第四章 侵入 2
アラウンの追手を巻くために、クロドは赤足を修理した地走機に乗せ、ある程度正反対の方向に進んだ。
そして岩場の多い場所へ近づいたころを見計らって、地走機を自動操縦に設定し、重空機に乗り換え岩場の上へ飛び乗った。
もし車輪の跡に気が付いても、これなら勝手に草原を走り続けるあの地走機に引かれて、すぐにはグレム岩石地帯まで追手が来ることはないはずだ。
クロドとルイナを乗せた赤足はそのままいくつか岩場の上を跳び跳ねた後、離れた草原の上に着地した。
「しっかり捕まっとけよ。アラウンに見つからないように、ライトはつけれないんだから」
「うん」
大人しくクロドの腰に回した腕の力を強めるルイナ。
幸い走行する場所は草原だから、何かに衝突したり足を取られる危険は少ないけれど、その分球獣や盗賊などに目をつけられやすくなるという危険もある。
慎重に目を凝らしながら、クロドは赤足を運転し続けた。
今日は雲が少なかった。
夜空には星々が艶美に輝き、その姿を主張している。
おかげでライトを照らさずとも遠くの景色まで見通すことができ、不意に球獣と遭遇することもなかった。
まともに草原の中を突き進めば草まみれになってしまうため、クロドはなるべく雑草の少ない場所を選んで赤足を跳躍させた。ふわりと体が浮かび上がるも、腰に付けた防離用ベルトのおかげですぐに座席へと引き寄せられる。後部は少し振動が激しいらしく、ルイナはたびたび妙な悲鳴を上げていた。
「浮き上がるときに自分で少し膝を伸ばすんだ。そうすると体の飛び上がりが少なくなるから」
「わかってるけど、上手くいかないの。ただの草原なのに、なんでこんなに土がでこぼこしてるのかな」
不貞腐れた声で、ルイナが呟いた。
「南部はよく戦地になってたからな。ただの平地に見えても、よくよく観察すれば爆弾に吹き飛ばされクレータになってる場所や陥没してる場所なんかがいくつもある。まあ、そのせいで風が乱れて、津波平原なんて名前で呼ばれるようになったんだけど」
再び背後から聞こえた悲鳴を気にせず、クロドは冷静に言葉を返した。
首都オラゼルの南。ダリアを含んだこの近辺は南部地域と呼ばれ、アザレア、ジギタリスという二つの大きな共同体に囲まれた位置にある。そのため昔から戦場として利用されることが多く、地形は大きな影響を受けていた。強力な球獣が少ないのもその所為だ。もっとも西よりのダリアまで行けば、流石にこの津波平原から離れすぎているため戦争時の被害はほとんどなかったが。
風に当たりたかったのだろうか。ルイナは渡した予備マスクを被ろうとはせず、素顔を夜風にさらしたまま前に声を飛ばした。
「ねえ。そろそろ教えてよ。クロドがグレム岩石地帯に行きたい事情って何なの?」
「別にいいだろ。気にするなよ」
「夕方後で話すって言ったじゃない。約束は守って」
抗議のつもりなのだろうか。ルイナはクロドの服を掴む力を強めた。
もしグレム岩石地帯でアラウンと戦闘になるのであれば、彼女との信頼関係は重要になる。一緒に行動する仲間の動機を知っておきたいと思うのは当然の真理だ。
――まあ、こいつも自分の事情を話してくれたしな。今さら隠す意味もないか。
少し気まずさを覚えつつも、クロドは全てを彼女に説明することにした。小さな村に住んでいたこと。そこに製薬商会が訪れたこと。村が球獣に襲われたこと。そして、逃げた先で両親が警備兵に撃たれたこと。そこで怪しい男に突き飛ばされ、急に現れた老人に救われて重量者になったこと。
ルイナはクロドの話を聞き、強い興味を持ったようだった。
「――ってことは、十年近く前からアラウンはヌルの眼を作っていたことになるね。確かにヌルの眼が急激に増加し始めたのも、球獣の数が溢れ始めたのも、ちょうどそのくらいの時期だって聞いてる」
「アラウンは一体何をしたいんだろうな。‶眼〟を増やせば確かに魔法資源は増えるだろうけど、そんなことをすればこの世界が崩壊していくのは目に見えているのに」
「下っ端の人たちは何もわかってはいないからね。それを実行させているのはアラウンの幹部。正確には、彼らを支配している一人の男だよ」
そういえば、夕方にもそんなことを言っていたな。
彼女の言葉が気になり、クロドは僅かに背後に目を向けた。赤足の排出口から吐き出された白い蒸気の帯が、長々と後ろに続いている。
「その一人の男って? 支配ってどういうことなんだ?」
「私も受け入りだからね。詳しくはわからない。お父さんは‶アルド〟って呼んでいた。その人が幹部全員を洗脳し、操っているって」
「ふーん。アラウンの幹部全員をね。共同体の上位権力者たちをそこまでいいように出来るものかな」
「魔法を使えば可能だよ。精神に干渉するものだってあるし、何かで脅されているのかもしれない。とにかくお父さんの言うことが正しければ、その人がヌルの眼の発生を命令して、あちこちに兵を派遣してるみたいだった」
じゃあ俺の村を壊滅したのもその‶アルド〟とかいう男が元凶だってことか。ふざけた真似を……一体どこのどいつなんだ。
村や両親のことを思うと、強い憎しみが蘇る。
クロドの気持ちを悟ったのだろうか。ルイナは少しだけ声を小さくした。
「ごめんね。嫌なことを思い出させて」
「気にするなって。お前に教えてもらわなければ、俺はずっと真実を知らなかった。騙されたまま生きて、あのゴミ溜めの中で一生を終えるはずだった。だから感謝してるよ」
「あんまり素直には喜べない台詞だね」
困ったようにルイナが笑った気がした。
とにかく、まずはグレム岩石地帯だ。そこでヌルの眼が作られていなければ、全てはルイナの親父のただの妄想ってことになる。グレム岩石地帯で事実を確認しない限り、何も前には進まない。
期待と不安。相反する二つの感情に苛まれながら、ただひたすら、クロドは夜空の下を走り続けた。




