第454話 予想外の存在
寝ずに《魔物大事典》を駆使し、目的の魔物の生息域情報を集め続けた結果、ある事実が浮かび上がってきた。
それを共有するため、竜郎が書き込んだ地図を広げ、まだ寝ている幼竜たち以外のメンバーで覗き込む。
「これを見るに、機械のように同じルートを通っているってわけではなさそうだよな」
「そうですね。まだデータ量が不足していますが、現時点では法則性も見当たりません」
ミネルヴァが竜種の高い知能をいかんなく発揮して、その無軌道なルートに何かしらの意図を見出そうとしたが、今のところまったく見えてはこなかった。
それを聞いてアーサーは眉根に皺を寄せて唸る。
「では我々が先回りするというのは難しいということか」
「特にはないが、人気のない場所を好んで移動しているように見えるな」
「確かに法則性はないかもしれんけど、人気のない場所っていう共通点はありそうやない?」
「ここは荒野だし、あとは森に砂漠、凍土……ほんとだね。見事に人のいなさそうなとこばっかりだ。人見知りなのかな?」
「人見知り云々の前に、そもそも知能のある存在なのかってところだが、意図的に人目を避けているのなら、なにかしらの意思を持った存在ではありそうか」
目当ての美味しい野菜魔物の亜種を、一斉に運んで世界中を移動して回っているナニか。
それが一体何なのか全く想像もできず、地図を囲んで五人は首を傾げるしかない。
「ルートから言って転移ではなく、とんでもなく速く移動している──といった可能性が高いかもしれませんね」
「転移やったらもっと飛び飛びのルートになってもええはずやけど、これはちゃんと一つに繋がるからなぁ」
「そもそも転移が使える存在自体が少ないだろうからね」
「短距離転移を異常な速度で繰り返すことができるというのなら、それでもこういう線状のルートになりそうではないか?」
「それでも転移系は魔力消費が激しいから、そんなに連続で使えるとなると、相当な力を持っていることになりそうだが……」
竜郎たちでも、転移が使える存在は数えるほどしかいない。
短距離でいいのなら奈々が使えるが、竜郎にエーゲリアにイシュタルといった真竜くらいでなければ、自在に世界中を転移で飛び回れない。
竜郎たちの商売で流通革命を起こしてくれた、竜郎の眷属──モヤ美という例外もあるが、あれはあれで魔王種という魔物の中でも稀有な存在だ。
そうそう似たような力がある存在はいないだろう。
「この速度で大量に物体を運べるというのも、十分に脅威ではありそうですが」
「それでも、うちらをどうにかできるとは思わんけどなぁ。神さまからも、何の忠告もないんやろ?」
「ないな」
「私もないかな」
少なくとも竜郎たちですら危険が及ぶようなことがあるのなら、等級神や魔神、それに愛衣を娘だと言って気に入っている武神が何も言ってこないわけがない。
その時点でこのナニかは、脅威度的には竜郎たちにとっては高くないと判断できる。
「いざとなれば私が盾となりお守りいたしますが、その必要もなさそうですね。
それならマスター、待ち伏せはできないでしょうか」
「そうだな。俺もちょっと考えてたところだ」
「でも法則性はないんじゃなかったっけ? それなのに待ち伏せできるの? あ、ここで来るまで粘るとかかな?」
「うちらを感知して避けとるわけでもなさそうやし、それでもいつか来るような気はするわな」
「ですが効率を考えるのなら、直近のルートから人気のない場所を割り出し、山を張ることもできるかと」
「あー、そーゆーことね!」
ポンと手を打つ愛衣が可愛らしくて、竜郎は優しくその頭を撫でた。
「ん? どったの?」と愛衣は不思議そうにするが、悪い気はしないのでそのまま撫でられ続けた。
「ここにずっと居続けても暇を持て余すだけだ。
俺たちの方から能動的に、一体何が原因でこの謎の現象が起きているのか調べてみよう」
じっと何日も待っているだけというのは性に合わないと、竜郎側からアクションを起こす方針に舵を切る。
竜郎は《魔物大事典》を発動して、直近の居場所を確かめ地図に指をさす。
「今はここだ」
「となると、山を張るならこの辺りだろうか……。ミネルヴァはどう思う?」
「そうですね。ざっと見たところでは、そことここも──」
「ほなこっちはどうなん?」
「ここも人がいなさそうだよ」
「こうして改めて見てみると案外、人のいないところってのも多いんだな」
山を張るにしても候補はそれなりにあった。
さらにこうして話している間にも、刻一刻とナニかは移動し続けている。
