第434話 死にながら生きるモノ
トワイライトが残してくれたモノリスは、隠すように大き目の尖った岩に貼り付けられていた。
「この先で見るのが一番だ。ただひたすら登ればいいだけ。簡単だろう──か」
「簡単だろうって言われてもね。分かりやすくていいけど、真に受けてどんどん先に行っちゃう人とかいそう」
「馬鹿みてぇに走って先に行っちまったら、足が抜けなくなってそのままおっ死ぬやつもいそうだぜ」
「ん、でも少しずついけばちゃんと引き返せる親切設計」
「これを親切と言えるのはあなたたちくらいよね……」
モノリスは確認できたため、そのまま竜郎たちはトワイライトが示した通り、もはや一つの地形と呼べるほど巨大な魔物の死骸を登っていく。
登るほどに足元の尖石が貫こうとする力は強くなっていき、いよいよ常人の枠を超えた超人たちでしか登れない領域までやってきた。
「ヒヒーーーン? ヒン(ガウェインが言ってた人かな? この人って)」
「結構……いる……の……ね……。人間さん……は……変な……人……も……多い……」
この辺りがまさに境界線と登山者に教えるかの如く、白骨死体がちらほらと散乱していた。
魔物だけでなく人間の骨もあり、例外なく骨ごと足を貫かれて引き抜くこともできずに死に絶えたことがうかがえる、藻掻くような痕跡が残っている。
この辺りになると植物や苔すら生息できないのか、そういうものもよく見ることができた。
「ですがおかげで、この場所の危険さが分かるようになっていますね……」
だがオーベロンの言葉通り、それが「この先、危険」の看板代わりになっているおかげか、新しい死体はどこにもない。
どれも完全に白骨化して、風雨にさらされ朽ちかけているものばかりだ。
「念のためもっと障壁を強くしておくか」
竜郎たちはまだしも、オーベロンは少しでも影響を受け入れば足底を貫かれるどころか、体中を尖石に引っ張られて穴だらけになり、即死しかねない領域なため念には念を入れて目一杯障壁を厚く強くしておく。
だがそれ以上することは特にないため、ほんとうにあとはただ登るだけ。
白骨死体のラインを越えると、もはや竜郎の肉体でもノーガードでは肉に食い込むほどの圧が下の尖石からかかるようになった。
しかしそこまで到達できるものはいない、もしくはここまで来られるのなら上まで行ける実力者ということか、もうどこにも死体らしきものは転がっていない。
「「あう……」」
「ありゃりゃ、お眠になっちゃったかな。こうなってくると、それはそれで暇だよね」
竜郎と愛衣で楓と菖蒲を抱っこすると、2人から可愛らしい寝息が聞こえてくる。
やっていることは尖岩だらけで急こう配の山を登るだけ。
代わり映えのしない光景に、なんのアクシデントも起きない平穏さ。
場所だけでも平穏とは程遠いのだが、手厚く守られている状況下では眠くもなってくるというもの。
そのまま寝かせた状態で、竜郎たちはもっと上へと登っていった。
「そろそろ頂上だ。陛下、もうすぐ見られますよ」
「おおっ、いよいよですかっ!」
竜郎たちが完全サポートしているとはいえ、連日世界屈指の危険地域を老体でずっと周っているとは思えないほど、生き生きした表情でガウェインに運ばれているオーベロン。
まだ今登っている槍山が背になっているため、目的の景色は見えていない。だがもう頂上はすぐそこだ。
ここまでくると障壁なしは竜郎たちですら怪我をする領域になっているが、ちゃんと守られているので問題はない。
そのまま一気に竜郎たちは駆け上がっていき、山の頂上へとたどり着く。
「あれが『虹繭に包まれた槍山』の光景なのね……素晴らしいわ……」
「あぁ……本当にそのままの光景を見られる日が来ようとは…………」
「「うっうー!」」
トワイライトがベストスポットだとお勧めしただけあり、距離や角度からして今、竜郎たちが登り切った槍山から見るのが最も最高のロケーションだった。
頂上から真正面にちょうど、その光景を成す槍山がよく見える。
それはあの絵の通り、天空を突き刺すように細長く伸びた長大な槍山を、淡く虹色に輝く不思議な繭が包み込んでいた。
