第90話 スキルのチェック
イシュタルやエーゲリアを呼んでの、メディクお披露目会が終わった翌朝。
例によって皆に集まってもらい、今後について話し合っていた。
「無事に新たに2種の美味しい魔物も入手できたし、地球からこっちに帰ってきて50日くらい経つ。なので一旦、ここいらで地球に戻ろうと思う」
「こっちにきて、もう50日も経つのか。あっという間過ぎて気が付かなかったな」
そう口にした竜郎の父──仁は元より、母の美波、愛衣の両親も驚いた顔をする。
「でもそろそろ帰らないと、僕も会社のこと完全に忘れちゃいそうだ。
なあ、竜郎くん。帰っても、こっちの時間経過とは同じじゃないんだよね?」
「そうですよ、正和さん。数時間のズレはあるかもしれませんが、転移したその日の内には戻れるはずです」
異世界であるここと、地球の時間はイコールではない。
同じ世界での過去や未来への転移では、竜郎自身が過ごしたことによる時間経過の感覚に引っ張られ、油断すると数日単位で時間がずれてしまうこともある。
けれど竜郎の頭の中ではハッキリと異世界と地球を分けて考えているので、時間経過の感覚に引っ張られることも少なく、数日も日付がずれるということはないのだ。
なのでこちらで50日過ごしても、向こうでは十数時間のズレもなく元の転移したときの日付内に戻ることが可能だ。
そのためにわざわざ休日を選んできたのだから、皆問題ないはずだ。
けれど、ここで重大な事実に美波が気がついた。
「あれ? ちょっと待って。竜郎と愛衣ちゃんは確か、システムがある限り年はとらない……だったわよね?」
「そーだよ、美波さん。ずっとピッチピッチだよ!」
「くぅ……羨ましい。って、そうじゃなくてね。
竜郎たちは不老だからこっちで何日過ごしても大丈夫かもしれないけど、私たちはそうじゃないんじゃない?」
そこまで聞いたところで、何が言いたいのか愛衣の母──美鈴も気がついた。
「あ! そうじゃない! 愛衣たちはこっちで何日過ごそうが変わらないけど、私たちはこっちにくるたびに向こうでは年老いていくってことだよね。
じゃあそのうち向こうじゃピー歳なのに、こっちで過ごした時間が加算されて、よぼよぼのおばあちゃんになっちゃうってこと!?」
こちらと地球の時間はイコールではないが、人間の生きた時間は変わらない。
10年こちらで過ごしたとしても、地球で転移したその日に帰ることだってできるだろうが、普通の人間はそれだけ経てば加齢によって見た目が変わる。
地球年齢20歳でも、実年齢および見た目年齢30歳なんてことが起こりえるのだ。
それはいくら竜郎の強力な生魔法で加齢に抗ったとしても、いつか越えられない壁が立ちはだかることだろう。
だがしかし、そんなことは竜郎も織り込み済みである。
「母さんたちも安心してくれ。そこで、この子の出番だ」
「キュ~」
「あら、ウサ子ちゃんじゃない。その子がどうかしたの? 竜郎」
竜郎が召喚するや否や、ぴょんと飛んで竜郎に抱きついたのはウサ子と名付けられた魔物。
全長40センチほどのプラチナ色でフワフワの長い毛を持つ、ウサギ小人だ。
右手には惑星のようなキラキラした球体が先端についた棒があり、それを肌身離さず持っている。
竜郎が抱っこすると丸くなり、完全に毛玉のような見た目になった。
隣にいた愛衣がそのフワフワした毛玉に手を伸ばし、感触を楽しみはじめる。真似をして楓と菖蒲もペタペタ触る。
「ウサ子はこれまで見た光景、物や人を、いつも持っている玩具みたいな惑星の中に記憶しているんだが、その記憶領域にある見た目を対象に貼り付け、元に戻すことができる《惑星記憶貼付》というスキルを持っているんだ。
そして、この子が最初に見た母さんたちの見た目情報も、ちゃんとこの惑星には記憶されている」
「ってことはつまり、私がいくら太っても元に戻せると……?」
「いや、お母さん。さっき話してたのは老化の話でしょ。なんでメタボの話になってんのさ」
愛衣にジト目を向けられた美鈴は、ばつが悪そうに苦笑した。
「ごめんごめん、冗談だって愛衣。
でもこれから私たちがどれだけメタボおばあちゃんになろうとも、ウサ子ちゃんさえいれば、元の今の状態に戻せるってことでいいの? 竜郎くん」