竜郎たちはある程度、予測が絞られやすい場所に行ってくれるのを待ちつつ、山を張る場所を即決し、そこへ向かうことにした。
荷物も全てまとめ、いつでも出かけられるように準備は万全だ。
その頃には幼竜たちも起き出して、のんびり朝食を食べながら竜郎は《魔物大事典》と睨めっこし続けた。
そして──ここだという位置に来たところで、すぐに地図の上に人差し指を乗せた。
「ここならどうだ」
「じゃあここ!」
ある程度候補が絞られる位置。そして愛衣を筆頭に一斉に人気のなさそうな場所を指さしていく。
竜郎たちの指が最も集まった場所──いわゆる多数決で、向かうべき場所を即座に決めると、急いでその場所へと魔法で気配を消し、転移も駆使して移動を開始した。
「外れだ。次に行こう」
「おー!」
「「うー!」」「「ガァ……」」
忙しない行動にフレイムとアンドレは溜息を吐くが、楓と菖蒲は楽しそうだ。
似たようなことを当たるまで繰り返し続け、ついに六度目で当たりを引いた。
「来るぞ!」
「どんなのかなぁ。わくわく」
「楽しみやわぁ」
完璧にナニかとぶつかる場所に位置取ることができ、竜郎たちはようやく正体が掴めると警戒はしつつも、ドキドキしながら待っていると、そんなことにも気づかずにそれはやってきた。
「来ましたが…………あれは、何でしょうか?」
「気配はあるのに姿が見えない……だと?」
「いや、アーサー。見えないくらい小さいんだ」
「ええ? どゆこと!?」
それは極小の生命体──もっといえば魔物であった。
肉眼では見ることすら難しく、いることが分かっていなければ気配を探ることすら難しい小さき存在。
「霧みたいなものを想像してほしい。一匹一匹は小さくても、それが大量にリンクし合って一斉に移動しているんだ」
「見えへんくらい小さいのが、どないして野菜の魔物をいっぱい運ぶっていうんやろ……」
どんなに小さかろうと、一度見つけてしまえばもう竜郎とミネルヴァの索敵からは逃げられない。
音速を超えた速度で移動するそれに、竜郎たちも悠々とついていき、それを観察していく。
「なるほど……これはまた珍しいですね……」
「ああ、ちょっとアレも欲しいな」
「もう、たつろー。二人で分かり合ってないで、私たちにも教えてよ」
「悪い悪い。どうやら、あれは俺の《強化改造牧場・改》の異空間に近いスキルを持ってるみたいなんだ」
「一体一体は大したことはありませんが、億、兆といった大量のあれらが繋がり合うことで、それを可能とするエネルギーと演算力を確保しているのでしょうね」
「つまり……あれらが維持している異空間に、マスターがお探しの魔物はいるということで合っているのだろうか?」
「はい。その認識で間違いないかと」
「じゃあ、あいつをやっつければ出てくるのかな?」
「いや、そんなことをしなくても────────────────────よし、解析できた」
竜郎は杖まで出して、追いかけながら全力でミクロな魔物のスキルを解魔法で解析していた。
それも終わり、竜郎は満足げに頷きながら全員を時空魔法の魔力で包み込んでいく。
「あいつらの異空間も完全に把握できたから、直接中に飛んでみようと思うが、皆いいか?」
「私はいいよ」
「マスターがお望みとあらば、どこへでも」
「構いませんよ」
「うちも、ええで」
「「うっうー!」」「「ガァ」」
さすがのフレイムたちも好奇心が湧いたのか、消極的ながらも行くという感情を竜郎に伝えてきた。
念のため全力で魔法の障壁で全員を覆ってから、竜郎は皆を連れてミクロ魔物の集合体の腹の中──とでもいえる異空間へと転移した。
そして、その先にあったのは──どこかの森だった。
「は? なんだここ」
「ここに私たちの探してる魔物がいるん………………なんだろ? 今、遠くから声がしなかった?」
「我々の他に人間がいるのかもしれませんね」
「こんなところに住んではるん? けったいな人たちやね」
「攫われたという線もありえそうですが、どうなのでしょう。……いえ、ちょっと待ってください。主様」
ミネルヴァがまだ遠くにいるであろう人間を確認したところで、動揺したような声をあげた。
その珍しい反応に、竜郎もすぐにその人物を調べると──。
「亜獣人だと……?」
獣人との生存競争に敗北し、世界から滅んだとされる人間種族。
人間の体をベースに犬耳や尻尾が生えているのではなく、獣をベースにした毛むくじゃらの獣人たちが、この異空間に大量にいた。
次も木曜日更新予定です!




