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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第二一章 皇妹殿下爆誕編

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第419話 湖の謎と続き

 天井からは蝶たちの擬態によって映し出される、まやかしの優しい木漏れ日が降り注ぐ。

 閉じた場所のはずなのに大気は揺らぎ、柔らかな風が頬を撫でる。

 程よい湿度で保たれ、気温も寒すぎず熱すぎずちょうどいい。

 小鳥たちがさえずり、虫や動物の鳴き声も聞こえ、人のいない自然が広がっていた。


 そこはまるで小さな楽園だ。

 これまでの道中であった危険地帯が幻だったかのように、多様な弱き魔物たちで構築された生態系が、そこに出来上がっている。

 弱き魔物たちがときに生きるために狩りをして、ときに草の下、木々の枝の上で体を休め、安らかに眠る。

 食う、寝る、生きる。基本的にやっていることは、外と変わらない。けれどここまでの魔物たちを見た後では、まるでお遊戯会でもしているかのよう。


 そして極めつけは、視界一杯に広がる透き通った清らかな湖。

 蓮に似た揺らぐ白炎の花弁を水底で咲き乱れさせ、まるで極楽浄土にでもいるかのような風景がそこには広がっていた。



「しゃかにゃ」

「う~ゆらゆら」

「ほんとだ。お魚さんが泳いでるね」



 よく見ると湖にも豊かな生態系が出来上がっており、小さな魚やカニ、水蛇やウミウシのような魔物が白炎の花と共に暮らしている。



「なんというか、あの花を守っているようにも見えるな」

「ヒヒーーン?(どーゆーこと?)」

「ん、よく見ると花についた虫を魚たちが食べてる」

「その魚……も……別の……に……食べられ……てる……けど……」

「それが生命の循環というものじゃないかしら。虫を食べた魚を食べた水トカゲも、ほら──あそこでもっと大きなカエルに食べられてる。

 あのカエルも他のヘビとか、もっと大きな魚に食べられて、今度はそういう大きな魔物の死骸が小さな魔物たちや水底の栄養に代わって、花が咲くための養分となっていくのだと思うわ。

 湖の周りだってそうよ。そうやって生命が循環し、周囲の土壌から流れた栄養が湖の中に溶け込んでいき、水の生命もより活性化したりもするのだから」

「おぉ、さすが妖精樹の研究を任されてるだけあるね! すっごく詳しい」

「このくらいで褒められてしまうのは、少しだけ複雑な気もするけど……ううん、素直に受け取っておくわ。ありがとう、アイちゃん」



 素直に称賛する愛衣に、少しだけ気恥ずかしそうにイェレナははにかんだ。

 そんな中でオーベロンは誰の話も耳に入らず、ただ涙を流したまま自分が絵の中に入り込んだかのように錯覚し、今起きているのか、寝ているのかさえ分からないほど夢心地で立っている。

 ジャンヌは皆にも見せてあげようと植物魔法で出した蔓に持たせたカメラで撮影しはじめ、竜郎も湖に目を奪われながらも解魔法を使って周囲の情報を集めていく。

 そうしていくと竜郎は、この湖の花畑の謎が少し解けたように思えた。



「なるほどな。ここは、あのチョウたちが丹精込めて作った箱庭なんだ」

「作った? この自然をか? そんな知能があるようには思えねぇけどな」

「そうすることで生き残れたり、強くなれたりしたから、もう生命活動の一環としてDNAレベルで刻まれた行動を取っているんだと思う。それもこれも全部──」

「ヒヒーーン?(あの花を咲かせるため?)」

「そうなんだろう。全てここは、あの花とチョウにとって都合のいい空間になっているとしか思えないからな」

「湖の外も?」

「ああ、そっちは水質を安定化させたり、イェレナさんがいっていたように湖の栄養に関わっていたりだとか、そういう役割もあるんだと思うが──あそこを見てほしい」

「卵……かしら? あの形だともしかして、上のチョウたちの魔卵?」

「正解。湖の周りの環境は、チョウたちの安全な揺りかごとしての役割も果たしている。

 あの魔物を外から持ち込んでいる謎な行動も、この生態系を維持するついでに、幼虫が安全に育つためのエサにもなる魔物をここに放り込んでいるんだ」

「へぇ、だから揺りかごかぁ。分かりやすい表現かも。

 じゃあ、ここにいる魔物全部、チョウたちが選別して連れてきたのかな?」

「その可能性が高い。その証拠に、チョウたちには自分たちの毒に対する抗体を一時的に植え付けるスキルがあって、ここにいる魔物の多くにその抗体が植え付けられた痕跡が残ってるからな。

 それがない個体は、ここに定着した魔物。つまりここに連れてこられた親個体から生まれ、育ったチョウたちの養殖魔物なんだと仮定すれば説明もつく」



 ここは外部から閉じた場所。ただ放置しているだけでは完全な維持は難しく、チョウたちは足りなくなった役割が果たせる魔物を外部から持ち込み、ここに放って強制的に生態系の一部に加える。

