第三章 ヌルの眼と泉 4
砂塵が舞った。
幾重もの発砲音が鳴り響き、少女と少年の全身に向かって夥しい数の弾丸が飛び込んだ。
弾丸が当たった壁は砕け散り、地面は深々と抉れ砂を散らす。
多くの球獣を屠り離反者どもを抹殺してきたアラウンの銃弾。それこそが彼らの力の象徴であり、また揺るぎない強者としての自信の根拠だった。
だからその光景は彼らにとって、完全に理解できないものだった。
全てを屠るアラウンの銃弾を受けて、幾度も敵対者を排除してきたその力を浴びて、何故、この少年は平然と立っているのだろうか。
ネガ反転していた周囲の色が元に戻る。
クロドが手を下ろすと、砂となった銃弾が風に流され離散していった。
「今のは、――クロド……?」
混乱したようにこちらを見上げるルイナ。
クロドは何も言わず、困ったように眉を寄せた。
「何だ? 何をした?」
我に返ったのだろう。アラウンの兵士の一人が再度クロドに向かって発砲する。
それを察知したクロドは、再び片腕を上げ、手を中心に周囲の色をネガ反転させた。
飛び込んできた銃弾はクロドが反転させた色の空間に入るなり、一瞬にしてひび割れ砂と化す。それはクロドの頬を撫で後方へと流れた。
隊長らしき兵士が、クロドを見て焦ったように表情を曇らせた。
「――重量者か……! 厄介な」
「重量者? あれが?」
部下の兵士が驚愕の声を漏らすも、隊長は構わず手に持った金属の球体を上に掲げる。それを合図に、距離を置いていた二体の機獣が一斉にクロドへと飛びかかった。
「ルイナ!」
マチェットを前に構えつつ、叫ぶクロド。こちらの意図を察し、すかさずルイナが重力弾を前に放つ。
クロドのことしか目に入っていなかった機獣たちは、今度はもろに重力場の影響を受け、その場で動きを止めた。
――悪いな。たらたらしてる時間はないんだ。
先ほどから騒ぎすぎている。もういつ赤竜が現れてもおかしくはない。
マチェットに影響を与え、刃を中心に周囲の空間をネガ反転させる。むき出しになった二体の機獣の首に視線を添えると、クロドは問答無用で腕を振りぬいた。
刃に触れた部位から、機獣の金属は色をネガ反転させ、そしてひび割れ崩れていく。まるで豆腐を割るように、クロドはあっさりと二体の機獣の首を斬り飛ばした。
「機獣がこうも簡単に!? あ、あれが重量者……! ヌルの眼に堕ちかけた者の力」
「あんなもの、ただ魔法具を持っているだけだと思えばいい。肉体で魔法を発生させられる以外、普通の人間と大差はないんだ。ビビるな!」
尻込みする兵士に向かって隊長の男が声を荒げる。彼は再度銃を構え、クロドに向かって発砲した。
――俺の力が効果を発揮できるのは一瞬だけだ。撃たれ続ければいずれ防ぎきれなくなる。その前に――。
強く地面を蹴り前に跳び出すクロド。
左手に込めた‶力〟で銃撃を無効化し、いっきに隊長の懐まで身を潜り込ませた。
左斜め下から首元を狙って切り上げるも、隊長は軽やかにそれをかわし反撃してきた。
こちらの‶力〟を警戒しているのか、刃を直接合わせようとはせず、上手く身のこなしだけで攻撃を回避し続ける。見た目通り、相当な実力者のようだ。剣術だけに関して言えば、間違いなくクロドよりも上だろう。
隊長の刃が首元をかすめ、ビルから飛び降りたような気分になるクロド。だが、歯を食いしばり意識を集中させ続けた。
剣の腕も、経験も、確かに目の前の男の方が上だ。だがどういう訳か、うまい具合にこちらの剣戟が相手のいい場所へと届く。まるで親方から習ったこの剣術が、最初からアラウンの兵士と戦うことに特化して造られたかのようだった。
「隊長!」
兵士の一人がクロドの背後に回り込み、銃を向けようとする。しかし、それを見たルイナによって腕を穿たれ、悲鳴を上げて倒れ込んだ。
残ったもう一人の兵士がルイナに向かって発砲を始める。
彼女は二つのトリガーを同時に引き、再度重力弾を放った。ルイナに向かって直進していた銃弾は、全てその重力によってねじ曲がり、ルイナの銃弾に引き寄せられながら進行ルートを変える。
「はあっ!?」
結果、放った銃弾は全て跳ね返ることとなり、兵士は体のあちらこちらを自身の銃弾によって蹂躙されることとなった。
「なに……!?」
二人の部下がやられたことに気が付き、一瞬だけ隊長の動きが鈍る。
クロドは足に‶力〟を込めると、それで強く地面を踏み、真下の土を爆散させ目くらましを作った。
完全に居を突かれた隊長は慌てて防御の姿勢をとるも、すぐに「しまった」といった表情を浮かべる。色をネガ反転させたクロドの刃は隊長の短刀と銃を真っ二つに切断し、そのまま彼の肩胸を切り裂いた。
「やったー!」
ルイナが明るい声を上げる。
だがクロドは真剣な表情で隊長の横を駆け抜け、真っすぐに赤足へと飛び乗った。
「待て! ま、まだだ。逃がさないぞ」
胸を抑えながらこちらに折れた短刀を向けるアラウンの隊長。しかしその直後、轟音が響き、地面に無数の亀裂が走った。
「悪いな。時間切れだ」
エンジンキーを回しながらクロドはニヒルな笑みを浮べた。
「な、なんだ?」
アラウンの兵士が突然の地響きに動揺し、混乱したように周囲を見渡す。
一瞬振動が収まったかと思われたその直後、火山の噴火のように広場の瓦礫が舞い上がった。土煙が周囲を満たし、飛び上がった瓦礫が凶器となって無数に降り注ぐ。
クロドは頭を打たないように慌てて腕で自分の顔を覆った。
振動が収まり、土煙が風によって流されていく。
先ほどまでクロドたちが争っていた場所は大きく抉れ、その中心に巨大な生物が居座っていた。
後ろに向かって伸びた二本の短い角。見るだけで相手を凍り付かせるような冷たい金色の瞳とそれを取り囲む真黒な強膜(白目の部分)。そして、全身を覆いつくす電磁場を帯びた真っ赤な鱗。――赤竜。この鉄の森の主にして、球獣たちの頂点にたつ巨大な蛇だった。
「乗れ!」
赤足を発進させたクロドは、すぐにルイナの元へと跳躍し、彼女に向かって手を伸ばした。
赤竜がアラウンの兵士たちに気を取られている今しか、ここから逃げれるチャンスはない。
ルイナが手を掴むなりに、クロドは腕を引き、彼女を自分の後部座席へと引き上げた。変な格好で乗ってしまったかのか、彼女の頬が背中にぶつかり、小さな悲鳴が後ろに響く。
「待て、ルイナ・レヴィナス……! 貴様は――」
「じゃあな。お役人さん。俺たちは先に行くよ。まあ、もう会うことはないだろうけどな」
こちらに向かって声を張り上げるアラウンの隊長に笑顔で手を振り、アクセルを回す。
瓦礫から瓦礫へと飛び移り広場から抜け出るクロドたちの背後で、赤竜の暴れる大きな声と、アラウンの兵士たちの恐怖に歪んだ悲鳴が響き渡った。




