第446話 ノースリンネ
随分遠回りになってしまったが、必要なものは全て集め終えることができた。
竜郎たちからしても大変なこともあったが、それもいい思い出だとカルディナ城に帰還を果たす。
「ん、早く創ろ」
「新しい酒がそれで作れるかもしれねぇしな」
「ヘスティアもガウェインも、本当に欲望に忠実だなぁ……。まあ、それでもいいんだが」
「「う!」」
「ふふっ、この子たちも早く欲しいって」
「みたいだな」
欲望に忠実なのは楓と菖蒲も同じようで、こちらも早く早くと袖を引っ張って来るため、竜郎は苦笑しながら二人の頭を撫でてから、ブルーシートを敷いてその上に複数体分の必要素材を置いていく。
魔物創造の魔法を発動させると、素材が溶け合って混ざり形を成していき──4体の植物系魔物が現れた。
「あら、意外。こちらの子は、随分と地味なのね」
「美味しさ……特化……だから……?」
「まぁシャルォウ王国で見た近縁種の『スリンカ』は、味を捨てて美しい見た目になったことで人間に保護してもらえているんだ。
そこを考えれば生存競争における進化としては、ある意味で正しい道筋だったんだろうな」
「ヒヒーーンヒヒンヒヒー、ヒヒンヒン(それで一国の経済をブンブン回しちゃうんだから、大したものだよねー)」
この種は魔物として別に強いわけではない。なのでスリンカが美しくなければ、シャルォウ王国に目をつけられることなく、ジワジワと生息地を他の魔物に奪われ消え去っていたかもしれない。
あんな目立つ魔物など、格好の餌食なのだから。
しかし美しい見た目にたまたま突然変異して、進化していったからこそ、今では人間から過剰なほどの愛を注がれ、ぬくぬくと生きられるようになった。
まさにスリンカは生存競争の勝者とも呼ぶべき植物系の魔物だ。
「それで……この子はなんていう魔物なのかしら?」
「ノースリンネ。かつてそう呼ばれていたらしい」
一方で生存競争に敗れ……たのは主に、腹ペコなドラゴンたちに原因があるが、今この世に再び呼び戻されたノースリンネは非常に地味な魔物だった。
成木ほどの太さもある濃い緑色の茎。枝のように太い葉柄が伸びて、楓たちと同じくらいの大きさの葉っぱを何枚もぶら下げている。
なんと形容すればいいか。地味すぎて、動かなければただの植物としか思えない。
「ん、どこ食べればいい? 茎にかじりつけば甘い?」
「いや、そこは食べちゃダメだから、死んじゃうから止めなさい。今、実を作ってもらうから、待っててくれ」
今すぐにでも結実してもらわなければ、甘味を求める獣と化したヘスティアが、根っこまで食べてしまいそうな勢いだったため、竜郎は慌てて眷属のパスを通じてノースリンネに命令を出す。
ノースリンネも生命の危機を感じたのか、四体がそれぞれの葉柄を伸ばして蔦のように絡ませ合い、大きく肉厚な花弁を持つ赤っぽい花を咲かせる。
それらを擦り合わせて受粉すると、花がどんどん色褪せていき、花弁が落ちると中から白い綿菓子のような、モコモコとした実があちこちにできてぶら下がっていく。
「ヒヒーーン?(あれがそうなの?)」
「ああ、あれが美味しい魔物食材になるはずだ。全員で試食してみよう」
「ん、待ち切れない。このために、頑張った」
「変わった実だな。ホントにうめーのか、見た目だけじゃまったく分かんねーな」
「見た目だけじゃ果物に見えないね。ふわっふわだよ、これ」
「不思議……な……果物……。どうやって……食べれば……いい……の?」
魔法で切り落としてキャッチし、皆に配ったそれは、小玉スイカほどもある楕円形の綿菓子のようなもの。
綿菓子と言われれば信じてしまいそうなそれを手にしながら、竜郎が説明していく。
「この和菓子みたいな部分は、言うなれば皮だ。この中に本命の実が詰まってる。
だがこの皮も糖分が結晶化してできた、言ってしまえば本当に綿菓子のようなものだから、この綿部分も普通に食べられるはずだ。
糖の塊みたいなものだから、めちゃくちゃ甘いだろうけどな」
「ん、望むところ」
「「あう!」」
「そこは好きにしてくれ。皮を食べてみるもよし、剥いて中を食べるも自由だ。
それじゃあ皆、今回は予想外の旅ではあったけど、無事にこうしてノースリンネを手に入れることができた。
手伝ってくれてありがとう! いただきます!」
「いただきまーーす!」
竜郎の「いただきます」の言葉に各々が返事をすると、各々がそれを食べはじめる。
竜郎はものは試しだと、まずは糖が結晶化してできたという綿のような皮を齧ってみた。
「ん──っ!? これ、なんだ……めちゃくちゃ甘いんだが、くどくないし、むしろ上品で……普通にこれだけでいけるぞ」
「すっごいね、これ! 皮がお砂糖のお菓子みたい!」
「ん~~~~♪ 甘い……しゃぁわせぇ~……」
皮だけでヘスティアの顔が蕩けていたが、竜郎もそうなるだろうなと思ってしまうほど、ただの実を守る外皮だけでも美味しすぎた。
口に含むと綿が舌の上で溶けて、濃厚な甘さが口いっぱいに広がっていく。
甘すぎるほど甘いはずなのに、すぐに次を求めてまた皮を齧っている自分がいることに気が付かされる。
「この皮で砂糖を作ったら普通に売れるんじゃないか……?