 また個体数が減らないように定期的に産卵し、湖周辺の魔物を食べさせて育ててもいた。そのためイモムシの頃でも確実に倒せる、害されることのない魔物しかここにはいないように調整されている。

 もしも突然変異で強い個体が湖やその周辺で生まれようものなら、速やかに上で蓋をしているチョウたちが間引きにやってくるという徹底した管理体制がしかれていた。



「ん、じゃあなんでチョウたちはそこまでして、この環境を守ってるの?」

「それはまぁ、あの花の生育が難しいってところと、生きるために必要な養分だからだろうな。

 この火山はもとからかなり強い魔力が巡っているみたいで、本来なら頻繁に火山活動が起こっていてもおかしくない山だ。

 けどここでそれが起きないのは、そのエネルギーを花が吸っているから。

 山自体の魔力で分かりづらいだろうけど、あの花一つ一つにかなりの魔力が貯えられているから、それを吸収するだけで生きていくには十分すぎるほどの力を摂取できるはず。

 あの白い炎みたいなのは、そのエネルギーが漏れ出して燃えているんだろうな。

 そして魔力が豊富に溶けた水で冷やし続けなければ、貯え過ぎた力のせいで自壊してしまうから、こういった特殊な湖の底でもなければあの形を維持することも難しいと考えて間違いないだろう」



 あの美しい花々が成長し、花を咲かせるまでの工程には、莫大な魔力と豊富な栄養がなければすぐに枯れてしまう。途中で魔力の匂いを嗅ぎつけた何者かに手折られても、お終いだ。

 そんなある意味では、欠陥だらけの植物がこの花の正体。


 だがたまたまここでなら、それを維持できていたから今もあるだけ。

 最初はこれほど見事な花畑でもなく、せいぜいが数本たまに生やすのが精一杯な環境だった。

 だがチョウたちの祖先がそれを見つけ、チョウたちは進化の過程でより種の繁栄と、その花の力を沢山摂取するにはどうすればいいのかと迷走しつづけ、長い年月をかけて最適化して今のような花畑を、このチョウたちが作り上げ維持し続けられるまでになった──というわけである。



