苦手な棋士
一輝達が佐藤神田道場での指導対局をしてから時が経ち、夏休みは終了していた。
梢子は研修会試験を受けることを決めたものの、まだプロ棋士の師匠は決まっておらず、一輝達の連絡待ちだ。
そんなある日の日曜日に佐藤家は一輝のMHK杯トーナメントをテレビ観戦していた。
一輝が既に敗勢であり、テレビ越しより投了の声が聞こえる。
「負けました」
「まで、103手で綾小路七段の勝ちとなりました」
一輝に勝ったのは綾小路七段といい、若い男性棋士だ。
一輝の負けを見て、梢子が声を漏らす。
「ああ、長谷君だめだったか、惜しかったわね」
「一手緩んで、その隙をつかれちまったんだよ。さすがの天才棋士も30秒で全ては正確に読めねえ」
梢子が父春秋と話していると、母である美晴が綾小路について言及する。
「ねえねえ、梢子、この綾小路君ってテレビ映りもいいけど、本物はもっとカッコいいのよ」
「っていうか、お母さん、綾小路七段と会ったことあるの?」
「うん、正確には時々、将棋の棋士と囲碁の棋士で交流する機会があってその時にね」
「じゃあ、あの時うちに来た竹田さんとも会ってたの?」
梢子の問いに、美晴が答える。
「いいえ、竹田さんはトップ棋士でタイトル戦とかで忙しかったから、そういう場には出なかったわ」
「そうなんだ」
「それよりも梢子、女流棋士になったら、あんなカッコいい人とお近づきになれるのよ。やる気出てきたでしょ」
「いや、お父さん機嫌悪くしてあっちいっちゃったわ」
機嫌を悪くした父を母が追いかけてなだめていた。
「ちがうのよ、これは梢子の為で……」
母の声が虚しく響く日曜日の昼間であった。
翌日、一輝達の通う高校にて、昼休みの時間に一輝は売店にパンを買いに行こうとしていたが、その際に梢子に声をかけられる。
「長谷君、昨日の将棋見たわよ。その……残念だったわね」
「まあ、あれは大分前に収録したやつだからね」
「そっか」
「だけど、また綾小路さんとはすることになった。あの人にはデビューして以来2連敗でまだ1勝もしていないから次は勝ちたい」
前回の負けを払拭はしているものの、次の対局に向けて闘志を燃やしている一輝に梢子は凄みを感じている。やはり勝負の世界に生きている人間なんだと実感させられるのだ。
「あ、そうだ、佐藤さんの師匠だけど、竹田先生があたってくれるって」
「そうなの、早く決まって欲しいな」
「そうだね」
そしてこの穏やかな表情と口調である。彼がつかみどころが難しいと実感した梢子であった。




