第83話 警戒中
カルディナ城の屋上。《真体化》状態のグリフォンにも似たカルディナでいうと、その背中に当たる部分。
その中心部から一本の塔が天を突くかの如く伸びており、その先端部分、つまり天辺に豪華で巨大な鳥かごのような形をした部屋が存在する。
そこがカルディナの部屋にして、竜郎たちの所有するこの地でもっとも高い場所。
屋上までエレベーターでゆっくり上がり、そのまま塔を上ろうかというところで、カルディナが察知して自分から降りてきてくれた。
「ピュイィ♪」
「ただいま。カルディナ」
竜郎の胸にボスンと《成体化》状態、鷲に似た鳥の姿のカルディナが飛び込んで甘えてきた。
優しく受け止め、彼女の背中を子供をあやすように撫でながら、さっそく本題をきりだしていく。
「ピュィュー」
頭を上下に動かし、了承の意をしめしてくれた。
そのままカルディナを連れてカルディナ城五階にある、ミネルヴァの部屋の前までやってきた。
ノックをすると、すぐにその部屋の主が扉を開けてくれた。
「どうぞ。お入りください」
ミネルヴァの本当の姿は、煌めく薄オレンジ色の鱗を持つ5メートルほどの大きさの竜。
けれど屋内にいるときは、セーラー服を着たオレンジの髪と目を持つ少女の姿に人化している。
そんなミネルヴァの部屋の中に通されると、奥にはベッド。壁際には大きめのクローゼットが1つに、本棚がずらりと並んでいる。
その本棚の中に視線を向ければ、几帳面に分類別された本や資料が収納されていた。
床には塵一つ落ちておらず、右の壁際にある本棚を背にする形で大きな木の机がどんと設置されている。
その机の上には竜郎が貸したノートパソコン。そして未分類の紙の資料が、いくつかの束になって置かれていた。
ちらりと見る限り、領地内の情報を細かくまとめた資料のようだ。
「これまた几帳面な、お部屋ですわ」
「フレイヤちゃんの、お部屋とは真逆だね」
「そうはいいますがね、ニーナさん。一見汚く見えますが、掃除はちゃんとしてますのよ?」
「でも掃除しているのって、ジャンヌちゃんとか奈々ちゃんの眷属の小天使とか小悪魔じゃなかったっけ? 私とたつろーの部屋もそうだし」
「まぁ、そうですけれどぉ~」
ツーンと唇を尖らせるフレイヤだが、さすがに比べる相手が悪いだろうとも竜郎は思いつつ、今回来た理由についてミネルヴァに話していく。
「なるほど。神様のモヤモヤですか。確かに気になりますね」
「だろ? だからミネルヴァにも手伝ってほしいなと」
「分かりました。一応は、その地も主様の土地ということになったのですよね?
ならばついでに、その地についてもいろいろ調べて纏めてみようと思います。
もちろん、そのネロアさんという方にちゃんと伺ってからになるのでしょうが」
「おめー、あっちこっち調べてばっかだが飽きねえか?
