来はなかった。
腕が届かないところ……腕が届かないところ……。
距離を維持して逃げまどいつつ駆動兵器を観察する。あの長い四つの上が攻撃できる範囲はかなり広く、思ったよりも柔軟にその位置を変化させていた。唯一届かない個所と言えば、足元と頭頂部くらいなものだろう。脚部より内側には腕が届かないようになっているらしい。
そこまで考えたところで、クロドは妙案を思いついた。
「……ルイナ。もう一度だけあいつの腕を止めてくれ。一瞬だけでいい」
「――わかった。どのタイミングで撃てばいい?」
時間が無いことは彼女もわかっているようで、もはやクロドにその真意を尋ねようとはしない。クロドはただ短く、「俺が真下に滑り込めるタイミングで」とだけ答えた。
呼吸を整え、タイミングを見計らう。
地面を抉っていたクレーン腕が目の前を通り過ぎ、次の腕が眼前に振り下ろされようとした瞬間、クロドは前に踏み出した。
頼むぞルイナ……!
ここで彼女が重力弾を外せば自分の頭蓋骨は粉々になり、悩む暇もなく死を迎えてしまう。まさに文字通り、クロドの命はルイナに掛かっていた。
まだ出会って数日の相手。考え方も性格もほとんど知らないも同然の人間。けれど、クロドは彼女なら必ず自分の期待に応えてくれると信じていた。
足が窪んだ土を踏みつけ体がクレーン腕の真下に移動する。クレーン腕の回転によって生じた風圧で短い黒髪が横へなびき、まぶたを大きくたわませる。
真横から迫る鉄塊にルイナの弾丸が命中し、真下へと重力場を発生させた。クロドの頭部を吹き飛ばそうとしていたクレーン腕は急速にその速度を落とし、無理な負荷によって本体の胴体が大きく軋んだ。
スライディングの要領で駆動兵器の真下へと突入したクロドは、その勢いのまま刃をネガ反転させ駆動兵器の前面部の脚部を二つほど切断する。
地面に足を押し付け動きを停めると、ひび割れ亀裂の入った足を眺めつつさらにダメ押しでもう一本目の前の足を破壊した。
自重を支えきれなくなった駆動兵器は、その剛腕を振り回しながら前のりに傾斜していく。クロドが後方へ飛びのくと同時に、掘削機のように駆動兵器の腕が地面を叩き、大量の土柱が立ち上った。
やった……!
これでもう、駆動兵器はただの扇風機同然だ。いくらこちらを認識していても、その場で腕を振り回すだけでどうすることもできはしない。
ぬめりとした手触りを感じ、手元を見ると、駆動兵器の黒っぽい燃料がべったりとくっついていた。クロドは‶力〟を使い、その液体としての存在を奪い取り瞬く間に蒸発させる。風化した燃料の残骸は風に押され穏やかに遠くへ吹き飛ばされていった。




