名人のライバル
一輝が綾小路七段に勝利してから、約1か月が経過し、一輝は順位戦の対局を行っていた。
午後8時を回った頃、対局相手より声が発せられた。
「負けました」
対局相手より投了の意志が告げられ、これで一輝は順位戦は無傷の5連勝だ。当然今期のC2からC1への昇級候補だ。
そこから2時間ほど感想戦を行い、感想戦を終えて帰宅の準備をしていると、一輝は思いがけない人物から声をかけられる。
「お帰りですか?長谷さん」
「竹田先生⁉」
一輝に声をかけたのは竹田義男九段であり、更に一輝に対し対局の事について言及する。
「順位戦で感想戦込みでこの時間にお帰りとは結構早い方なんじゃないんですか」
「そう言う竹田先生は確か今日は棋将戦のトーナメントだったんじゃ?持ち時間4時間の将棋でこんなにかかったんですか?」
「実は千日手になって指し直しになりましてね、おじさんにはきついですよ。勝ったから良かったんですが」
将棋における千日手とは、同じ局面を4回繰り返すことで成立し、成立すると休憩後先手後手を入れ替えて指し直しをするのだ。
竹田が千日手指し直し局の勝利について話していると一輝が尋ねていた。
「まさか、その事を話すためにわざわざ声をかけたんですか?」
「いえ、実はですね、佐藤梢子さんの師匠を引き受けてくれる方が見つかったんですよ」
「そうなんですか、それで誰なんですか?」
一輝の問いかけにややほくそ笑みながら竹田は回答する。
「聞いて驚かないでくださいよ、なんとあの林原優一九段です」
「林原九段⁉あの赤翼名人と何度も名人戦で対局した」
「ええ、林原九段はなんせ赤翼さんよりも先に永世名人の座を獲得しましたし、こと名人戦に関しては赤翼さん以上とも言われましたね」
永世名人とは名人のタイトルを通算5期以上獲得した者に与えられる称号であり、かつては現役中に名乗る棋士もいたが、赤翼名人も林原九段も引退後に名乗る意向を示している。
「でも、どうして林原先生がこの話を引き受けてくれたんですか?」
「あの人は数年前に名人戦で赤翼さんに負けてから、A級の順位戦でも成績が振るわず昨年度B1に降級して、今年も陥落候補になっています。自らの能力に限界を感じたか少し気分を変えたいのかもしれませんね、ま、これは私の推測ですがね」
「そうですか、じゃあ僕から佐藤さんにこの話をしときますね」
「お願いします」
永世名人が師匠を引き受ける。そのプレッシャーに梢子が耐えられるか不安であったが一輝は梢子に話すこととする。