今まで食べてきた中のどれよりも、最高級の砂糖ができそうなんだが……」
「酒のつまみには向いてねーが、酒を造るのには使えそうな糖分だな」
やはり皆も皮からいったようで、口々に甘い甘いと声が聞こえる。
楓と菖蒲も目をキラキラさせながら、自分たちの顔くらいはありそうなそれを夢中になって食べていた。
そんな二人を見て笑みを浮かべながら、皮を食べていった竜郎の視界に、その中身が見えてきた。
中は透明な水あめのような質感の、楕円形の不思議な果実。
取り出すと見た目よりは硬く、ちゃんと形を保っているが、一般人でも握り潰せそうな柔らかさだ。
鼻を近づけ匂いを嗅いでみれば、甘さの中に酸っぱさも感じさせる香りが鼻に抜けていくと同時に、脳裏に似た香りの果物が思い浮かんだ。
「ねえ、たつろー。これって……バナナ?」
「ああ、バナナに近い香りだ。でもそれよりももっと気品があるというか、とにかく味も確かめてみよう」
「だね。あーむっ──────────ん~~~~~~~~!?」
「んんっ!?」
隣に立つ愛衣と同時に竜郎も口にしてみれば、お互いに見つめ合いながら叫んでしまう。
美味しい魔物食材には慣れてきたが、やはり絶品だった。
香り同様にバナナを思わせる味ではあるが、それよりも濃厚な甘さと爽やかな甘酸っぱさが、抜群の配分で混ざり合ってまったくもって、くどさを感じさせない。
これなら何個だって食べられると、すぐに中身の実を食べ尽くしてしまった。
「うめぇな……。甘いものはそれほど好きってわけじゃねーが、これは別格だ」
「ん、凄すぎる……これはもう花丸あげるしかない……。これを食べるために、私はきっと生まれてきたんだと思う」
「それは違うと思うけれど……、確かにこれは絶品ね。
こんなの味わってしまったら、他のお菓子が美味しくなくなってしまいそうだわ」
「こんな……美味しい……ものが……昔は……あったんだ……」
「ヒヒーーン!(おいしーー!)」
皆が感動を分かち合うように、それぞれの感想を自然と口にしていた。
「果物というより、本当に高級で超がつくほど美味しい、バナナ風味のお菓子みたいな感じだな……」
「バナナよりも断然、こっちの方がおいしいけどね。もう私、普通のバナナは食べられなくなっちゃったよ」
皆の手の中からノースリンネの実が消えた。綺麗に皮も綺麗に残さずに、全員食べてしまったのだ。
何もない空っぽの手を見ると、そのまま視線を上げてノースリンネの方へ皆の顔が向く。
視線の先にあるのは、まだ実っている綿菓子のような実。それをじっと見てから、その視線がゆっくりと竜郎に集まってきた。
「はぁ……。分かったよ。あと一個だけだぞ。他の皆の分も、ちゃんと用意しておかなければいけないんだからな」
「そうは言っても、たつろーだって食べたいんでしょ?」
「まぁな。それじゃあ、皆には内緒だぞ。もう一個ずつ配っていこう」
「ん、最高。一生ついてく」
「「うっうー!」」
「ありが……とう……」
竜郎はもう一個ずつ行き渡るように魔法で果実を切り落としていき、ここにいる皆に配る。
そして他の皆には申し訳なく思いながらも、今回の旅を頑張ったご褒美だと言い聞かせ、竜郎も二つ目のノースリンネを食べていったのだった。
次も木曜日更新予定です!




