親の顔
佐藤神田道場での指導対局が一段落すると竹田義男九段はかつて奨励会に所属していた佐藤春秋と共に道場の外に出る。
竹田の行動に疑問を抱いた春秋が竹田に尋ねる。
「ところで義男、まさか本当に指導対局だけをしにわざわざプライベートでここに来たわけじゃないよな?」
「もちろんですよ。実はこの間、娘さんが出ていたウイナビ女子で解説をしてましてね」
「ああ、あの時の……、結局ここで強くても女流プロにはかなわねえな。だから俺は出ない方がいいって言ったのによ」
「でも娘さんが出るのを許しましたよね」
竹田の発言に対し、少しバツが悪そうに春秋が返事を返す。
「嫁が娘の後押しをしてよ、囲碁に興味を持たなかったことが不満だったくせにこういう時は娘の肩を持ちやがる。ああ、家に男1人ってのは肩身が狭くてやだねえ」
「ええ、分かりますよ。私の家も男は私1人ですからね、妻と2人の娘がいまして、私がタイトル戦に挑戦が決まった時もその開催期間中に旅行に行ったりしますからね」
「贅沢な悩みじゃねえか、こちとらプロにすらなれなかった身だぞ」
「あ、すいません」
竹田の謝罪の言葉を聞いて、春秋は顔を曇らせながら話す。
「いいって事よ、プロになれなかったのは俺が弱かったからだし、それにこういう人生も悪かねえ」
「そうですか、話を娘さんに戻しますが、娘さんから女流棋士になりたいとかそういう話は聞きましたか?」
「いや、そんな事は言っていないが、まさかお前、ウイナビでそんな話を聞いたのか?」
「いえ、ですが女流棋戦であるウイナビ女子にわざわざ出ていたのでもしかしたらとは思いましてね」
春秋は竹田の話を黙って聞いており、さらに竹田は尋ねる。
「そういえば、今までアマチュアの大会に出たことがなかったのに、急に今回ウイナビ女子に出ると言い出したのはどういうことか聞いてますか?」
「今までは将棋には興味を持っていたが大会に出るとかそういうことを言ってはいなかったな。だが今年になってから、どこで調べたか分かんねえが、突然ウイナビ女子に出たいと言い出した」
「今年ですか?」
「ああ、そうだ。だが女流棋士になりてえとかそういうことではないと思うんだけどよ」
春秋の言葉を聞いて竹田が最後の質問をする。
「最後に質問ですが、娘さんが女流棋士になることを望んでいたらどうします?」
「もちろん全力で反対する。あんな不安定な職業を親として許せるわけねえだろ……と言いてえとこだが、あいつは俺とあの嫁の娘だし、勝負師たる血がたぎっているかも知んねえ。ま、どうしてもっていうなら保険で大学位は通う事を条件になら許してやっても構わんがな」
竹田にとって、この春秋の顔は見たことが無い顔であった。自分の知るかつての先輩はちゃんと親をやっていると実感したのであった。