光の反射によって鮮やかに色を変え、極彩色の彩りを竜郎たちに見せてくれる絶景だ。
そろそろ頂上というところで起きた楓と菖蒲も、それを見てはしゃぎだす。
「ん、豪華な綿あめみたい」
「あははっ、確かにそうかも。めっちゃ豪華な綿あめだね」
「そう表現すると台無しになる気がするから、やめとこうな……」
綿あめというほどフワフワとした見た目ではないが、そう言われるともうそうとしか竜郎には見えなくなってくる。
長く尖った山も綿あめの棒のようで、竜郎の中の感動が薄れそうになってしまう。
だが一軒家を大きく超える巨大綿あめなら、それはそれで見てみたい気もしてしまう。
竜郎はヘスティアと愛衣によって生じた雑念を振り払うように、この辺りにおそらくあるであろうトワイライトの痕跡を探していく。
すると登り切った頂上の向こう側に少し下った場所に、いつものモノリスが設置してあるのを発見する。
うっとりと見つめて動きそうにないオーベロンはガウェインに任せ、竜郎は愛衣たちと一緒にそこに刻まれた文章を確認しに向かう。
「まだ体力が残っているなら、繭の下に行ってみるといいかもしれない。
中へ入れる穴がある。楽しむといい──か」
「こ……こから……だと……かな……り……距離……が……ある……」
「ん、確かに。歩いていくと日が暮れそう」
繭が巨大すぎて距離感が掴みづらいが、その全貌が見える今いる山から繭が直接張り付いている山まではかなり距離があった。
いったい何があるんだろうとワクワクしながらハイキングもいいかもしれないが、まだ他にも周らなくてはいけない場所もある。
「私はできれば早く見たいかなぁ」
「だよな。軽く魔法で調べた感じだと別に空を飛べるなら飛んでも大丈夫そうだし、ここから向こうまではショートカットで行ってもいいだろう」
「ヒヒーーーン?(じゃあ私に乗ってく?)」
「ああ、そうさせてもらうよ」
ここは上に行くほど突き刺そうと引っ張る力が増していくが、ジャンヌであれば強引に渡ることも可能。
それに竜郎も魔法でサポートするので、飛べるならそれでいける。
ここまで来てみても、なにかそれで大きく環境が作用されるようなものも確認できなかったため、また頂上に戻って撮影しつつ、しばらく眺めてからオーベロンも連れて繭の下へとジャンヌに皆を乗せて行ってもらった
あっという間に繭の下に到着。
この場所が他のどの場所よりも強力に、尖石に引っ張られる。
その石ももはや短い槍ほどの長さで、殺意が高すぎる上にバランスが取り辛い場所だった。
竜郎は強固な障壁を足場としながら皆で外に出て、巨大な繭を下から見上げていく。
するとトワイライトがいっていたように、幅2メートルほどの穴がポツポツと開いているのがすぐに分かった。
あの大きさならジャンヌも小サイ状態なら余裕で入っていける。
「あそこから入れってことか。何があんのか分からねぇが、行ってみろってんなら行くしかねぇぜ」
「はい! 私は何もできませんが、お供させていただきますぞ!」
オーベロンも張り切っているため、そのまま休憩なしで繭の中へと行くことに。
竜郎が先にネタバレ覚悟で中を探査魔法で調べ、危険がないことを確認すると、重力魔法で皆を持ち上げその穴から内部へと侵入していった。
「す──すごぉ……。綿あめとか言ってごめんなさい」
「神秘的で素敵な場所だわ……。あの繭の中はこうなっていたなんて……」
「おぉ……これがあの『虹繭に包まれた槍山』の先にある光景……私はなんて幸せ者なのだろうか……」
中は色とりどりの宝石の鍾乳石とでもいうべきものが、繭の内側のあちこちにできあがっていた。
それぞれが淡く光を灯し、少し薄暗いが逆にそれが宝石たちを際立たせてくれている。
そして繭の中央辺りには、巨大な宝石のようなものがくっついており、そこから特大のエネルギーを放たれていると、入った瞬間からオーベロン以外の全員が気付いていた。
「ヒヒンッ、ヒヒヒーン?(ねぇ、ダディ。中央のアレってなにか分かる?)」
「ああ、あれは魔卵……のなりかけだな」
