第444話 オーベロン帰還
帰りは場所も分かっていたため、あっという間だった。
「まぁ、それが普通なんだけどね」
「これまでの場所が場所だけに、感覚がマヒしているのかもしれないわね」
元国王がいるため、シャルォウ王国の王城に直に降り立ったジャンヌ。
皆がぞろぞろと空駕籠から降りていると、王位を継いだばかりのオーベロンの息子──フーガロンが息を切らせて走ってくるのが見えた。
「お、おかえりなさいませ。父上っ」
「おお、フーガロンか。それほど経っていないというのに、旅の内容が濃すぎて久しぶりに思えてきたぞ」
「それで、どどどど、どうだったのですか? ほ──本当に見られたのですか!?
随分とお早い帰還ですし、2つくらいは実際に見られた──ということで良いのですか!?」
「ん? 何を言っているのだ」
「……もしや、1つも見れなかったのですか?」
世界最高の冒険者にして神の御使いたちをもってしてもそれでは、あまりにも夢がないとフーガロンは落胆した表情を見せる。
オーベロンからすれば何で2つなのだという意味での返事だったのだが、フーガロンからすると別の意味に聞こえてしまったようだ。
オーベロンも竜郎たちと旅に出る前なら彼の反応も理解できたのだろうが、この旅路で竜郎たちの常識が少し移ってしまったようで、息子の考えに首をかしげるばかりだった。
自分はこんなにも素晴らしい体験をしてきたというのに、何故息子はこんなにしょぼくれているのだろうと。
「1つどころか、私は七つ全てをこの目でしかと確かめてきたのだがな。なぜそういう話になっているのだ?」
「……はい? な、七つ全て?」
あまりのショックについにボケたかとすらフーガロンは考え、竜郎たちに視線を向けてくる。私の父は正気なのですかとばかりに。
竜郎たちは苦笑しながらも、うんうんとそれに頷き返した。
「私はてっきり半年から一年は帰ってこない大冒険だと思っていたのですが……。
実は旅行に行くくらいの気軽さで、行けてしまうような場所だった──という話なのでしょうか?」
「馬鹿者! そんなわけがあるものか!
ハサミ様たちの助力があったからこそ、私のような老人でも七つの危険地帯に行って五体満足で帰ってこれたのだ。
我々がどれだけ金を積み上げて腕利きの冒険者たちを何人も雇ったところで、あの恐ろしい場所では儂を守るどころか、早晩全滅しておったはずだ。
ハサミ様たちと一緒でなければ、巡り切ることなど到底不可能であったことだろう。
お前が思い描いている世界最高ランクの冒険者の凄さを、さらに千倍に見積もっておいていい」
「せ、千倍も!?」
「千でも足りるか分からないほどだ。それほど私は凄まじい場所を凄まじい速度で巡っていった」
「どうやら本当に全ての絵の題材となった場所を巡ったのですね。父上は」
「ああ、私の人生観全てがガラリと変わってしまうほどの衝撃だった……。
あれだけの景色を七つも見れたのだ。もう私はいつ死んだって構いはしない」
「そ、それほどの景色を自分だけ……おのれぇ…………玉座を私に押し付けておいて…………」
「はっはっは! 神様が人生の最後に、その機会を私に下さったのだろう!」
「くそじじぃがぁ……」
もう自慢したくてたまらないといった様子で息子に得意げな顔をするオーベロンに、同じく芸術と美しい物を愛するフーガロンは、嫉妬に狂いそうになって歯ぎしりをしていた。
『ヒヒーーーンヒヒヒーーン(このままだと親子喧嘩がはじまっちゃいそー)』
『爺さんも面倒だが、その息子も息子だぜ、まったくよ』
『ん、似たもの親子』
『じゃあ喧嘩になる前に陛下……って、ずっと呼んでたけどもう王様じゃなかったのか、オーベロンさんって』
『フーガロン様が陛下になったんだっけ。まぁいいんじゃない、どっちでも』
『ん、この国に属しているわけでもないから気にしなくていいと思う』
『公的な場所でもないしな。ってことで、ジャンヌに撮ってもらった写真を渡しておくか』
『ヒヒーーン(ばっちり撮れてるよ!)』
オーベロンは空駕籠の中で疲れて眠ってしまっていたが、シャルォウ王国に帰還中に竜郎はジャンヌからデータを受け取り、地球から持ってきたプリンターでA4サイズの光沢紙に印刷していた。
お金に物をいわせて業務用の最新機種を《無限アイテムフィールド》に入れてあったので、高画質カメラで撮った風景もかなりそのままに印刷してくれている。
その内のよく風景が捉えられているものと、せっかくなのでオーベロンが映っているものを、七種の景色から数枚ずつピックアップしておいた束を《無限アイテムフィールド》から取り出した。
「オーベロン先王陛下、フーガロン陛下、これはお土産です。受け取ってください」
