第456話 今回の野菜は……
入り込んだ亜空間は意外に広く、それなりの規模の亜獣人たちの村の周囲には広大な森が広がっていた。
その森の中には、森の植物たちと共生する虫や魔物たちもちゃんといる。
「この魔物たちってさ、なんでこんな亜空間を広げてるのかな?」
「わざわざ人まで住まわせとるくらいやし、なんかしらの意味はありそうやなぁ」
「案外この亜空間を作り出している魔物は、誰かにテイムされていて、亜獣人を哀れに思って隔離した、という説もありそうではないか?」
アーサーの考察を聞いた竜郎とミネルヴァは、実はその理由を知っていたため、思わず顔を見合わせて苦笑した。
「その反応ってことは、アーサーくんの説は違うみたいだね」
「はい、この魔物にとって、この亜空間は胃袋の中──といえば分かりやすいでしょうか」
「俺たちは、俺の障壁で守ってるから感じてないかもしれないが、この亜空間の中にいる亜獣人たちはもちろんのこと、草木や虫一匹に至るまで、少しずつエネルギーを吸ってるんだ」
「それでいて生活で出る廃棄物や排泄物、死んだ後はその亡骸までも全部、吸収して糧にして生きているようです」
「それって亜獣人とかは、平気なん?」
「一気に絞り取るよりも、生かしたまま住みつかせて、小さな箱庭を作って、そこで色んな生物たちに数を増やさせているって感じだから、普段生きるのに支障が出るほどのエネルギーは吸われないはずだ」
「確かにこれだけの生態系を築いてしまえたのなら、その方が効率的なのか……。
相当に長い年月がかかりそうですが、こうなってしまえば永遠に食料が得られるわけですからね」
「そういうことだな」
「むしろ食事が必要になるたびに、小まめに空間を閉じたり空けたりする方が、エネルギーのロスも激しいでしょうし、理にかなってはいるのでしょう」
「これもある意味、亜獣人さんたちも含めて共生ってやつなのかもね」
「本来なら、残らんと種そのものが全部、滅びよったろうしなぁ」
「亜獣人側が食料扱いされていると認識していようといまいと、ここから脱出するのは悪手だろうし、ここで生きていくしかないのだろう」
「今更、俺たちが普段いるほうの次元に戻ったところで、亜獣人と仲良く暮らせるとは思えないしな」
「そうなったら、また戦争が起きてって、悪循環だろうね」
また亜獣人たちの話に花を咲かせながら移動していると、ようやくお目当ての魔物を竜郎とミネルヴァが感知した。
「見つけた。こっちだ。来てくれ」
「はーい。ようやく何のお野菜か分かるんだね。楽しみだよ。
ほら、ちびちゃんたちも行くよー。ちゃんと付いてきてね」
「「あう!」」「「ガァ~」」
楓と菖蒲だけでなく、フレイムとアンドレも美味しい魔物関連だと理解しているため興味津々だ。
冷静そうに振舞っているが、ミネルヴァも少しそわそわしている。
早く確保して、確実に復活させられるようにしよう。そんな気持ちで一致団結し、どんどんその魔物のいる方に向かっていった。
そしてそれは、竜郎たちの視界に飛び込んでくる。
「…………………………えーと? なにあれ」
「うちには食べられる魔物には見えへんのやけど……、ほんまにあれで合ってるん?」
「そう言いたくなる気持ちも分かるが、あれで合ってるぞ」
それはなんとも形容しがたい魔物だった。
葡萄のように小さな丸がいくつもくっついて、頭上から棘のように茎をのばすもの。
炎をイメージして作ったオブジェのように、全体がトゲトゲしたもの。
きんちゃく型で、縛り口のあたりにはゼンマイの茎のような渦巻き型の触手のような茎がうねうねと動いている。
──と、ざっくりとしたフォルムは似通っていないこともないが、同じ魔物とは思えないほどディテールが違いすぎた。
色も緑から薄ピンク、オレンジや紫色に白など実にカラフルだ。
だが愛衣たちが引いている理由は、その奇怪な見た目だけではない。
「よしんばそうだったとしても、この距離でもかなり臭うのですが……。
大丈夫なのでしょうか、マスター」
「普通に毒だから、あんまり吸わないほうがいいだろうな。
毒成分は俺の方で消してるが、臭いももう少し何とかしよう」
空気を取り込んでいる関係で、完全に密封した障壁を張っているわけではなかったため、その強い異臭も愛衣たちの鼻に到達していた。
