第四章 侵入 4
翌日。第二十三休憩地から十キロほど進んだところで、クロドたちはとうとうグレム岩石地帯へ到着した。
岩石地帯などいうから広大な岩場の数々を想像していたのだが、記憶よりもその範囲は小さかった。精々ダリアと同じくらいか、その半分ほどの大きさだ。ここに駐屯しているという商会に駆逐されたのか、周囲に球獣の姿は一切見られない。
土煙をなるべく立てないように慎重に進み、岩石地帯の中ほどまで移動すると、プレハブのような倉庫のような、不格好なプラント(工場設備)を発見した。
クロドは赤足を縮小器へ仕舞い、岩場の影に身を潜めた。すぐにルイナが縮小器から双眼鏡を取り出し、斜め下のその建築物へ視野の先を当てる。
「入口の前に見張りがいるね。二人とも短機関銃を持ってるみたい」
短機関銃。その取り回しのしやすさと複数の弾丸を連続で射出できるという特性は、こと近近距離線においては最優といっても過言ではない武器だ。連続で銃弾をばらまくため単発式拳銃のように高度な技術は必要なく、短い銃身は狭い場所でも自由に動かすことができる。マチェットと重力拳銃しかないクロドたちにとっては、十分に脅威になりうる装備と言えるだろう。
「ダリアから狙撃銃でも拾ってくればよかったな。そしたらこっから出てくるやつを撃ってるだけでよかったのに」
「無いものねだりしても仕方ないよ。どっちみちヌルの眼を確認するためには中へ侵入する必要があるんだし」
四つん這いの恰好でじっと双眼鏡の奥を覗き続けるルイナ。
「まあ、それはそうだけどさぁ。……どうする? しばらく様子を見るか」
「うん。まずはおおよその人数と配置を把握しないと。侵入するのは夜にしよう。夜なら動いている作業者も数が減っているはずだから」
夜までと言うと、半日か。随分と時間があるな。
相手の戦力を確認することだけが目的なら、手っ取り早いのはそこら辺の球獣を誘い込んでけしかけることだ。そうすれば倉庫の連中の対応人数を把握することも出来るし、弾丸だって消費させられる。ものが球獣なだけに、彼らもそこに人の意識が関与しているとはきっと考えない。
だが恐らくルイナはその案を呑むことはないだろう。どんな人間がどんなルールで生活しているか不明慮な以上、下手に球獣を押し込めば余計な犠牲が生まれる可能性がある。いざプラントに侵入し、子供の死体がありましたでは、目覚めが悪くなるどころの話ではないからだ。
空を見上げると太陽の光がこれでもかと過剰に輝いている。
熱せられた岩に乗せた手に焼けるような暑さを感じ、クロドは「あちっ」と小さな悲鳴を上げた。
肌の冷えを感じ、月が高く闇夜に映えた頃。クロドとルイナは密かに行動を開始した。
切り立った岩場の上を移動し、目標のプラントと距離の近い裏の岩場へと向かう。
巡回の警備兵もちらほらいるようだったが、多くは津波平原から続いている正道に注意を向けているため、こちらに気づくものはほとんどいない。一応監視塔も立ってはいるが、ライトで定期的に周囲を照らすだけで実際に岩場を歩く警備兵は一人もいなかった。
少し拍子抜けではあるものの、警備の兵士が少ないのはこちらにとって悪いことではない。こんな何もない場所で警備を厳重にしすぎてはかえって不信感を招く可能性もある。おそらくアラウンは不審に思われないように、あえて外面的な警備を緩めているのかもしれないと思った。
昼間に確認した場所で一旦足を止め、下の建物群を見下す。この位置からならうまく障害物を隠れ蓑にして侵入できそうだ。
クロドたちは高い建物の裏側から岩の坂を滑り降り、こっそりと壁際へ近づいた。
‶力〟によってプラントの周囲を取り囲んでいる柵に切れ目を入れ、給水タンクの裏側へと抜け出る。眼だけを出して確認すると、こちらへ向かって歩いていくる警備兵の姿が見えた。
「警備兵の姿が見えなくなったら怪しまれる。あまり無意味に倒さない方がいいよ」
マチェットの柄に手を当てたクロドを見て、ルイナが心配そうに囁いた。
「わかってるよ。万が一の場合に備えてるだけさ」
二十数人程度とは言え、鍛え上げられたアラウンの兵士が相手なのだ。囲まれれば例えどんな特殊な力を持とうと、隙をつかれ簡単に殺されてしまうだろう。警戒態勢を取られないためにも、気づかれない限りは絶対にこちらから手を出すべきではない。
タンクの前まで歩いてきた警備兵は、少しだけ岩の上を見上げた後、つまならそうに来た道を戻っていった。
右に曲がられていたら、不意打ちするしかなかった。
ほっと一息つき、マチェットから手を離すクロド。
ルイナの端末によれば、ここを隠れ蓑にしているアラウンの兵士たちは、表向きには地質や水質の調査という名目でプラントを建造しているらしい。となれば、人の目に触れ外来客が訪れる可能性のある地表にヌルの眼の発生装置を置いておくことなどまずないだろう。ヌルの眼があるとすれば、地下しかない。観察していてもっとも人の出入りが激しかったのは、あの大きな倉庫だ。青の中なら、きっと下へ降りる道があるかもしれない。
予定通り、クロドたちは停車している地走機やコンテナを陰にして警備兵の視線を掻い潜りつつ、倉庫の裏手へと回った。
靴が砂利を踏む度、物音が後ろで鳴るたびに、心臓が釣り針で引っ張られたかのように跳ね上がる。
それでも何とか突き進み、倉庫の中の目立たない場所へ入り込んだところで、二人は深々と息を吐き出した。
とんでもない緊張感だ。正直、遭遇した兵士を手当たり次第に倒して進んだほうが楽な気さえしていた。たった数分の出来事なのに、全身にびっしょりと汗をかいている。
「クロド見て。あそこに昇降機がある。あれに乗れば地下へ行けるかも」
「あからさま過ぎないか。あんなの、下に何かあるって言ってるようなものじゃないか」
「でもどう見たってあそこ以外に可能性はないよ。この倉庫、あとはよくわからない段ボールや機械を適当にそこらへんに並べてるだけみたいだし」
確かに彼女の言う通り、他に隠し場所の候補は存在しない。ヌルの眼の発生装置があるとすれば地下。それは確実なのだ。あまり気は進まないが、致し方がない。
クロドは慎重に周囲を見渡しながら、警備兵の巡回ルートを確認した。
「昇降機に乗れば駆動音で人目に付く。もう作業はしていないみたいだし、足で降りよう。左側から進めば、倉庫内を巡回している警備の視界に入りずらいはずだ」
「途中で昇降機が降りてきたどうする? 潰されちゃうと思うけど」
「そうだな。操作盤にちょこっと細工をしておこう。配線をいくつか切断するだけで、大丈夫なはずだ」
ダリアの生活でああいった配電盤の修理をしたことも何度かある。図面が無くとも線を追っていけば、ある程度どういう構造でどういう操作体系をとっているのかは簡単に理解できる。
自分の経験から、クロドは自信を持ってそう言った。




