第四章 侵入 5
クロドは大きな昇降機の側面に手をつくと、用心しながら下に目を向けた。
滑り台のように斜めになった昇降路が、数十メートルほど下まで続いている。
「足元に気を付けろ。階段があるわけじゃないんだ。滑って降りれば中々止まることはできない」
「レールの横に窪みがある。そこを掴んでいけば大丈夫かも」
真新しい銀色の光を放って伸びているレールの横に足を置き、慎重に下っていくルイナ。クロドも彼女に見習い、後に続いた。
元々たいして深くはない場所なのだ。二分ほどで、二人は昇降路を下り切った。
作業を終えているためか、最低限の非常電灯しかついてはおらず、視界が暗い。しかし一応ある程度の警備はしているようで、奥の方にライトをもって歩いている警備兵の姿が見えた。
もしここの警備兵たちに交代の時間がくれば、昇降機の不具合に気が付く。それまでに戻らないと……。
目を凝らしてみると、ここが洞窟だとわかった。
自然に出来たものなのか掘り進んだ結果生まれたものなのかはわからないが、天井を支えるように複数の鉄柱が立ち並び、その横に土砂を運ぶための荷車が転がっている。こうして見るだけでは、本当に地質検査をしていると言われても違和感はなかった。
内部の様子を目にし不安になったのだろうか。ルイナが自分を納得させるように小さく呟いた。
「ここにあるはず。絶対にここに……」
アラウンがヌルの眼を大量発生させているという情報の根拠は、父親の端末にそう書いてあったからという、彼女の証言だけだ。誤情報の可能性もあるし、そもそもアラウンはヌルの眼など作ってはいないかもしれない。
普通なら信じられない話。鼻で笑って、彼女をアラウンへ突き出すべき状況。
だがどうしてか、クロドにはその話が真実であると確信できていた。
「上の奴らがこの洞窟に来た目的がヌルの眼の発生なら、頻繁にその場所へ行き来してるはずだ。重い機械を搬入する必要もあるだろうし、きっとそのために地面を整備している。洞窟全体に目を行きわたらせる必要はない。整えられた地面だけに注意してここから追っていけば、目的の場所まではきっとすぐに辿り着ける」
ここまで来たのだ。例え情報が嘘だろうが本当だろうが、自分たちに出来ることは前に進むことしかない。
「……うん」
クロドの意志が伝わったのだろうか。彼女は唇の端をきゅっと結び、小さく頷いた。
地表に比べて地下の警備兵は数が少ない。隠れられる場所も十分にあるし、彼らの目を掻い潜って先へ進むのは、それほど難しいことではなかった。
比較的整備された地面沿いにずっと洞窟の中を進んでいくと、しばらくして開けた場所に出た。急に道の左右が広がり、支柱も荷車も土砂も何もない平らな地面が目の前に広がっている。
「何だあれ?」
広場の奥、頑丈そうな扉の前に、何やら金属の塊が置いてあった。幾本ものフレームから構成された下部と、土木作業用の銃器を四つ円を描いて合わせたような上部。その中心には複数のレンズが複眼のように集まっている。
どう見ても土砂を運ぶための機械ではないだろう。だがかといって自立して行動する機獣だとも思えない。
クロドが首を傾げていると、真後ろにいたルイナが当惑の声を上げた。
「あれは、かなり旧型の駆動兵器だよ。アザレアの施設で見たことがある」
駆動兵器。電子脳により簡単な自立制御を可能にした防衛、殲滅用兵器。確かによくよくみれば、ダリアの煙場で見たことがあるようなパーツがちらほら目に入る。
最近では機獣の開発が始まっているため、使われることは少なくなってきていると言うが、生身の人間にとっては十分過ぎるほどの脅威だ。
あれ、どう見ても後ろの扉を守ってるよな。やっぱりあの先にヌルの眼の発生装置が……?
クロドがそう考えた直後――突然、駆動兵器の複眼に明かりが灯った。不快な金属音を響かせてゆっくりとその八本の足が持ち上がっていく。何らかのセンサーに引っかかってしまったらしい。
「おい、まずいぞ……!」
今ここで戦闘になったら、プラントへの侵入がアラウンにばれてしまう。慌てて後ろに下がってみたが、既に遅かった。
二人を真正面に見据えると、駆動兵器は高らかにノイズのような雄たけびを上げた。