「まあ、極端なことを言ってしまえばそうですね。
あんまり見た目の変化が激しいと、この子の負担も大きくなるので、やるとしても小まめにやっていきたいところですが」
ちなみにこれは外見に依存するスキルなので、見た目では変化が分からないシステム内の情報は変わらない。
つまり若返らせても痩せさせても、それまでに鍛えてきたレベルなどは変わらないということでもある。
けれど写真や動画などではなく、直接観る必要があるのだが。
「もの凄い能力だな、おい。ん? そう言えば竜郎の時空魔法は、その転移先の過去の光景を思い浮かべられる人が一緒にいれば、他人の過去にも行けるんだったよな?」
「……お気づきになってしまったか、父さんよ」
「ちらっと、その辺の話も聞いたからな。ってことはだ。俺たちの記憶から地球の過去にいって、若かりし頃の俺たちの姿をウサ子に記憶させることができれば……」
「十代の頃の肉体に戻ることだって、できるってことなの!? 竜郎っ!!?」
「り、理論上はそうだし、できないこともないだろうが、落ち着けって母さん」
若返りというのも、ダイエットと並ぶ女性のもつ欲求の1つなのだろう。
竜郎の母はもちろん、美鈴もウサ子を獲物を狙うタカのような目で凝視している。
その気配を察してウサ子がプルプルと胸元の服を小さな手でギュッと握りしめてきたので、よしよしと優しく撫でてあげれば「キュ~♪」と鳴いて、さらに竜郎への好感度がアップした。
「その辺はちょっと待ってくれ。地球でも過去に行くことができるんだろうが、やたらなことをして変な事象を起こしたくもない。
こっちの神様といろいろ相談してみて、できそうならやってみるってことで一つ」
「あー……それもそうだね。僕も若返りに興味がないわけじゃあないけど、SF映画とかでも過去に行ったせいでハチャメチャな事象に巻き込まれてしまった──なんて話は枚挙に暇がないわけだし」
正和のその言葉に、美波や美鈴も思い当たる話があったのか、それもそうだと大人しく引き下がった。
今でも今の年齢で止まれるのだから、文句を言うのもおかしな話なのだから。
「まあ、そういうことで、こっちでいくら過ごしても見た目の年齢は変わらないようにできるから安心してほしい。
ってことで次だ。帰るのはいいんだが、その前に次の予定を決めておきたい」
「次の予定っていうと、新しい美味しい魔物の件ということでいいのか? マスター」
「その通りだ、ランスロット。向こうでも計画や準備くらいはできるからな。
それじゃあ、いつも通り多数決でいこうと思う。
現在、滅びていない美味しい魔物シリーズは残り3種。葉物野菜に果物に香辛料。それが集まったら絶滅種の復活に力を入れていこう。
では葉物野菜の魔物がいいという人は挙手を──」
3種の内どれがいいのかと竜郎が質問していき、今回もっとも投票数が多かったのは葉物野菜の魔物──『レティコル』。
ロブスター、鳥、水ときたので、次は野菜だろうという意見が多かったからだ。だが次点の果物と、大分競っての辛勝といったところ。
それには果物を頑として推していたヘスティアの翼が、悲しげにしんなりしてしまう。
そこへ「ヘっちゃんは、しょうがないなぁ♪」と言いながらフローラが特製パフェをスッと提供したことで、すぐにご機嫌になった。
ちょろい──と、この場のほとんどの人間が思ったことであろう。
「次は野菜! チキーモと合せてチキンサラダが作れそうだね、たつろー」
「鶏じゃあ、ないけどな。けどそれも美味しそうだ」
今の美味しい魔物に野菜が加わることで、さらに料理の幅が広がることだろう。
料理が一番得意で、さらに野菜を最初から望んでいたフローラは、かなり上機嫌だった。
そうして次のターゲットも決まったところで、もう一つ竜郎が聞きたかったことを眷属たちに問いかけた。
それはずばり、地球に次はだれを連れていくか。
前回は両親の説明もあったので、できるだけ少人数で行ったが、今回は別に全員連れて行ってもいいといえばいい。
けれど大人数ではこちらも説明やら何やら大変なので、ある程度人数を絞って少しずつ地球へと連れていくのが現実的だろう。
