第457話 亜獣人の村へ
目的は達成できた。なんならこのまま帰ってもいい。
しかし種族戦争で絶滅に追いやられたはずの亜獣人が、何故か繁栄している亜空間という、世にも奇妙な状況が気になって仕方がない。
いったいどういう経緯でこうなったのか探るべく、竜郎たち一行は、亜獣人たちが住まう村へと向かった。
「うーん……こういっちゃ失礼かもしれないが、やっぱり文化レベルはかなり低めだな」
「サバイバリャーって感じ?」
「この亜空間の中やったら物資も限られとるし、しゃあないんちゃう?」
「それを加味しても、少し低すぎるような気もしますが……どうなんでしょうか」
呪魔法で認識阻害をしているため、普通にしゃべっても彼らには聞こえていても聞こえない。
念話を使わず会話しながら、竜郎たちは堂々と村の中を散策していく。
まず亜獣人たちの生活は、竜郎たちが想像していたよりもずっと原始的だった。
木材は豊富にあるため木造建築が主流かと思いきや、その様式は縄文時代に用いられていたとされる、竪穴式住居が非常に近い。
一段床を掘り抜いて木の支柱と骨組みを立てて、樹皮で編んだ乾燥した草を葺いた屋根。実に簡素な作りをしている。
「台風が来たら吹き飛ばされそうだが、あんな家で大丈夫なんだろうか。この亜空間の天候は、安定しているのかもしれませんね」
「そもそもこの亜空間に天候なんていうものが、存在するかも分からないけどな」
「雲はあるから、雨くらいは降ってるんじゃない?」
愛衣が指さす空を見上げると、濃くはないが薄っすらと白い雲が、穏やかな風に吹かれ流れている。
太陽らしきものも空にはちゃんとあり、来た時より西側へ沈んでいっているところから、朝や夜もありそうだ。
「家もそうやけど、暮らしもほんまに縄文人みたいやなぁ。火打石て……」
「使っている品や暮らしぶりを見ても、原始的なものが多いですからね」
身に着けている服もモンスターの皮や草木の繊維を加工した、原始的なファッション。
女性の亜獣人たちが集まって食事の準備をしているが、鍋や食器の類は土器を使っていた。
着火にはカチカチと石をぶつけて火花を飛ばし、それで器用に火を起こしている。
「もしかして、スキルの存在に気づいていないのか……?」
アーサーのその呟きに、竜郎もそうなのかもしれないとどこか納得してしまう。
亜獣人が滅んだのは、まだスキルシステムが完成されてない古代の話だ。スキルを使える者、使えない者がいた時代。
もしも彼らの常識がその当時のままで止まったままだとすれば、現代人なら誰もが恩恵を受けている、便利なシステムがインストールされたことも、ちゃんと理解できていない可能性も十分に考えられた。
「しかし彼らも人です。さすがにそこまで知能が低いとは思え…………思え…………」
「「ガァ……」」
「「う!!」」
いくら知能が低いと伝わっている亜獣人であっても、その時代からずっとこの亜空間で生きているというのなら、誰かしら気づいてしかるべきだ。
ミネルヴァはいくらなんでも、それは亜獣人という人種を侮り過ぎだと反論しようとした。
しかしそんな彼女の視線の先で、少しぶつかっただけで殴り合いの喧嘩を始めた毛むくじゃらの熊男と、硬質な皮膚のサイ男を見て言葉が止まる。
フレイムとアンドレは牧歌的な風景が気に入っていたが、騒がしい住人に呆れたように溜息を吐く。
一方で楓と菖蒲は喧嘩か!と、その場でシャドーボクシングをしてはしゃいでいた。
武神の恩寵を受けられる竜王種であるためか、可愛らしい見た目に反して戦いは嫌いじゃないのだ。
「ギギャゴゴボコウウウ!!」
「ビーギャギャギャッボボボウッ!!」
「うーん、ワイルドだねぇ」
「ワイルドすぎやない? それに亜獣人同士の結束力は、なかなか強いみたいな話やなかった?」
竜郎と愛衣はどんな言語でも、翻訳して理解できるようになるスキルを所持しているため、亜獣人たちがどれほど原始的な言語で話し合っていようと、その言葉の内容は理解できる。