「「これは……………………これはっ!?」」
「息……ぴったり……ね……この……二人……。本当は……仲がい……い……?」
「そうなんじゃないかしら」
写真を渡すと食い入るように、奪い合うように、されどどこまでも丁寧に扱うという、実に器用なことをしながら竜郎が渡したお土産を鑑賞しはじめる二人。
「い、いつの間にこれほど精巧な絵を描いていたのですか!?」
「ちょっと特殊な魔道具がありまして、それを使って景色を写し取ってきただけですよ」
「だけとおっしゃいますが、これほどの美しい景色を納めた絵をただでもらうなど……」
「そ、そうだ。息子よ、いいことを言った。国庫を開けい! 芸術作品を買い集めるために確保してある財源があっただろう!? そこから出せばいい」
「そうですね! それがいい!!」
「いや、その程度でお金とかは別にいいですよ。それよりも、僕らの目的を果たさせてもらえればと思います」
「これ以上お金もらってもね」
「贅沢な話だけれど、アイちゃんたちからすればそうなるわよね」
竜郎たちもそれなりに散財しているつもりではいるし、ばら撒いてもいるのだが、それでもどんどん収入が増えていくため、こんな写真ごときでお金をもらってもしょうがない。
なので時は金なりとばかりに、少し急かすようで悪いが本題に戻してもらうことにした。
時もほぼ無限にある竜郎と愛衣にとっては、別に彼らが満足するまでのんびりくつろいで待っていても良かったのだが、これでお金の話は流れてくれた。
「目的…………──あ、これは失礼いたしました!! ついついこちらのことが気になってしまっていて、なんと無礼なことを……」
「ああ、私としたことが、あれだけ世話になっておきながら自分のことを優先するなんて……申し訳ございませんでした!」
「いえ、別に急いでいるわけでもないので、そこまで謝らなくてもいいですよ。
こっちも世界災凶絶景七選はなかなかに楽しめましたからね。それを教えてくれたことに感謝したいくらいです」
「これほどの景色ですからね。羨ましい限りです……」
「ほっほっほ、実際見たが、それはもう素晴らしいものだったぞ。息子よ」
ちらりと横目で見てきたフーガロンに、またオーベロンは写真を見たせいで余計に感動が蘇ってきたのか、息子からすれば自慢にしかみえない、憎たらしい顔をしていた。
当然フーガロンは青筋を立てていたが、さすがにまた竜郎たちを放置するほど冷静さも欠いてはいなかった。
「ではこれ以上待たせてはいけませんし、もともと父の我儘ではありましたが、本当にその願いまで叶えていただきました。
これから我が国の宝を管理している場所まで、ご案内いたします」
「ありがとうございます」
「旬の時期に来て下されば、もっと自信をもって案内でしたものを……。そこだけが残念ですな」
「それはまた今度の機会に見に来させてもらいます」
「だね。それにあんまり綺麗過ぎたら、私たちが一体捕っていくのも、気が引けちゃうかもだし」
「いつ来てくださっても、最上級の特等席をご用意させていただきます」
「それは楽しみですね」
そんなやり取りをしてから竜郎たちは少し待ち、フーガロンたちが用意してくれた、巨大な全員が乗り込める魔物車に乗りこんでいく。
ジャンヌで行ったほうが快適で早いのだろうが、せっかくだし彼らの行為に甘えることにした。
相変わらず飾り立てられた馬車に揺られ、竜郎たちはいよいよ美味しい食材となる魔物の素材となる──スリンカ。
こちらの国ではレーテシャローフロスティという、豪華な名前が付けられた魔物が飼育管理されている場所に向かっていった。
「ヒヒーーン(どんな魔物なんだろ)」
「少なくともこれほど国が栄えるほど人を呼び込める魔物なのでしょうし、期待せざるをえないわよね」
「世界災凶……絶景……七選……と……どっちが……凄いか……楽し……み……」
「世界災凶絶景七選と比べるのなら、やはり旬の時期に来ていただきたかったですな」
「またそれか。そんなに旬の時期とそれ以外だとちげーのか?」
「そうですね。旬でなくても美しくはあるのでしょうが、やはりもっと輝く時期に、沢山のレーテシャローフロスティが集められた場所を見るのが、一番あの素晴らしさを実感できますので」
「そうですね。私も父と同意見です」
やはりオーベロンとフーガロンは、初見を旬じゃない時期に見るのはもったいないと感じてしまっているようだ。
ただ竜郎たちにも、エーゲリアの卵が孵る前に入手しておきたい。
そのためにも多少感動が薄れてもと、レーテシャローフロスティの場所に行く必要はあるのだ。
そうして竜郎たちは、目的の場所にたどり着いた──。
次も木曜日更新予定です!