ツンと刺すようなアンモニア臭にも似たそれは、とても食欲をそそるものではなく、ワクワクしていた楓や菖蒲、フレイムにアンドレは目に見えてガッカリしている。
美味しい魔物にも、ハズレはあるのかもしれないと……。
「心配になるのは分かりますが、あれが美味しい魔物そのものという訳ではありませんからね。
そこを忘れないほうがいいでしょう」
「それはそうかもしれへんけど……これやったら、なんの野菜かわからんやんか」
「さすがに俺も事前に知ってなきゃ、あれから想像するのは無理だろうしな。
じゃあヒントとして、臭いをそれっぽく調整しよう」
竜郎は遊び感覚で解魔法と風魔法で上手く異臭を和らげて、目的の野菜の香りに近づけていく。
「むむっ、これはもしかして……ニンニク? あの魔物ってニンニクの魔物なの?」
「半分正解だな」
「は……半分? どゆこと?」
「じゃあ今度はこっちだ」
また魔法を駆使して、香りを変える。するとまた独特な、嗅いだことのある刺激のある香りが愛衣たちの鼻に届いた。
「これは玉ねぎ……かな? 調理実習でハンバーグを作るとき、玉ねぎ切ったらこんな臭いしてたはず」
「確かに……これは玉ねぎですね。じゃああれは玉ねぎの魔物……いや、ニンニクの時点で半分という話だったか。
となると────その二つの要素を持った魔物、ということでしょうか?」
「正解だ。今回あいつらを使って復活させようとしている美味しい魔物は、玉ねぎニンニクとでもいうべき存在だ」
「それはホンマに美味しいん?」
「食べてみないことにはなんともいえないが、美味しい魔物の中に入っている魔物だからな。期待はしていいと思うぞ。
どうやら育つ環境によって、完全にニンニクっぽくしたり、玉ねぎっぽくしたりできるらしいから、本命はそっちになるだろうけどな」
「あれは毒と異臭を手に入れる進化をしたことで、絶滅から免れたのでしょうね」
「あんなのご近所にいたら消滅させたくなるから、別の意味で人間に滅ぼされてそうだけどね」
「そうなるとあいつらも、ここだからこそ生き延びられた魔物なのかもしれないな」
今回の野菜最後の三種目の美味しい魔物は、「玉ねぎとニンニク」というネギ属に分類される魔物だった。
「両方いっぺんに美味しい魔物として揃えられるのは、お得かもしれないですね」
「それ単体で食べてもいいだろうし、他の料理に使う食材としても汎用性が高そうな魔物だよな」
「フローラ姉さんに持っていけば、喜んでくれそうですね」
「食べた後はお口の臭いが気になっちゃうけど、ニンニクとかって薬味としても、やみつきになる味してるんだよねぇ……ジュルリ」
「肉料理や魚料理なんかとも相性ええやろし、そう言われたら、ちょっと楽しみになってきたわ」
見た目のインパクトが異様すぎて、目の前の魔物がどう変化したら美味しい野菜になるのか想像もつかないが、竜郎の言うとおりに極上の玉ねぎやニンニクが手に入ると想像すれば、凄くいい魔物に見えてくるのだから不思議なものだ。
「あれ、でも吸血鬼ってニンニクが苦手なイメージがちょっとあるけど、千子ちゃんは大丈夫な感じだっけ?」
「その程度で、うちがどうかなるとでも?」
「それもそっか」
地球では吸血鬼除けにニンニクが効く──とは鉄板ネタだが、そもそも効果が多少あったとしても、超常の力を持った真祖の吸血鬼がニンニクごときでどうにかできるわけがない。
愛衣も彼女の言葉に納得する。
「「あう……?」」「「グ……グガァ?」」
幼竜たちは詳しい話の内容が理解できていないため、未だ懐疑的な視線を向けてきているが、竜郎は安心させるように四人の頭を撫でた。
「じゃあ、さっそく何体か拝借していこう」
「ぱちっても大丈夫な感じなの?」
「ああ、二~三匹なら生態系にも関係ないはずだ。ミネルヴァはどう思う?」
「私も同意見です。さっそく採取をはじめましょう」
「できれば触りたくはない……が、マスターにあんな臭いの強い魔物を近づけるわけにはいかない。ここは私が行って来ましょう」
「いや、普通に遠隔で魔法で採取するから、アーサーはそこで見ててくれ」
「そうですか……」
せっかくなので少しでも役に立ちたかったようだが、竜郎はあの臭いをつけた人物と一緒に行動したくはない。
そんな理由もあってすげなく彼の意見を却下すると、さくっと魔法を使って目的の素材を手に入れたのだった。
次も木曜日更新予定です!