実際に調理している毛むくじゃらの女性たちの会話は、竜郎と愛衣には聞き取れた。
しかし喧嘩している彼らの言葉はいつまで経っても聞き取れず、それが意味のある言語ではなく、ただの叫び声だと気づいてなんともいえない表情になる。
「誰も止めようとはしないのだな」
「それどころか、あの喧嘩に当てられて、あちこちで喧嘩が広まっています……」
喧嘩が喧嘩を呼び、あちこちで男女関係なくステゴロの殴り合いがはじまる。
喧嘩をしていない者は、大人子供関係なく、意味不明な言語でない声をわーわーと上げて、竜郎たちが耳を押さえたくなるほど、周囲のボルテージが上がり騒がしいこと極まりない。
「あ、終わったよ。と思ったら、今度は肩組んで笑ってる。
えぇ……分かんない分かんないよ、あの人たちのこと」
かと思えば、竜郎たちには殺し合いにも見えた壮絶な殴り合いをして、互いに顔や体から血を流しているのに、先ほどまでのことは幻だったかのように笑い合っている。
まるで「やるな」「お前こそ」と、河原で殴り合って友情が育まれた瞬間かのようだ。
他の喧嘩も収まっていき、血が流れ明らかに骨が折れている者すらいるというのに、同じようにもう済んだことだと笑っている。それはもう爽やかに。
その喧嘩は亜獣人たちにとって、ただのじゃれ合いかのようである。
しかし竜郎からすれば、どんな情緒をしているんだと、自分たちの常識が通じない相手なんだと、より強く印象付けられてしまう。
「まさかここまでとは……。他の種族と共存できなかった理由が垣間見えた気がします」
「一種のカルチャーショックともいえるんだろうが、あんまり仲良くはなれなさそうではあるな」
「殴り合いはできなくはないけど、別に私も理由もなく人を殴りたくなんてないしなぁ」
「うちらと殴り合いしたら、こっちはケガせんでも、あっちは死んでまうんやないの?」
「乱暴ではあるが、別に強くはないからな」
そういうアーサーと比べたら、大抵の者が強くないと言われてしまうだろうが、世間一般的な物差しで測っても、飛びぬけて強いという気配はどこからも感じられない。
「レベルを上げるにしても、相手がいないといけませんからね」
「あーね。ここの魔物って、凄くヤバいって感じのはいなかったもんね」
ここに来るまでに、珍しい魔物がもっとこの亜空間に捕らわれ、生き延びているのではないかと大雑把に調べもしたが、今回の目的の魔物以外に物珍しい魔物はいなかった。
それに竜郎たちが興味を持つほど、強い魔物もいなかった。
見つけた中で一番強い力をもった魔物でも、せいぜいが亜獣人たちでも、数でかかれば危なげなく倒せるレベルのものしかいなかった。
「彼らはこの亜空間の主のエサだとマスターが語っていましたし、死なれては困るのだから、強い魔物は入れなかったのかもしれませんね」
「それもあるだろうし、そもそもこの亜空間を作ってる魔物だって、その能力が極めて特殊で珍しいってだけで、強いわけでもないからな」
「下手に強いの入れちゃったら、内側から亜空間ごと、壊されちゃうこともあるかもしれないしね」
ずっと狭い亜空間という生け簀の中で、生きて死んでいく。
普通の世界に生きる者たちのように、強くなるためにダンジョンに挑むだとか、より強い魔物を探して旅に出るだとか。そういうこともできない。
だからその強さも、ある程度のところで頭打ちになって止まる。
それがこの微妙な強さの亜獣人たちしかいない真相なのだろうと、竜郎たちは推測する。
「まぁただ見ているだけじゃ分からないし、何か歴史的な物が分かるものを探してみるか」
「そんなの残してるかなぁ」
「……まぁ、無かったら、呪魔法とか使って直接、質問をしてみればいいさ」
竜郎もできるだけ人を操りたくはない。これまで見る限りでは、歴史など気にせず今を生きているとしか思えない亜獣人たちに、自分たちの歴史を残すという考えがあるかは怪しいところだ。
それでもあったらいいなと、希望は捨てずに、竜郎たちはさらに細かく村の中を探っていくことにした。
次話も木曜日更新予定です!