たまには俺と模擬戦でもしよーぜ。ミネルヴァとは、まともに戦ったことねーしよ」
「いえ、けっこうです。そういうのは別の方としてください」
すげなく断られるも、気にした様子もなくガウェインは肩をすくめた。半ばそう言われるだろうと予想していたからだ。
「それにこの作業は私の趣味でもあるので、飽きません。
あちこち調べて、綺麗に情報を纏める。そしてその資料をきちんと棚に並べたところを眺めるのは、非常に気分がよくなります」
「戦闘バカのガウェインも大概だが、お嬢ちゃんも相当変わってんなぁ」
「そうでしょうか?」
なんで分からないのだろうかとばかりに、ミネルヴァは不思議そうに首を傾げた。
その間に「誰が戦闘バカだ、この酒バカが」と、ノワールはガウェインにこつんと頭をこづかれた。
「ミネルヴァさんとカルディナさんがいてくれれば、とりあえず安心ですね。兄さん。
けど何があるかまるで情報がありませんし、正直不気味ではありますが」
「言われてみればそうだな。カルディナとミネルヴァには警戒を優先してもらって、不測の事態による戦闘要員として追加で誰かを誘っておくか」
「ならシュベ太さんを私に付けてください、主様。
普段から組んでいますし、連携も上手くできますので面倒がなくて助かります」
黄金の某ライダーヒーローのような見た目をしている、人型昆虫の魔王種シュベ太。
領地内調査にも随行していたし騒がしくもないので、ミネルヴァもシュベ太との組み合わせが気に入っているのだろう。
「となると残りは……テスカくんはどお? たつろー。
なんとなく、ネロアさんのお友達に通じるものがありそうだし」
「なるほど。ネロアも喜んでくれるかもしれないな」
テスカトリポカ、通称テスカ。この子は全長8メートル級の骸骨ゴーレム竜で、その体は夜空を納めたような美しい鉱物で形成されている。
おそらくその体の鉱物は恐ろしく貴重であるだろうし、ゴーレムでありながら感情も生まれてきている。
ネロアの友人である融鉱人たちと多少似たような体をしているし、お互いに仲良くなって、テスカの情操教育の一助となってくれる可能性もあるかもしれない。
さっそくその2体にも直接会って、了承を得ることに成功。
こうしてあの湖を中心にしてカルディナ、ミネルヴァ、テスカという竜たちと、シュベ太という魔王種が警戒するという、この世界では破格の戦力が駐在することに決まったのであった。
それから3日経ったある日のこと。
トネットの城内にある王の執務室へ、宰相リアムが駆け込んできた。
「なんだ騒々しい」
「失礼しました。ですが陛下。あの地について、驚愕の事実が判明したかもしれません」
「ほう、興味深いな。聞かせてくれ」
「はっ。メアリーのスキルによって手に入った情報なのですが──」
メアリーというのは、孤児院から拾い上げ諜報員として育てた女性。
この国は優秀なスキルを持った孤児を直ぐ手に入れ、国のための駒として育てられるように国営で大きな孤児院を設立している。
なにせシステムがインストールされて最初に与えらえる初期スキルは、特殊な例外を除きランダム。そこには王族も孤児も関係ない。
思いもよらない優秀なスキルを持った子供が、簡単に手に入れられる可能性もゼロではないのだ。
表向きには救済の体を取りながらも、そういった人材にいち早く洗脳にも近い方法で愛国心を植え付け、さらに使えると思ったスキルに応じた英才教育を施し表や裏の国家機関に組み込んでいる。
これは別段この国だけがやっていることではなく、トネットはちゃんと甘い蜜も与えていて、もっと酷い扱いをする国もあることをかんがみれば、まだマシな方ともいえるだろう。
さて、そのようにして育てられた、家名も持たない裏組織に属するメアリーは、ある特殊なスキルを持っている。
それは《鳥目盗見》という、魔物ではなく動物の鳥の視界を共有できるというもの。
ただしテイマーのように従わせる能力はなく、見られるものはその鳥の行動しだい。
また鳥が興奮している状態では上手くかけられず、かけたあとも鳥やメアリー本人が驚いたりするようなことがあると、共有中でも強制的に打ち切られてしまう。
そんな事情もあって、捕まえた鳥を自力でしつけ指示した方向に飛べるようにしたりと使いがってが良いとは言えない。
