第66話 リオンとルイーズ
ハウル王に会うための準備を済ませた翌日。
竜郎、愛衣、ニーナ、菖蒲と楓の5人で、カサピスティにある王城へとやってきた。
「そのぉ……そちらのかたがたは?」
「ニーナだよ!」「「あーうっ!」」
「えーと……………………はい、お通り下さい」
(いいのかよっ)(いいんだ……)
竜郎と愛衣とは顔なじみになっていた門兵さんたちだが、いままで連れてきたことも見たこともない、頭の上に乗った30センチほどの小さな竜と2人に手を繋がれた楓と菖蒲の存在にどうしたものかと一瞬戸惑いをみせたのだが、結局あっさりと通してくれた。
そのことに竜郎と愛衣は内心突っ込みを入れながら、この城のセキュリティが自分たちに対してガバガバすぎるのではないかと心配になってしまう。
そんなことをすることはまずないが、竜郎たちがテロリストを連れてきたら、この城は簡単に落とされてしまうだろう。
まあ、落としたいのなら竜郎1人が正面から乗り込むだけで事足りるのだが……。
益体も無いことを考えながら5人で門をくぐり、城の中へと入っていく。
いつもだいたいハウル王がいる執務室に向かって、城内を進んでいると、やはりニーナが一番気になるのか、擦れ違う人々からチラチラといつもと違った視線を投げかけられた。
ただ別段不快な視線でもなかったので、ニーナはニコニコしながら竜郎の頭の上から手を振ってあげると、大概の人がほほ笑んで手を振り返してくれた。
楓と菖蒲もそうするものなのかとニーナの真似をしていたので、余計に微笑ましさが増していた。
竜郎と愛衣は互いに顔を見合わせ笑いながら、うちの子たちは可愛いからなと機嫌よく目的地を目指した。
──と、その途中のこと。
前方から透ける様な美しいロングの銀髪で、非常に可憐な顔立ちをした小学校低学年くらいの見た目をしたエルフが、誰はばかることなく背筋をぴんと伸ばし堂々とやってくるのが見えた。
向こうも気がつき、竜郎たちと目があうと口元がほころんだ。
その笑った顔は、男女問わず魅了してしまうほどとても愛らしい。
走ることこそしなかったが、見苦しくない程度に早足になってエルフの子供が近寄ってきた。
「もしかして君たちが、あのタツロウくんと、アイちゃんかな?」
「あのが何をさすのか分かんないけど、名前はあってるよ。そういうあなたは、どちらさま?」
いきなり見知らぬ子供に話しかけられなんだろうとは思いつつも、悪意は一切感じられなかったので愛衣がその子に名前を尋ねた。
するとその子はぱちくりと目を瞬かせ、ふふっと小さく笑って優雅にお辞儀した。
「これは失礼を。私の名前はリオン・ハウル・カサピスティ。父がいつもお世話になっています。以後お見知りおきを」
リオン・ハウル・カサピスティ。ハウルの子供であり、王を除けば現在唯一のニンフエルフの王族でもある。
だがそのインパクトのある美しい容姿に、髪の色。なにより身につけているジャケットやズボンが明らかに豪華なので、竜郎も愛衣も予想できていた。
なので大して驚くことなく竜郎が話しかけていく。
「リオン・ハウル・カサピスティ……ということは、ハウル王のお子さん……というか王女殿下ということですか?」
「「王女?」」
愛衣とリオンが揃って首を傾げた。竜郎はなにか、おかしなことを言っただろうかと遅れて首を傾げる。
『たつろー。その子、男の子だよ? 王女様じゃなくて、王子様だよ?』
『えぇっ!? そうなのか!? ……というか、毎回思うがなんで愛衣は分かるんだ?』
『えー、ふつーわかるよー』
『分からないよ……』
念話で真実を知り、竜郎は改めて目の前の美少女……ではなく、可憐な少女にしか見えない美少年に視線を向けるが、どこからどう見ても性別男には見えなかった。
が、とりあえず最初に謝っておくべきだろう。
「……これは失礼しました。リオン王子殿下」
「いや、気にしないで。自分で言うのもなんだけれど、よく間違えられるから。父も昔はそうだったらしいしね」
「ですよねー!」
ほらみんな間違えてるじゃんと、竜郎は愛衣にドヤ顔で振り向く。
だがそんな彼女は、はいはいと母のような慈愛の笑顔で竜郎の頭を優しく撫でた。
ニーナも真似をして竜郎の頭を撫で、楓と菖蒲も彼の太もも辺りをてしてしと叩くように撫でてきた。
そんな光景に、リオンも優しそうな笑みを浮かべる。
「聞いていた通り、仲がいいね」
「大好きですから」「大好きだもん♪」
「おっと、2人の熱で火傷してしまいそうだ」
まさか真正面からのろけられるとは思っていなかったリオンは、面食らいながらも面白そうに破顔した。
「あっ、お兄様! こんなところにいた」
「ん? なんだ、ルイーズか」
「なんだじゃないよ! 探したんだから」
「まったく落ち着きがないな。未来の宰相候補がそれでは困るぞ」
