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18、王女マレシカ・中




 そんな感じで、私の王宮暮らしも最初はうまくいってたんだけど、陰がさし始めたのは、マレシカたちの父親のエイゼン国王陛下が病に倒れた頃ね。


 王太后――当時はまだ王后だったゼネヴィアと、その息子で王太子のライエスの存在感が日に日に強くなっていったの。


 派手好きで居丈高なゼネヴィアや、素行の悪いライエスは貴族たちからも煙たがられていたけど、そこは次期王とその母親だものね。さすがに廃嫡を主張する度胸までは、誰にもなかったみたい。




 ゼネヴィアたちが台頭するのとは反対に、お母様やマレシカの立場はどんどん悪くなっていったわ。ゼネヴィアからすれば、お母様は夫の心を奪った目障りな存在だもの。そりゃあ優しくする理由はないわよね。


 それまでふんだんに下賜されてた、生活費にあたる手許金(てもときん)まで減らされるようになったし、宮殿の改築を理由に住処まで朽ちかけた離宮へ追いやられたの。


 それまでお母様と仲良くしていた貴族たちも、権勢に終わりが見えたらあっさりと離れていったわ。結局貴族だって、中流階級(わたしたち)を馬鹿にできないくらい現金よね。




 でも、ただ一人見返りもなく私たち親子に力を貸してくれた人がいたの。それがシトレお姉様よ。


 私にとっても、あの方は『お姉様』なの。シトレお姉様もはっきり言って、恵まれた立場ではなかったわ。あなたも知っての通りゼネヴィアやライエスは、自分たちと違って真面目で贅沢を嫌うシトレお姉様を疎んでいたのよ。


 そんな難しいお立場だったのに、お母様たちの元に生活用品を差し入れたり、使用人を寄越したりしてくださったわ。あの方がいなかったら、お母様たちは王族どころか平民にも劣る、貧しい暮らしを強いられていたでしょうね。




 シトレお姉様は侍女でしかない私にも気をかけてくださったわ。……実の娘だけど、絶対に母親の最愛の存在にはなれない――そういう立場に共感してくださったのかもしれないわね。


『あなたも実の妹だったらよかったのに』って、お世辞かもしれないけど、お姉様はよく私におっしゃっていたわ。読書の楽しみや、刺しゅうとかの手習いも教えていただいたし、影ではこうして『お姉様』と呼ぶことも許してくださったの。


 母を除けば、あの宮廷でシトレお姉様だけが心の底から信頼できる方だった。……実の妹なんかよりもね。




 でも結局、お姉様の助けが得られたのはほんのひと時だった。お姉様は国王陛下が病の床に就いている間に、ゼネヴィアに無理やり婚姻をまとめられて宮殿を出ることになったの。お相手の方のことは、アトランの方がよく知っているわよね?


 ……悪く取らないでね。でもどんなに夫君の公爵様が良い方だって、普通に考えたら、お姉様と釣り合う相手ではないことはわかるでしょう? 年齢も再婚であることもね。


 そういう相手を宛がわれたせいで、お姉様は普通の結婚はできない身なのだと噂されたのよ。……お可哀想に、あの気丈なシトレお姉様が声も立てずに泣いていたわ。


 そして私たちには、お姉様を心配している余裕すらなかった。国王陛下が崩御して間もない頃に、お母様までお倒れになって、そのまま亡くなったの。結局、夢見ていたお母様との平穏な生活は叶わなかったわ……。




 そしてマレシカとあの子に仕えていた私は、完全に庇護を失ったの。


 国王と愛妾の相次いだ死に、ライエスやゼネヴィアが関与していることは、もちろんユハシュ中で噂になったわ。……でも肝心な証拠は何一つなかった。


 だから私は自分で探すことにしたの。マレシカはオロオロするだけで役に立たなかったしね。


 幸いしばらくの間、私たち生活は大きく変わらなかった。相変らず宮殿の片隅で、細々と生活するだけの日々よ。マレシカは取るに足らない存在と思われていたから、ゼネヴィアから捨て置かれていた――その時はそう思っていたわ。




 とにかく他人から警戒されないという点では、絶好の機会だったわけ。私は自力でお母様たちに毒が盛られた形跡がないかを探したわ。普段からお母様の足を引っ張らないよう、貴族だけじゃなくて使用人にも愛想よくしていたから、たくさんの人から話を聞くことができたの。


 でも甘かった……。症状なんかから、毒の種類はすぐに見当が付いたけど、盛られた経緯がどうしてもわからなかった。


 国王陛下の枕元でずっと看病に当たっていたお母様は、陛下が口にする物は食事から飲み水まで、すべて自ら毒見をしていたの。もちろん母が口にする前には、使用人も毒見を行っていたはずよ。でも彼らが毒に倒れることはなかった。それってつまり、陛下の寝室に持ち込まれた後に毒が入れられたってことでしょ?




 王の部屋に出入りしていた医師や使用人に関しては、できうる限り調べ尽くしたけど、彼らにはゼネヴィアやライエスとの接点はなかった。


 もちろん正妻と長男だから、当人たちもお見舞いには来ていたわ。ただし、いつも重鎮たちを伴ってね。その中にはゼネヴィアと敵対する関係者もいたから、その隙を見計らって毒を盛ったとは考えられなかったわ。


 つまり私は完全に手詰まりなってしまったの。だってうかつに陛下が毒殺された可能性に言及すれば、ずっとそばに控えていたお母様に疑いが向きかねないでしょう?


  ……でもだからこそ、出来過ぎた話なのよね。これってあまりにも、ゼネヴィアたちにとって都合のいい話じゃない?


 この時は、私も半分諦めかけてたわ。……結局予想もしていない形で、犯人を知ることになるんだけどね。




 ある日、マレシカがゼネヴィアの元に呼び出されたの。それまで忘れられたみたいな扱いだったのに、絶対にろくでもない用件なのは私たちにもわかってた。


『ゼネヴィア様がトゥーラの後宮にわたくしを嫁がせるっておっしゃったの!』


 マレシカはそう言って、泣きながら私の元へ帰って来たわ。


 トゥーラ王国はゼネヴィアの祖国よ。現王はゼネヴィアの従兄で、彼女よりも年かさの男なんですって。国王にはもう世継ぎの子どころか孫もいるの。


 しかも送り込まれるのは、百戦錬磨の女たちがしのぎを削る後宮よ。それこそ毒殺なんか日常茶飯事でしょうね。何の取柄もない鈍臭いマレシカじゃ、『死ね』って言われたも同然よ。


 しかも、マレシカの侍女である私もトゥーラに同行するついでに、ゼネヴィアが懇意にしている将軍の元へ、手土産がてら嫁がされることになったの。とんだとばっちりよ。




 あの子は私に小さな包み紙を見せて言ったの。


『お願いマレーテ、わたくしに力を貸して。ゼネヴィア様がね、もしロシェク伯爵にこの薬を飲ませることができれば、トゥーラに嫁がせる話はなしにするって約束してくださったの』


 マレシカが持っていたのは、ゼネヴィアから渡された薬包だった。


 ロシェク伯爵はゼネヴィアのせいで解任された前宰相ね。宰相職は退いたけど、彼を支持する貴族は多かった。つまりゼネヴィアは結婚を脅しに、マレシカへ自分の政敵の毒殺を命じたの。


『大丈夫よ。ゼネヴィア様もわたくしのことなど、誰も警戒していないとおっしゃっていたもの。()()()()()きっとうまくいくわ』


 呆然とする私に向かって、マレシカはそう言ったの。










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