ただ、魔物ではないという点がプラスに働くこともある。
魔物なら探査魔法で警戒されるが、普通の動物など大して気にされない。
魔物ならばテイマーの影を想像することもできるが、動物に関連したスキルはそこまで多くなく、あっても少しだけ懐かれやすいなど大したものではないというのが一般常識。
メアリーのような特殊なスキルは、その存在自体の知名度が低く見逃されるケースがほとんどなのだ。
「大きな湖の畔に、巨大な星天鏡石の塊が置いてあったそうなのです。
さらにその湖にも、何やら別の宝石のようなキラキラした花が浮いていたとか」
「なんだとっ!?」
星天鏡石というのは、夜空をそのまま石の塊にしたかのような非常に美しい鉱物。
さらにそれは装備品の素材として一級品であり、美術品としても一級品。値段にすれば、小さなものでもとんでもない高値を弾きだす。
「間違いないのか?」
「鳥の目から見てというのと、かなり高い位置からということなので確実にとは言えませんが、その鳥が思わず下を向くほどに煌びやかに輝いていたそうです。
星天鏡石でなかったとしても、なんらかの稀少鉱物である可能性が高いでしょう。
さらにそのとき湖に浮かんだ宝石の花らしきそれも、チラリと見えたそうです」
「あんなところに、そんなものがあったとは……。
ちなみに大きさはどれくらいだ? ふむ、巨大というくらいだ。もしや50センチくらいか?」
「い……いえ、それが推定8から10メートルほどだとか」
「は、はぁ!? あ、ああああ、ありえないだろう」
おわかりだろうが、ここで話題に出ている星天鏡石とは身を丸めて休んでいたテスカを見間違えただけ。
宝石の花なるものも、ネロアの友たちのために作った蓮の花の墓地。
つまり全部勘違いでしかない。けれどそんなことを知らないロジャーの鼓動は、興奮によって跳ね上がる。
「ですが推定される高さと見えたものの大きさから言って、間違いなくそれくらいはあったということです」
「ぬぅ……、知っていれば密かに採掘しに行ったものを。
それに湖に浮かぶ宝石の花だと? そんなものは聞いたこともない。星天鏡石よりも価値が高いかもしれないな」
ロジャーは悔しそうにその顔を歪めた。それを宥めるようにリアムは口を開く。
「しかしそれほどの物があったからこそ、あの地を欲しがったとすれば、あれだけ我々に厚遇してもおかしくはないです。これで理由がハッキリしましたね」
「確かに。あのダンジョンで見つけたという装備品では難しいが、星天鏡石なら細かく砕いて売るだけで大儲けだ。
手っ取り早く現金化するなら、そっちの方がいいに決まってる」
「冒険者ならお金にしなくとも、星天鏡石を素材に自分に合わせた装備品を、職人に作ってもらうことだってできますしね」
「そうだな。しかしよくよく考えてみれば…………結果的にはそれで良かったのかもしれないな。
うちの国では下手に少しでも市場に流せば、すぐに出所を耳の聡い国に感づかれる恐れだってあったわけだ。
そうなれば亡者のように他国からたかられて、下手したら潰れていたかもしれない」
「なるほど。それくらいなら、仲良くなって少しでも噛ませてもらえたほうが、安全に美味しい蜜が吸えるということですね」
「ああ。だからこそ早く仕掛けたい。……ジョンのやつは上手くやったか?」
「ええ、すでに戻ってきました。あとは勝手に動いてくれるかと」
「足はつかないようにしてあるな?」
「極秘任務ということで人員をあまり割けなかったのは痛いですが、身元が割れるような心配はないかと」
「まあ、あの男なら大丈夫か」
これまでジョンと呼ばれた男が動いて、ばれたことは一度もない。
もともと育児放棄され野垂れ死にそうになった少年を、孤児院が引き取ったことで彼は拾ってくれた孤児院や国に感謝していた。
お国のためならと洗脳教育前から忠誠心は高く、裏切る可能性は皆無。それでいて特殊なスキルを持っているのだから、儲けものだったとロジャーはほくそ笑む。
「早く潰れてしまえてしまえ、ロピュイ、ワウテド。私の代で統一し、この名を歴史に刻んでくれよう」
「あ、それと突如出現した謎の壁が目撃されまして──」
「はぁっ!?」
それからまた数日の時が流れる。
