救助と、計画と
およそ一年にも及ぶ航海に耐えられるよう建築された外洋船は、『奪浮力』の権能で呆気なく大海の底へと沈んでいった。
『奪浮力』って海軍に配属されたなら、物凄く便利なんじゃないだろうか?
大砲の砲弾を掻い潜って敵船に近づく必要はあるけれど、海上で船の浮力を奪うなんて、殺意の高い権能だ。
港の方を見てみると、たくさんの人の姿が見えた。
真龍が町を襲ったかもしれないのに、逃げ出さずにいるなんて、さすが海の男は肝っ玉が太いや。
なんて思ったりしたのだけれど、やっぱり最初はカルネの町はひどいパニック状態に陥ったらしい。
まあ当然か。
出港したばかりの船の上空に、物語でしか聞いた事が無いドラゴン――それも神話や伝承でのみ伝えられる最上位種たる『真龍』が姿を現したのだから。
その大きさは、王国軍で竜騎士の騎乗するよく見られる飛竜なんて比較にもならない。
本来、ドラゴンなんて山岳地帯の奥深くに生息していて、まず目にすることはありえない。
地上の生き物でも最強の生物とされるだけあって、竜殺しの称号は、英雄の称号と等価値だ。
そんな存在が町の近くで飛び回れば、パニックにならないほうがおかしい。
市場はひっくり返された物品が散乱し、町の外へと続く道では逃げ惑う群衆が殺到し、まるでこの世の終わりが訪れたかのような有様だったらしい。
それでも勇敢な海の男が集う港町らしく、桟橋付近では漁船を出して救助をしようと男たちが集まっていた。
「誰か上がってくるぞ!」
その声が聞こえたのは、そんな時だった。
繋留していた漁船を出す作業の手を止めて、声の上がった場所へと皆が駆け寄った。
「人だ! 人が泳いで逃げてくる!」
「おい! 毛布だ! ありったけの毛布を持って来い! それと火とお湯だ!」
網元らしい初老の漁師が指示を出し、すぐに大量の毛布と火鉢が用意された。
「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
そして次々と陸地へ救助された彼らを見て、漁師たちは目を見張る事になる。
「おいおい、あんたらよく見ればエルフじゃないか!? いつから森の民のエルフが、海の民に宗旨変えしたんだ?」
沈没した船から逃げ出したエルフたちが、衆目の目に晒された瞬間だった。
この町の住民のほとんどが、エルフたちが奴隷商品として船へ乗せられていた事を知らない。
「エルフだろうが人だろうが関係ねぇ! 避難民には違いねぇ! 全力で助けるんだ!」
ドラゴンの出現にも物怖じしない、勇気あるカルネの町の人々の手で、次々と助け出されるエルフたち。
そしてその構図を見守るルナレシア王女。
この構図こそ、俺たちが脳裏に描いていたものだった。
「バーンズ様、いえ、バーンズ伯爵? これは一体どういうことなのでしょう? なぜ、あなたが荷主の船から、エルフの方々が脱出されているのです?」
「あ、いや、その……これは……」
そうルナレシアが尋ねた時、バーンズ氏の顔色は降り積もる雪のように真っ白になっていたそうだ。
「か、海上に別の船があって、遭難でもしたのはないでしょうか?」
「海上に別の船なんてありませんでした。私、視力には自信があるのですよ? 王立士官学校の先輩ということでしたからご存知でしょうけど、私の通う竜騎科では、上空から地上が見えるよう視力に優れていなければ務まりませんので」
「も、もちろん、その事はよく存じておりますが、はい……」
「ですから、この方たちが別の船に乗っていたとは考えられません」
「そ、そうですか。お、おお、そういえば、私の船の乗客に、遠方の国のエルフの方々が乗るという話を聞いていたかもしれません」
「まあ、では皆さん、あの船の乗客でいらしたのですね?」
「ええ、船にはたくさんの荷物を積み込みますからな。私もその全てを把握しているわけではありませんので」
