第四章 侵入 3
津波平原はその広大さから、所々に休憩地が作られている。
‶村〟や‶街〟のように防護壁は無いけれど、常日頃人がいるわけではないため球獣の襲撃も少ない。
休憩地にはオラゼルに近い方から若い番号が振られ、クロドたちが今いるのは、第二十三休憩地と名付けられた場所だった。
三角定規を立てたような丘の上にちょっこりと広がった広場の中心には、たき火を行うための窪みがあり、それを囲むようにして見張り台と寝床が設置されている。身を守るための防御力はまったくないけれど、高い位置から周囲一帯を見渡せるため、アラウンの追手を確認するにはうってつけだった。
「今日は夜空が綺麗だね。周りがよく見える」
クロドが持参していた携帯食を頬張りながら、どこか楽しそうに空を見上げるルイナ。星の光に照らされた彼女の髪は、いつもと違う艶やかさを放っていて、とても綺麗に見えた。
「悪いな。そんな食量しかなくて。ここだと夜に火を焚いたら目立つから。ホントなら適当な動物を狩って丸焼きにでもしたかったんだけど」
見張り台から外に目を向けたまま、クロドは冗談ぽくそう言った。
「いいよ。食べれるだけで十分。まともな食事なんてここ何日もしてなかったんだから」
「良家のお嬢様とは思えない逞しさだな。ダリアに住み着いてもやっていけるんじゃないか」
「ダリアはやだよ。錆び臭いし、ゴミだらけだし。どうせ住むなら、自然の綺麗な場所がいいな。森と共生しているユリアリアとか、雪とオーロラに囲まれたレイツェレンとか」
「ああ、あの景観都市として有名な場所か。確かに一度見てみたい気もするけれど」
知識として街の名前は知っているものの、実際にそこまで出向いたことはない。これまでクロドの行動半径は、ダリアの周辺か、精々オラゼルと津波平原の間を行き来するぐらいだったのだから。
たわいない話を続けながら、星々に照らされた津波平原を、見つめる。
上手く誘導に引っかかってくれたのか、アラウンの追手らしきものの姿はない。目につくものと言えば、少し遠くにある村の光ぐらいだった。
こうして静かに村の外壁を眺めていると、嫌でも自分の村のことを思い出してしまう。
澄んだ空気と白い砂に囲まれた、あの暖かくて穏やかな村を。
「……もう寝ようかルイナ。少し寒くなってきた」
一人ならともかく、あまり彼女の前で哀愁漂う表情を浮かべたくはない。クロドがそう言うと、寝そべり星空を眺めていたルイナは小さく頷いた。
現代では荷物を運ぶのに大きな鞄を使うことはほとんどなくなった。
内部に小さな空間を内包した‶縮小器〟と呼ばれる魔法道具が流通していたからだ。
極度に大きなものは空間を発生させるための負荷が強すぎて収容できないそうだが、洗面道具や寝間着など身近な小道具程度ならいくらでも縮小器に収納することが出来る。
アラウンの兵士が機獣を取り出したのもこの縮小器からであり、クロドもダリアの外にいるときは、いつも赤足を縮小器に収納していた。
「よいしょっと」
小さな掛け声と共に、ルイナが自前の縮小器から折り畳みの寝袋を取り出す。薄黄色の、少しだけ子供っぽいデザインだった。
クロドも自分の寝袋を取り出しながら、
「長く旅を続けるならテントぐらい用意した方がいいかもな。津波平原は風が強いからここみたいな高所に虫はいないけど、東部の湿地や西部の森林地帯でこんなかっこで寝てたらそこら中刺されちまう」
「前々から欲しいとは思ってるんだけどね。中々手に入れる時間が無くて。この寝袋だってスラムのバザーで購入したものだし」
なるほど、だからデザインが子供っぽいのか。よくよく見ればサイズも合っていない気がする。
クロドは彼女の答えに納得し、自身の寝袋の中で両手を頭の後ろに組んだ。
しかし長く旅をか。ヌルの眼作りの証拠を目にすることが出来たとして、その後自分はどうするべきなのだろうか。
たった一人であのアラウンとまともに戦えるとは思えない。アラウンに反逆するならば、絶対にいつかはそれなりの数の仲間が必要となる。
「なあルイナ。もし……――」
首だけを傾けてルイナに呼びかける。だが彼女は、すでにすやすやと小さな寝息を立てて目をつぶっていた。クロドにはない大きめの胸が寝袋の中で上下に動いている。
「ちぇ。もう寝たのか」
その穏やかな寝顔を見ていると、妙に寂しさと不満を感じる。
慣れない気持ちを振り払うように、クロドもゆっくりと己の目を閉じた。