「まだなるって決まってないし!」
竜郎たちが話しこんでいると、また新たな人物がやってきた。
見た目年齢は18前後。藍色の肩まで伸びた髪をもつ、可愛らしい顔立ちの女性エルフ。
こちらもリオンを兄と言っているので王族なのだろう。
格好も煌びやかとまではいかないが、素人目に見ても刺繍の入ったシンプルなロングドレスを着こなしている。
だが、言動は少し見た目よりも幼く感じた。
「それにお客人の前だぞ。ルイーズも挨拶しなさい」
「え? ──あっ!? これは失礼しました。もしかしてあなたがたは……タツロウさんと、アイさん…………ですか?」
「はいそうです」「うん」
「よかった。あってた。私の名前はルイーズ・ルイサーチです。今はそこにいるリオンお兄様の、秘書のようなことをさせていただいております」
「秘書ですか?」
「はい、昔から、少しばかりお勉強ができたものですから──」
聞くところによれば彼女は中位エルフの18歳なのだが、少しばかりどころか頭脳明晰として広く知られており、現宰相ファードルハの後継者として皆から期待されているのだとか。
なので今からもう次代の王としてほぼ確定しているリオンと組ませ、一緒に治政の勉強をしている真っ最中らしい。
「なんか大変だね、ルイーズちゃ──あ、ルイーズ様?」
「ふふっ、ルイーズでいいですよ、アイさん。タツロウさんたちも、敬語など使わず気軽に話してください」
「なら私もそうしてほしい。タツロウくんたちとは、今後とも仲良くしていきたい」
「そういうことなら、そうさせてもうね! リオンくん。
ルイーズちゃんも、もっと気軽に話してよ! リオンくんに話していたときのが地なんでしょ?」
「──うっ。覚えてたかぁ……。うん、わかった。よろしくね、アイちゃん」
打ち解けたところで話をしてみると、リオンたちもハウルのもとへ行くところだったようなので、そのまま一緒に執務室に向かうことに。
その道中で、気になっていただろうニーナたちの紹介もしておいた。
「リオンって、もうすぐ400歳なのか!?
ニンフエルフは幼い容姿の期間が長いとは聞いてたが、予想以上だったな」
「この容姿だから知らない人相手だと、まず年下に見られるね。あと数百年はこのままのはずだ。
個人差があるらしいから、あと1000年経ってもこのままの可能性もあるけど」
「他には、ニンフエルフさんはハウル王以外にはいないんだよね?」
「うん。だからお兄様以外は、基本的に王族でも王位継承権はないの。お兄様だけは、お父様の名前と国の名前をもらってるしね」
「それでルイーズさんとは微妙に苗字が違うのか。ちなみにハウル王って、何人子供がいるんだ?」
「亡くなった者たちも入れれば、父の子は100人以上いる。
私が、というより正統な後継者たるニンフエルフが生まれたから、それ以降は積極的に子供を作らなくなったみたいだけど」
学校のクラス3つ分以上いる自分の子供という状況がまるで想像できず、竜郎と愛衣は口をポカンとあけて驚くしかなかった。
「話は変わるけど、今まで何度かこのお城に来たけど会ったことなかったよね?
ルイーズちゃんたちは、ずっとこのお城にいたの?」
「ううん、いなかったよ。私もお兄様も、名領主と名高いディールハルトの領主のところで、お勉強させてもらっていたから。帰ってきたのも、本当につい最近よ?」
「それでまったく見かけなかったんだねー──っと、着いたみたい」
リオンとルイーズと話している内に、あっというまにハウルの執務室までやってきた。
王子王女、そして竜郎たちという組み合わせに、扉の前で警護している近衛の2人が少し驚いていた。
近衛の人に中に話を通してもらうと、すんなり全員執務室の中に通される。
そこにいたのは国王ハウル、中位エルフの宰相ファードルハ、近衛隊長で人種のレス・オローク、基本的には王と宰相両者の補佐を任されているエルフのジネディーヌ。そしてお世話係が数名。
いつも通り軽く挨拶を交わしながら、竜郎と愛衣たちは来客用のソファに腰かけた。
そのときにニーナたちのことも、ハウル王たちに軽く紹介しておく。
やはり小さな竜と謎の幼女二人という組み合わせに疑問が尽きない様子だが、竜郎たちのことは魔神と武神の御使いと思っている彼らは、無用な詮索をするべきではないと軽く流してくれた。
またリオンとルイーズも一緒に話を聞くことになり、別に椅子が用意されていた。
そのときにリオンとルイーズが、宰相のファードルハのことを兄と呼んでいたことで、竜郎たちは彼も王族の一人なのだとはじめて知る。
今度はどんなことをしたのかと、少しワクワクした顔で対面に座ったハウル王が話しかけてくる。
「それで話とはなんだろうか」