その間にあった気になることと言えば、ただの動物の鳥なのに、魔力をほんの僅かに、それこそカルディナやミネルヴァのような存在でなければ気が付かないほど微量に宿していたものが、何羽か指定区域内の上空を飛んでいたとのこと。
捕まえてみたりもしたが、捕まった瞬間その魔力は消えてしまう。
怪しんでミネルヴァがスキル《標的刻印》でマークして行動を調べたりもしたが、普通に自然の中で暮らしているだけで、数時間も経たずに魔力は消えてしまったという。
けれどそれもその日だけあったことで、あとは何事もなかった。一体なんだったんだろうと、ミネルヴァやカルディナも不思議がっていた。
気にしてばかりいてもしょうがないと、今日の竜郎はチキーモ養鳥場を作るべく愛衣、月読、ニーナ、楓と菖蒲。そして子守りのフレイヤを連れて、カルラルブでもらった砂漠地帯にやってきていた。
「最近、連れ回されまくっている気がしますの……」
「まあまあ、楓ちゃんたちも懐いてるし良いじゃん。ほら見て、可愛いでしょ?」
「「うー?」」
「ま、まあ……それは認めますけれど……」
幼女の愛らしい上目使いに、フレイヤもおもわずキュンとしてしまう。
優しくその頭を撫でれば、にへらと笑って足にぎゅっと抱きついて、さらに追い打ちをかけてくる。
一緒に行動するようになってから、なんだかんだとずっとフレイヤが気にかけてくれていた思いは、しっかりと楓と菖蒲にも伝わっていた。
それが竜郎からお願いされて、いやいやながらという感情ではないことも。
そのため今や、2人のフレイヤへの好感度はかなり高い。
「はぁ……しかたないですわ。今日も面倒見て上げますの」
「「あーうー!」」
手のかかる子たちでもないから別にいいかと、フレイヤのめんどくさがりの気持ちが少しだけ子守りに傾いた。
これはいい傾向だと、竜郎と愛衣は密かに視線を合わせてニヤリとする。だが勘のいいフレイヤに気がつかれないように、すぐに気持ちを切り替える。
既に、もらった領地には月読と一緒に作った竜水晶の分厚い壁が張り巡らされている。
養鳥場を作る場所は、デイユナル砂漠から抜けたところ。
わざわざ危険な魔物が跋扈するところに作る理由もなく、とくに何があるわけでもないただの砂地だからである。
「ほんとは先にデイユナル砂漠に、アテナ城を作ってあげたかったんだがなぁ」
「それはもう少し落ち着いてからだね」
その愛衣の言葉に頷きながら返事をすると、さっそく竜郎は養鳥場の形を明確に思い浮かべていく。
イメージとしては、ビニールを張っていない骨組みだけのビニールハウス。
月読と一緒に竜水晶で頑丈な物を砂漠に作っていく。砂の下の地盤を極限まで強化したところへ固定して設置。
砂上にもしっかりと高さを取っているので、思い切りチキーモたちがジャンプしても頭をぶつけることもない。
広さもかなりとってあるので、ぎゅうぎゅう詰めでストレスを感じさせないようにも配慮してある。
あとはリアと相談しながら、設備を整えていくだけだなと皆でのんびり話していると、突然ミネルヴァから念話が入った。
『主様。今よろしいですか?』
『ああ、大丈夫だ。何かあったのか?』
『ええ。あったにはあったのですが、まだよく分からない状況です。
こちらに来てもらえませんか? 襲撃? なんですかね?』
『なんで疑問形?』
『いえ、そういうのとも少々、毛色が違う気がします』
『危険な状況なのか?』
『いえ、まったく。ネロアさんに見えない場所で、当事者たちを無力化し捕縛中です。
我々を害せる存在でもないですし、シュベ太さんを見ただけで腰を抜かす程度です。危険度はゼロと言っていいかと。ただし厄介事の臭いがしますね』
『まじか……』
『まじです。今私がいる場所はログハウスの前でカルディナさんが待っているので、一緒に来てもらえれば分かるかと。
では、お早めの御来訪、お待ちしております──』
念話ができるメンバーは、今の話を全部聞いていたので既に移動の準備はできている。
ガウェインやノワールも、この件については気になっていたようなので、一度カルディナ城に寄って2人を回収し、そのままカルディナが待っているであろうログハウス前へと転移していくのであった。
次回、第84話は7月21日(日)更新です。