楓と菖蒲は別枠としても新たに連れていくことになる希望者は他にもいるので、皆で話し合って今から決めてくれるだろう──と思っていたのだが、眷属たちは眷属たちでもう順番を決めていたようだ。
今回、地球へと新たに赴くのは彩(彩人、彩花)+豆太、ウリエル、アーサー。
彩は地球で大好きな狼……も含む犬が見たいと、他2人は生みの親でもある竜郎の故郷を自分の目で見てみたい──ということらしい。
思っていた以上にあっさり決まったことに拍子抜けしつつも、明日の朝出発ということだけを決め、あとはたわいもない話しを朝食と共に楽しみながら解散となった。
皆と解散した竜郎は頭にニーナを乗せ、楓と菖蒲を引き連れながら、愛衣と手を繋ぎカルディナ城から海とは反対側の方角。妖精樹を通り抜け平原を少し進んだ場所へとやってきた。
目の前には巨大すぎる竜水晶製の水槽の中で、半透明のクラゲのような魔物──メディクがフヨフヨと漂っていた。
その水槽にはリアお手製の浄水器やエアーポンプ、水嵩を計算し自動で調整してくれる水道などが設置されているので、放っておいても自動でだいたい何とかしてくれる優れものだ。
今日はここで新しく覚えたスキル、《偽身偽魂》と《適解水調整》を試してみる予定だ。
「さっそく、この水槽の水に《適解水調整》を使ってみるか」
「美味しくなるように、イメージしながらやるんだよね? パパ」
「ああ、そうすれば、どの水質の水であればメディクが美味しくなるのか解析して、調整してくれるはずだ」
違いが分かるように現在の水質を解魔法で調べてみる。別段汚れてもいないし、このまま口をつけて飲んでも問題ないレベルだ。
だが水神いわく、これでもまだ清浄さが足りていないらしい。
水槽に向かって手をかざし、メディクが美味しくなるようにイメージしながら《適解水調整》を発動。
竜郎の魔力が水槽の中へと吸い込まれていく感覚と共に、淡く水が光りはじめる。現在、解析中といったところだろう。
やがて淡い光が一瞬だけ強く輝くと、電気を消したかのようにフッともとの水に戻った。
「これで終わったんだよね? たつろー。ん~、見た目じゃ全然、変わったようには見えないけどなぁ」
「確かに。けど解魔法でなら分かるはずだ」
先ほどの水と比較しながら解魔法でもう一度水質調査してみれば、先ほどの程々に綺麗な水が穢れていると感じられるほどに、この水は執拗なまでに清浄な水へと変化していることが分かった。
「水を見ただけじゃ実感がわかないかもしれないが、不自然なまでに綺麗な水になったみたいだな」
「そー言われてみると、メディクたちも心なしか元気に見えてきたかも」
「ニーナもそう思う!」
「そうかぁ?」
竜郎が首を傾げると、そばにいた楓と菖蒲も真似をするように首を傾げた。
竜郎からすれば、よくよく見ても先ほどと同じようにしか見えなかった。
「まあ、何にしてもこれで味が落ちることはなくなったってわけだ。それじゃあ次は……」
グラスを用意し、そこに水魔法で水を注ぎいれる。まずはその水を、ただ普通に手の平にこぼしてみた。
それは予想通り、手の平に少し溜まりながら下へとただ零れていった。
次にまだ残っているグラスの水に、竜郎は自分の手を潤すための水をイメージしながら《適解水調整》を発動。
竜郎の手と水が淡く光りはじめ、すぐに水の方だけがピカッと強く輝き光は消えた。
グラスに残った水を同じように手の平にこぼしていく。
「おっ!」「「すごーい!」」「「ぅー?」」
すると明らかに先ほどよりも水が手に吸着し、スーと細胞に浸透していくのが感触として分かる。
びしょびしょになった手もすぐに乾き、片手だけプルプルうるおい肌に変化した。
「これは見た目で分かるね──って、あ、元に戻っちゃった」
「称号効果だな。潤いすぎても、元に戻されるらしい」
愛衣も竜郎とお揃いで持っている称号《エンデニエンテ》は、老化も止めるほどに強力な状態維持を常時かけてくる。
今回は規定以上に手が潤ったために、その効果が発動したようだ。
「私やたつろーじゃあ、化粧水みたいなことはできないみたいだね。
