第455話 亜獣人について
亜獣人。かつて、今の時代にまで生き残った獣人たちと、種の存亡をかけた大戦争を起こし滅んだ人種。
長い歴史の中で絶滅した人間種族は沢山あるが、獣人と亜獣人の戦争ほど苛烈な種族の存亡をかけた戦いはないというほど、徹底的に互いを殺し合った。
その理由としては亜獣人の攻撃性の高さが挙げられている。
亜獣人は人として認められる最低限の知能しかなく、対話できることもあったと記録には残っているが、思い通りにならなければすぐに暴れて他種族を殺そうとする野蛮な種族だった──というのが、今世の歴史に残っている亜獣人という種族だ。
その低い知能を補うかのように、獣人よりも身体能力は高い傾向にあった。
さらにイヌ科やネコ科、ネズミ科など、そういった亜獣人の間の種の違いには寛容で、非常に高い同族意識で結束力が高く、互いに裏切らないという、やっかいな性質を持っていたせいで、思った以上に獣人と亜獣人との戦争は長引いた。
竜郎たちが元の世界に帰ろうと奮闘している際に、過去で出会った、とある部族は、その亜獣人のせいで滅んでいる。
『でもなぁ。歴史っちゅうもんは、大体勝った側に都合のええ解釈に変わっとるんとちゃう?』
『ヤバいやつだから絶滅まで追いやったっていうほうが、聞こえは良くなるからな』
実際に亜獣人という種族と絡んだことがないため、今のところは聞きかじった情報でしか判断できない。
とりあえず悪者というレッテルをいきなり貼り付け、そういう目で見るのは止めておこうという流れにはなっていた。
『確か私が集めた本や資料の中では、獣人と亜獣人は相容れない存在で、世論は話がちゃんとできる獣人側に味方し、支援した。
そうして最終的に世界から完全に孤立した亜獣人が、歴史から退場させられたという流れだったはずです』
それがミネルヴァが知る限りの、亜獣人という種についての、この世界の歴史だった。
『んー、なんで獣人さんたちと相容れなかったんだろ。一番近い種族だよね』
『亜獣人と呼ばれるのが嫌だったから……とかでしょうか』
アーサーは獣人の亜種と言われるのが気に食わず、獣人を滅ぼして純然たる獣人という種族名を手に入れようとしたから──という推測を口にする。……といっても念話で話しているので、実際の口からは出ていないのだが。
『それは分かりませんが、一番の理由は「同族嫌悪」という説が最も有力視されていましたね。
近い種だからこそ、その見た目の違いや種としての在り方に嫌悪感を抱いたんだとか』
『逆に近すぎたからってやつか』
今の時代も亜獣人のような見た目をした種族は存在している。
だが遺伝子的に亜獣人ではないため、獣人ともめることもなく普通に生きていることからも、何か特別な種を憎む理由はあったのだろうと、歴史家や研究者たちは結論づけていた。
『それもほんまか、まだ分からへんわ』
『おお? 千子ちゃんは、わりと亜獣人側の肩を持ちたい感じ?』
『肩を持つ……ちゅうか、うちも吸血鬼いう避けられやすい種族やろ?
だから何も自分で確かめんと、偏見だけで決めたくはないだけや』
『あーね。確かにそうかも』
『だが、我々の目的は亜獣人ではない。ですよね、マスター?』
『まあな。ここで大人しく暮らしてるっていうなら、俺たちも何かするつもりはないし、お互いに不干渉でいけばいいさ』
呪魔法も使い、完璧に竜郎たちは認識の外にいる。まだ距離的に離れているが、今横を通り抜けられても気づかれない自信はあった。
それはこの空間を作り出している、霧のようなミクロレベルの集合体である魔物も同様だ。
竜郎たちが、自分たちが作り上げた亜空間に入り込んだことは、微塵も気づけていない。
『だがこの亜空間を作り出せるっていう面白い特性を持ってるし、帰りがけに問題なさそうなら、こいつはテイムしていきたいところだな』
『え? でもそうすると亜獣人さんたちも付いてきちゃうんじゃない?』
『いや、全部じゃないって。端っこの数匹だけもらって、後は自分で増やせばいいだろう』
『今の時代に亜獣人を外に解き放てば、どんな混乱が待っているのか分かりませんからね』
『うちらは野菜の魔物さえ手に入れば、ええんやしな』
『でもさぁ…………ちょ~~~っと、亜獣人さんも気にならない?
絶滅したと皆が思ってる幻の種族だよ。ちゃんと見てみたくない?』
『……実は私も、興味があります』
ミネルヴァも自分の目で観察したいようで、小さく右手を挙げ、愛衣の意見に賛成の一票を投じる。
『まあなぁ。レーラさんとかいたら、私も呼べよって言ってきそうな案件ではあるかもしれないしな』
『逆にあの方なら見たことがあるのでは?』
『……そうだった。この状況は珍しいが、レーラさんにとって、亜獣人は別に見るほどのものではないのかもしれないな』
クリアエルフとして不老の存在であり、その中でも比較的歳を重ねているレーラは、余裕で亜獣人たちがまだ生きていた頃の時代にも存在していた。
世界中で暴れ回っていたと言われる種族なため、見たことは絶対にあるだろうと、竜郎はアーサーの言葉にハッとさせられる。
『まぁ、見たいって言ったら連れてきてあげればいいわけだしね。
たつろー、この空間を作ってる魔物の名前とかは分かったんだよね?』
『ああ。グリモースっていうアメーバに近い極小魔物だった。
今度はどんな存在なのかも、どんな名称の魔物なのかも、ちゃんと理解したから、完全探索マップでリアルタイムで居場所が特定できるようにはなってるぞ』
速さでも本気を出せば竜郎たちの方が上だ。
《魔物大事典》の生息域の情報という曖昧なものではなく、いつ何時でも、マップ上のどこにいるのか把握できるようになった今、もはやこの魔物を見つけ、この空間に来るのも難しいことではなくなっていた。
『ならお野菜の魔物が、あとで足りないよ~ってなっても安心だね』
『そんなことには滅多にならないと思うけどな。じゃあどうする? 先に亜獣人の方に行くか?』
『うちはどっちもかまへんよ』
『私もどちらでも』
『ならば、ここは早めに後顧の憂いを断ってから、のんびりと観光気分で亜獣人を観察してみるというのが良いのではないでしょうか』
『そうだな。本来の……というか、絶対に片付けておかないといけない用件から先に片付けようか』
『さんせー』
念話で話していたが、雰囲気で話が付いたのが分かったのか、竜郎にもらった飴を大人しく食べていた楓に菖蒲、フレイムにアンドレたちが、「話は終わったの?」と首を上げる。
孤高を好むフォンフラー兄弟も、美味しい食べ物はちゃんと受け取りに来るのだ。
『そうと決まれば、さっさと回収しに行こう』
『どんなお野菜なのか、楽しみだなぁ』
『一言に野菜言うても、種類はようけあるから予想つけるんは難しいなぁ』
野菜より肉や魚、果物派が多い竜郎たちだが、美味しい魔物にハズレはないため、いよいよかと、なんの野菜か分かるその瞬間をワクワクしながら待ち望む。
せっかくなら直接確かめたいと、ミネルヴァも内部については最低限の情報しか集めていない。
亜獣人の強さも、竜郎たちからすれば何人いようと敵ですらないため、ひとまずそちらは放置して、竜郎たちは件の野菜の魔物のいるであろう方角を目指して進んでいった。
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