「ってことは、あのチョウがいなくなったら、この花畑もいずれ無くなっちまうってわけか」

「あのチョウが守ってなければ、山の魔物たちが入ってきて滅茶苦茶に荒らしていくだろうしな。

 こんなに栄養豊富で食べがいのある場所は、他にないだろう」

「じゃあ下手に攻撃したり、追い払ったりしなかったのは大正解だったってことだね」



 もしも不用意に刺激してしまい、万が一ここではもう住めないと移動されてしまうと、ここを管理するチョウはいなくなってしまう。

 そうなれば生態系は崩れ、花は枯れ果て、ただの魔境と化すだけだ。



「なんだかタツロウくんの方が詳しいみたいで、少し恥ずかしくなってきてしまったわ」

「俺は魔法でゴリ押して解明しただけだから、そんなに褒められたものでもないですよ」

「それはそれで羨ましいのだけどね。にしても本当に綺麗ね」

「うん…………私の……とこ……にも……こういう……の……ほし……い……。

 管理者さん……つくって……みたく……な……い……?」

「あはは、七つのトワイライトの絵を疑似体験できるってのも面白そうかも。どう思う? たつろー」

「そうだなぁ。また人が増えそうだけど、それもまた一興か」



 オーベロンは全く聞こえてないようだが、念のためダンジョン関係の話題は魔法で遮っておいた。

 そうしてこの景色の謎が解明できたところで、竜郎はここにも残されたトワイライトの痕跡を見るべく移動する。

 この箱庭の隅の方。ひっそりと小さな石板が、土や植物、コケに埋もれていた。

 石板についた植物や汚れを魔法で払うと、そこにはトワイライトのインクで「おめでとう。だが今がそうじゃないなら、夜を待て──。楽しむといい」と書かれていた。



「夜を待て? まぁ夜の方が白炎も映えて見やすいから……か?」

「ん、でもお日様も、あのチョウが見せてるだけ。夜なんてくるの?」

「時間的にはもう1、2時間で日没って感じだけどね。どうする? 待ってみる?」

「俺は別にいいぞ。この景色を見ながら、のんびりと食事でもしながら待つっていのも乙なもんだろう」

「「ごはう?」」

「ふふっ、そうだよ。そろそろご飯にしよっか」

「「あう!」」



 トワイライトに勧められたというのもあるが、お腹もすいてきた。

 オーベロンもまだトリップ状態。時間に余裕がないわけでもないため、日没までのんびりすごすことにした。

 竜郎が《無限アイテムフィールド》にしまっていた料理を出し、湖が見える場所に木製のテーブルや椅子まで用意して、気分はもうピクニック。



「景色なんて大して興味もなかったが、こうして飲む酒は格別だな……。

 バーで知り合ったおっさんの話も、あながち間違ってたわけじゃなかったのか」



 ガウェインは酔うことがないため、オーベロンの護衛についても酒を飲みながらでもできてしまう。

 この美しい『白炎が咲き誇る静寂の湖底』を肴に、自分で持ってきた酒をチビチビと飲んでいた。

 イェレナも羨ましそうに見ていたので、酔い冷ましが必要なら魔法でできますよと竜郎が言ったことで、彼女もガウェインに注いでもらった琥珀色のお酒をグラスに満たし、舐めるように度数の高いアルコールを摂取した。



「あれ? もう酔っちゃったかしら?」

「ヒヒーーン?(それは早すぎない?)」

「湖の中の花畑が活性化しはじめたのか……? 時間は────そろそろ夜だ」



 水底の白炎の花弁が、大きく揺らぎはじめる。



「そういえば自然すぎて忘れてたけど、なんかちょっとずつ暗くなってきてるかも」

「夜も生態系の維持に必要ってことなのかも────これはっ」

「わっ──」



 幻の日の光は徐々に夜へと切り替わり、完全に暗くなってくると花々がさらに大きく花弁を反らし、より壮大な花を咲かせはじめる。

 この時間になると周期的に山の魔力が一時強まり、それを吸った花は崩れる寸前まで力に満たされた。

 限界まで開き切った花弁から、花吹雪のように花弁が水中を舞っていき、水面に向かって浮上していく。

 水面から完全に顔を出した白炎の花弁は次々とパチッと小さな音を立てて爆ぜ、花火のように淡い白い魔力の粒子となって周囲に飛び散る。

 小さな光の粒が重力に逆らって、水面の上をさらに上昇していく光景。

 限界まで力強く白炎の花々。水をたゆたう白炎の花びらたち。

 水面に映る、水面に透けるそれらの光景。

 その全てが合わさることで、はじめてここにきたときよりもさらに幻想的で、竜郎たちは言葉も出せなくなり、ただただそれを見守っていた。


 だがそれで終わりではない。

 白い魔力の粒子がチョウたちの元にたどり着いたとき、幻想的な青い光を放つ翅を優雅に羽ばたかせ、巨大なチョウが数匹ずつ降りてくる。

 美しい光景の一部となったチョウたちは、平然と水の中に入って花の元にたどり着く。

 長いふんを伸ばし花弁の中心にそれを突き刺すと、蜜を吸うようにして花が貯えた純度の高い魔力や栄養を吸収する。

 お腹が満たされるとまた上に戻っていき、別のチョウと交代して──と繰り返し、パンパンに力で膨れ上がっている花を元の状態に戻していった。


 全てが終わるまで数時間の長きにわたる、一大イルミネーションショーといったところか。

 だがその間、誰もが飽きることも知らずに最後まで見入ってしまっていた。

 風景に興味などないと言っていたガウェインですら、酒を飲む手が止まり、瞬きを惜しむかのようにその光景を目に焼き付けていた。



「あの絵は…………はじまりでしかないのかもしれません…………」

「オーベロン陛下?」



 いつの間にか自然が見せてくれたショーは終わり、オーベロンが正気に戻っていた。

 涙やら鼻水の跡やらと顔面は酷い有様だったが、その顔は悟った仏のように穏やかだ。



「ねぇ、陛下。はじまりっていうのは、どういうことかしら?」

「そのままの意味です。もしかしたら、トワイライトが描いた絵には、どれも続きがあるのかもしれません。

 あの絵で満足できず、そこまで実際にたどり着いた者だけが見られる続きが──」

「ここがたまたまそうだったっていうのも普通にありそうだけど、もしそうだったら凄いかも!」

「ん、今のは私もすっごく感動した。同じくらい感動できるなら、もっと見たい」

「俺も柄にもなく、心にきちまったな。あの光景は……。思い出すだけで酒が美味くなりそうな光景だったぜ……」



 実際にここまでで感じ取れたトワイライトの痕跡からも、本来の景色を見せたがっているようにも感じられた。

 本物はもっと凄いぞ。本物を見られた者だけが見られる絶景があるぞ。そう言っているかのように、今なら思えてしまう。



「ちょっと──いや、これはかなりワクワクしてきたな」

「うん! 早く次が見たくなってきちゃった」



 あの夜の光景を見てしまうと、もうあの絵では満足できなくなってしまった。

 だが今夜もう遅いため、楓や菖蒲もお眠な様子。

 オーベロンもなにやら余韻に浸って地面に根が張っているように動きそうにないため、朝が来るまで竜郎たちはそこでのんびり過ごすことにした。

次も木曜日更新予定です!

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