常に最適な状態を維持してくれるから、いらないけど、ちょっと残念」
「ニーナにもやって! パパー!」
「「ぁうー!」」
ニーナたちも希望してきたので、今度はそれぞれに対して使ってみる。
するとニーナや楓、菖蒲には、ちゃんと効果が残った。
ニーナの体を覆う鱗は、トリートメントをしたばかりの髪のようにツヤツヤ、スベスベに。
幼女2人の肌もより手に吸い付くほどの、プルプル肌へと変化した。
「変な成分入れなくても、これだけで商品化できるレベルだね」
「今回は個人に特化させて水質調整したからこそ、ここまでなったんだろうけどな。
大衆向けにしたら、もう少しマイルドな効果にダウングレードするはずだ」
個人個人で体質も違うことすら考慮した水と、それを考慮せずに何となく肌が潤う水というイメージでは、大きな差が出てくるのは当然と言っていいだろう。
次に竜郎は《偽身偽魂》のスキルを試してみることに。
こちらは神力以外ではできないので、発動すると神力が竜郎の体から流れ出ていき、それが目の前で人の形をとっていく。
そうして現れたのは──。
「…………なんだか安い業者に発注したら、こんなのが送られてきましたって感じのマネキン人形だね。
パチもんのたつろーってことで、パチローって呼ぶことにするよ」
「……嫌な名前だが、見れば見るほどピッタリなのが、さらに嫌だ」
これと竜郎を並べてみて、どちらが竜郎の分身かと問われて分からない人間などそういないだろう──というほどに、マネキン感がでている。
顔は絵が少し苦手な中学生が描いたような色形。表情は無。解魔法で調べてみれば、身長や体重だけは同じ。
服は着ていないが、肌はのっぺりとして胸や腹、股間もツルンとしている全年齢仕様。
「こんなのパパじゃなーい」
「「あぅう!」」
この偽物め! 楓と菖蒲がパチローにパンチしようとする始末。
だが能力はしっかり受け継がれており、竜郎の所持する魔法系スキルは重力や時空も含めたほぼ全般使用可能。
先ほどの《適解水調整》も、ちゃんと命じれば使いこなして見せた。
ただ言われたことを盲目にやるだけなので、はた目から見ていてマネキンが勝手に動いているホラーにしかみえないのが難点か。
それからいろいろと調べたところ、特になにも意識せずに生み出されたノーマルパチローは、竜郎のレベル100相当の戦闘能力を有し、スキルもだいたい使える。
けれどその代わりに、30分ほどで消滅してしまった。
動かさずに放置していれば、もう少し持ちそうだったが、それじゃあ意味がないので、この状態ではそれくらいと思っておけばいいだろう。
他にも実験して分かったのは『見た目』、『スキル数とスキルレベル』、『強さ』。
これらを低く調整することで、時間を長くすることができ、高く設定すればさらに短くもなるということ。
例えば容姿を極限まで似せた、ほぼ竜郎といっていいほどに精巧なマネキンに服も作り、なおかつノーマルパチローと同じ能力を持たせた場合、なにもさせていないのに5分も持たなかった。
逆に容姿を極限まで似せ服も用意。その代わりスキルは何も持たせず、強さも最低レベルにすれば、解魔法調べによれば10日近くもつ計算に。
他にも容姿をただの、のっぺらぼうの人型の何かといったところまで落とせば、スキル数や強さをノーマルパチロー基準にして50分以上もつ。
「つまり、バランスが大事ってことだな。
これらを任意で調整して例えば俺に全く似せず、《適解水調整》だけをスキルとして持たせ、強さをレベル30相当まで落とせば数日は持つみたいだ。
あっちこちで使うなら、スキル数を絞って働かせたほうが効率がいいな」
「戦闘とかだと、囮とかに使えそう。人間相手だとよくみると最高まで似せてもばれちゃいそうだけど、おバカな魔物とかだったら十分効果あるだろうし」
「まあ、その辺もおいおい使って確かめていくとするかな」
2つのスキルを確かめた竜郎たちは、夕日が差してきたのを見届けながら、カルディナ城へと戻っていくのであった。
帰り際にツヤツヤ鱗のニーナを目撃した巨龍の蒼太は、口をあんぐり開けて見惚れていたとかいないとか──。
次回は日曜更新です。