「そうでしたか。大きな船でしたものね。町の皆さんが懸命に救助されていますが、皆さん言葉が通じずさぞ不便な事と思います。幸い私は、エルフ語が話せますので、皆様のお手伝いをして参ります」
「ああ、いや姫様! 何も姫様御自ら手伝いなぞしなくても……」
「……困っている人を助けるのに、身分なんて関係はありませんよ?」
「いえ、ここはしばらく、いや少しお待ち下さい。この町の領主は私です。私が救助の手助けをいたします。そうだ、まずはあの者たちも冷たい海を泳いで随分と身体を冷やしておる事でしょう。ここはひとまず、領主として彼らが休息できる場所を用意するよう手配をいたしましょう。そうだ! それがいい! そういたしましょう!」
焦りを含んだ声音で早口で言うバーンズ氏を、ルナレシアはにっこりと笑って制して見せた。
「そうですか? でも、どうやら私たちよりも、もっと適任な人物がいらしたようです。イオ、こっちですよ」
俺が町へと戻ってきたのは、その時だった。
精一杯背伸びをして大きく手を振ってみせるルナレシアへ、俺も走りながら片手を上げてみせる。
船を沈めた後、『飛行術』で空を飛んできた俺は、人目につかないよう少々遠回りをして戻ってきたのである。
それも、一人で戻ってきたのではなく。
「ルナ、バーンズさん。ちょうど良かったです。実はちょうどこの町に、俺の知人のエルフが滞在していまして。海でエルフの人たちが助け出されたと聞いて、彼女を呼んできたんですよ」
「エ、エルフ!?」
「ルーシアさんです」
って、おい。
俺が振り返って見ると、ルーシアの手が今にも腰の剣を抜きそうになっていた。
気持ちは痛いほどわかるけど、その殺気は抑えて欲しい。
「彼らの事は彼女に任せて頂ければ大丈夫かと。エルフの事はエルフである彼女が一番わかるでしょうし」
「いや、しかし」
「それと、ルナ。軍の駐留部隊が向かって来てくれてる。ドラゴンが現れたので一応すぐに出動したんだそうだけど、この町にルナがいる事を監視哨に報告したら、より大急ぎでこちらに向かうって返信が届いた。それと海軍も出動して、軍艦で救護活動を行ってくれるそうですよ」
後半はバーンズ氏に向けての言葉だ。
「ぐ、軍がこの町へ……」
「はい。エルフ族の皆さんも軍が責任持って保護してくださるそうです……って、あれ? バーンズさん、何か顔色が悪いですよ? どうかされましたか?」
さて、ここで俺たちの作戦を明かすとしよう。
と言っても、今まで俺がやって来たとおりなんだけど。
エルフたちを乗せた船の出港直後、俺が真龍を召喚して船を襲撃させる。
真龍の役割は、船上の戦闘員の戦意を削ぐ事と、王国軍の出動を促す事だ。
そして俺は、船上へと移動して精霊封じの結界を破壊する。
精霊封じの結界さえ破壊できれば、船倉に閉じ込められているエルフたちは、いくらでも精霊魔法を使って逃げ出す事ができる。
船の壁、底を破壊して脱出した後は、『水中呼吸』の魔法を使ってカルネの町まで泳ぎ着き、できるだけ人目の多い場所で救助される。
この辺りの土地を治める領主であるバーンズ氏は、当然警察隊にも顔が利くし、町の守備隊も彼の指揮下にある。
そしてエルフたちが町の者へ助けを求めたところで、エルフ語を話せる者はそう多くはない。
逃げ出したエルフを町の者に目撃されたとしても、後でどうとでも誤魔化すことができるはずだった。
しかし、衆目にエルフたちが晒された上で、その場に王女がいたならどうか?
その上、救援に来た王国軍によってエルフたちが保護されたなら。
王国軍は現在、ルナレシア王女を擁立して宮廷の貴族たちと対立している。
ルナレシアの言葉があれば、王国軍はいくらでも便宜を図ってくれるだろう。
エルフたちから事情を聞き出せば、バーンズ氏の奴隷密売組織の存在が明るみへと出ることになるはずだ。
士官候補生に過ぎない今の俺にできる事はここまでだ。
後の事は軍と王国の司法に任せる事にしよう。