「いくつかあるんですが、まず簡単なところから。ララネストと同格の、美味しい鳥の魔物の畜産に手を付けはじめました」
「なんとっ! それは凄い!! ではそちらも売りに出すのか?」
「そちらに関してはもう少し生産の地盤を固めてから、ゆっくりと市場に流していきたいと思っています。
ですがハウル王は、はやくその味が知りたいですよね?」
竜郎がニコリと笑ってうかがうような視線を投げかけると、ハウルはもちろん、その周りの全員の喉がごくりとなった。
「も、持ってきているのか?」
「ええ。ですがその前に、こちらも少し飲食して感想を聞かせてほしいです」
事前に用意していた珍味の触手と、瓶に入った数種類のお酒を机の上に並べていった。
「これは?」
「この触手は見た目はちょっとアレだったのですが、食べてみるとかなり美味しい魚のような味がします。
そしてこちらの瓶の中には、僕らがとある方法で作ったお酒を種類別に持ってきました」
「酒造まではじめていたのか……。なかなか手広くやるのだな。
だがタツロウたちが持ってきた酒ともなると、期待せずにはいられない」
白牛もそうだが、竜郎たちのような凄腕の冒険者が、そこいらの食材や酒を持ってくるわけがないと、期待値がぐんぐん上がっていく。
「こっちの酒はまだいろいろと実験段階なんですが、酒好きたちからは好評でした。
とくにこっちの蜂蜜酒は、お酒の味がそこまで好きではない人でもするする飲めると、女性陣の間でも盛り上がっていました」
女性陣という言葉にレスが「なに!?」とウリエルの顔を思い浮かべながら、声にならない叫びをあげているが、そちらは華麗にスルーして話を進めていく。
竜郎は蜂蜜酒の瓶とは別の瓶を手で指し示し、次々に紹介していく。
「こちらのお酒はお米から作られたお酒です。度数は結構高いですね」
「度数の高い酒か。ヨーギが好きそうだ」
ここにはいない騎士団長にして魚人の男の名を、ハウルは口にした。それに彼と特に仲のいいレスも、うんうんと大きく頷いていた。
しかし今現在、彼は訓練中なのでここにはいない。
「あとは実験的に色んな果物を使って作られたお酒ですね。
ちゃんと何を使ったかは細かく記録しているので、同じものを作ることは可能です。
あとはうちの酒飲みたち何人かが絶賛していた、ラガービールもあります」
「ラガーか。私はあまり嗜まない酒だが、我が国民の間でも人気の高い酒だな」
「そうなんですね。なら、これの生産量も増やしたほうがいいかもしれませんね」
一通り説明を聞いたところで、この場にいるお世話係の人も含めた全員に、実際に試飲してもらうことに。
竜郎が大量に小さなグラスを置いていき、愛衣がそこにどのお酒か分かるようにしてから注いでいく。
解魔法使いでもあるジネディーヌが、竜郎たちに断りをいれてから、形式的に毒がないかチェックを終えると、おのおの興味を惹かれた酒を飲んでいく。
「美味いっ! なんだこの酒は!」
「なんという芳醇な味……。口の中に広がる香りも素晴らしい……。
我が国の民で作れる者がいたのなら、すぐに囲い込んでいたでしょうな……」
「今まで飲んできた酒が、ただの水だったんじゃないかって思えてきましたよ!!」
「お酒って苦手だったんだけど、この蜂蜜酒なら何杯でもいけちゃうかも!」
「本当ですね、姫様」
「はじめて飲んだ味だが、この米酒──きりっとしていて最高だ!」
お世話係の人たちや近衛のレスはさすがに職業柄遠慮して飲んでいたが、他の者たちは次々とお酒を飲んでいく。
「リオン。その米のお酒と、この触手を炙ったやつ。めちゃくちゃ合うらしいぞ」
「本当っ!? 是非、試させほしい」
竜郎の助言を聞いたリオンはもちろんのこと、他のものたちも興味津々で、さきほど少し見た目的に気味悪がっていた触手に熱い視線が注がれる。
竜郎はまあまあと手で制しながら、火魔法で軽く炙り、食べやすいようにカットしてから差し出した。
ついでに酒は飲まないが自分たちの分も炙り、焼いたスルメのように口の中で噛んでその濃厚な味を楽しんだ。
「この組み合わせは恐ろしい……。何杯でもいけてしまいそうだ」
噛めば噛むほど濃厚なうま味が舌の上に広がる中で、ちびちびと米酒でのどを潤す。
もはや快感とすら思える組み合わせに、リオンはうっとりと恋する少女?のような顔で小さなグラスを見つめていた。
「リオン。酒に飲まれるなよ?」
酒というよりも、誘惑に負けて国を傾けるなよという意味もこめ、ドヤ顔でハウルがリオンにそんなことを言っていたのだが、少し赤らんだ顔でガバガバ飲んでいるその姿には、まるで説得力がなかったという……。
結局、試飲どころでは済まなくなってしまい、竜郎が生魔法で全員の酒を抜いていくことになるのであった。
次回、第67話は6月2日(日)更新です。