「なり……かけ……? どう……いう……こ……と……?」
「どうやらこの槍山の死んだ主は、生き返ろうとしてるみたいなんだ」
「マジかよ! 根性あるじゃねぇか! そいつは楽しみだぜ!」
「ん、そんなことになったら大変」
「大丈夫だよ、ヘスティア。ガウェインからすれば残念なんだろうが、生憎とその生き返りは永久に叶わない。
その生き返りが不完全だからこそ、この中も外もこんなにも綺麗になったんだからな」
「この中が……ということは、この宝石のようなものは全部失敗に終わった魔卵の残骸……ってことかしら?」
「察しがいいな。正解だ、イェレナさん。というのも……」
この魔物は相当に生きることに執着が強かった。
理不尽ともいうべき力を持つ存在に殺されてしまったが、それでもなんとか死ぬ間際にまだ生きたいともがいた。
もともとそういった生まれ直しの素養もあったことで、それは叶った──かのように思えたが、あまりにも死の間際に恐怖を味わったことでミスをしてしまった。
「簡単にいってしまうと、警戒しすぎて防衛に力を使いすぎたんだ」
生前の莫大な生命エネルギーは、繭で包んで守って保護した。
その時点でこの巨大すぎる魔物は古き肉体は死んでも、仮死状態でなんとか存在を残すことはできた。
そのため生前のエネルギーはある程度残せたし、完全に死んでもいないため魔力も回復する。
あとはその力を使って、自分の次の肉体を生み出すための魔卵を繭の中で作り出すだけだ。
けれど生き返るために必要な力と、その繭──厳密には繭の中身を守るための力の配分を間違えてしまった。
死の間際の意識が残っている一瞬でそれを決めろというのは魔物にとって酷な話だが、あまりにも自分を殺した存在への恐怖が勝り、生き返るために必要な力よりも守る──近付くものを刺し貫く力へ多く割くよう設定して死んでしまった。
そのせいで魔卵は途中までできあがるが、必要なエネルギーの供給に回復が間に合わず不完全な状態で崩れ落ちる。
でもまた回復したら魔卵を一から作り出しはじめ、またエネルギーが足りずに途中で腐るように崩れて落ちる。また回復したら魔卵を一から──と、ここで永遠にそれを繰り返していた。
「そして崩れ落ちた宝石は繭の内側に溜まっていき、繭は防衛本能に従って魔卵の残骸の力を吸ってさらに硬く守りを固める。
あの虹色も色んな段階で不完全に終わった魔卵を少しずつ吸収していく過程で、染まっていったんだろうな」
「30%で崩れたり、80%崩れたりするから、ここの宝石も色が違うのかな?」
魔卵の再生も、そのときの状態によって止まる段階が違う。
愛衣がいったように100%に近付くにつれて、この魔物の魔卵は色を変えていくため、これほど様々な色の宝石のような残骸が積み重なっていったというわけだ。
「しかしそうなると、この魔物はこれからも永遠に仮死状態のまま……私たち人類にこの景色を見せてくれるということでしょうか?」
「そうなると思います。誰かがここを破壊しない限りは、ずっとこのループを続けていくでしょう」
「それはなんとまぁ、ご愁傷様ってやつだな。こうなっちまうと、いっそ哀れなもんだぜ……」
「ん、でもそのおかげでこんな綺麗なとこに来れた。感謝したいくらい」
「ヒヒーーン、ヒーンヒヒヒーンヒン(もしも生まれちゃうようなら、壊さないといけないところだったしね)」
それは、あまりにも人間側の都合だ。
それでもこの魔物はありえない可能性に縋って仮死状態で居続けたいのか、それとも潔く死んでいたほうがマシだと思うのかは、もう誰にも分からない。
ここで生かしたいと思うのも、引導を渡してやりたいと思うのも、結局は人間のエゴでしかない。
「なら素直に、俺たちはここに感謝しながら見学させてもらうことしかできないな」
「綺麗な景色を見せてくれてありがとう。大きなカメさん」
「「ありあとーかめしゃん」」
せめて感謝の祈りだけは捧げようと、竜郎たちはその場で一度、この素晴らしい景色をこの世に生み出し、見せてくれた巨大すぎる魔物に黙祷を捧げた。
次も木曜日更新予定です!




