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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第二一章 皇妹殿下爆誕編

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第418話 隠された湖へ

 竜郎は険しい山を登り切る手前で、重力魔法を発動させて全員を宙に浮かべ、風魔法による球状の防御壁で一人一人を包み込んだ状態で頂上にまで上がり切る。



「あの、これはどういう……?」



 そこには何もない。それこそ生物らしい気配が全くない、ただの山の頂上にしか見えない場所。

 だがちゃんと調べていくと分かる、かなり危険な場所となっていた。



「ちょっとしゃれにならない毒が充満してるので、こうしないと全身毒に侵されて死んでしまうんですよ。

 陛下のその鎧ごしで地面を踏むだけで、全身から血が噴き出しながら、跡形もなく肉体が崩れ落ちますよ」

「──ひっ」



 竜郎たちならレジストできるレベルの毒性だが、ここまで強力で濃厚に充満した空間はなかなかお目にかかれないほど。

 なのに無色透明で限りなく無臭。解魔法にも引っ掛かり辛くなっており、半端な魔法使いでは気づけないといった厄介なものとなっている。

 即効性の毒で、皮膚に少し触れただけで一瞬で人が死ぬ。オーベロンの鎧などの、特殊な魔法加工がされた装備ですらすぐに駄目になる。

 気付けずに血を吹き出し、肉が崩れて死んでいった魔物も多そうだが、この地の魔物たちには既にあそこには行ってはいけないという情報が遺伝子レベルで刻まれているため、ここだけは静かなものである。



「殺意が高すぎるね、ここの魔物は。よっぽどここが大切なのかな?」

「その毒とやらは、やはり魔物のせいなのですね。ですがいったいどこに……」

「あの辺のところは全部、魔物が擬態して作ってるだけだぜ」

「ん、たぶんお目当ての場所はあの下」

「私にはいるのは分かっても、どんな魔物かは分からないわね」

「たくさん……の……ちょう……ちょ……だと……思う……」

「ヒヒーン(せいかーい)」



 登り切るまではあんなに何種類もの強力な魔物たちが、その日の生きる糧を巡ってしのぎを削り合い、縄張りを主張しあっていた。

 けれどここにいるのは、たったの一種類。されど数は万単位。それらが協力して、この山の頂を占拠している。

 だがオーベロンには不自然なほど生き物の気配がしないだけの、ただの山の頂上にしか見えていない。

 しかしその山頂に見えるほとんどを、羽根を広げれば全長1メートルほどもある蝶の魔物が密集し、羽の色や質感を変えてカメレオンのようにただの山頂に見せかけているだけだった。



「ここで待て。さすればいずれ道は開く……か」

「これはトワイライトの筆跡ですな」



 トワイライトが指示してくれたルートから来たのだが、そこから頂上に出ると分かりやすいところに白い石板が設置されており、そこにはトワイライトからのメッセージが黒いインクで記されていた。

 それにいち早く反応するオーベロン。トワイライト関連の話になると、恐怖も薄らぎ反応を見せる彼に竜郎たちは感心すらしてしまう。



「ここはちょうど、あの魔物たちの索敵範囲外になってるっぽいね」

「ヒヒンヒヒン、ヒヒヒーーン(そうなるように、あの登山ルートを指定してきたんだろうね)」

「ん、かなりいい位置。たぶんここ以外だとバレてた」

「そうなってたらさすがに倒す以外はなさそうだったが、わざわざそうさせたってことは、何かしら倒すべきじゃない理由があるはずだ」

「一気にぶっ潰しちまうほうが、簡単にできんのにな。歯がゆいぜ」

「あなたたちなら一人でもそれができるんでしょうし、本当に凄まじいわよね」

「あそこ……こえたら…………そこ……に……ある?」

「ああ、そのはずだ。待ちに待った、あの絵の光景がな」

「たの……しみ……」



 ルナもかなり楽しみにしているようで、珍しく見てわかるほどご機嫌だ。



「……ただの山にしかみえない私に教えて欲しいのですが、その蝶の魔物とやらがいなかった場合、ここはどのような地形になっているのですか?」

「あそこに大きな穴が、ぽっかり開いていると思ってください。

 そしてその下には、いわゆるカルデラ湖。火山噴火でできた穴に、湧き水や雨水なんかが溜まってできた湖があるようです。

 件の蝶の魔物はまるで蓋をするように群がって、その噴火口を覆って隠していると思っていいです」

「で、では、その噴火口の下にあるという湖が……?」

「そのはずです」



 いよいよここまできたのかと、まだ一つ目なのにオーベロンは歓喜に体を震わせていた。

 彼からすれば命を懸けてでも来たいと思っていた場所。死ぬまでその夢は叶わないと思っていたというのに、人生の最後が近付いてきた今、まさかそれが本当に見られるのかと年甲斐もなく心臓の鼓動が速くなる。



「ここで……待ってれば……いい……の……?」

「トワイライトの言葉を信じるならな。ただかなり昔の話だし、今もそうだとは……ん?」



 魔物にバレないよう展開していた、竜郎の探査魔法の範囲内に反応があった。

 空に擬態してステルス状態になって分かりづらいが、山よりもさらに高い場所に同種の蝶が数体飛んでいる。

 それだけならまだ分かるが、この辺りの生態系にはいない弱いヘビの魔物を生きたまま抱えて運んでいた。

 そしてそのまま山頂まで高度を下げていくと、着地地点あたりにいた蝶がどいてその数体だけが通れる穴が開く。

 そして蛇を運んでいた個体たちが噴火口へと入っていくと、すぐにまた寄り集まって蓋をされてしまう。



「あれが開ける道ってこと? にしてはちょっと開いてる時間が短すぎない?」

「ん、それに位置が真ん中すぎ。あれじゃバレて戦闘になっちゃう」

「また来たな。今度は蜂……? の魔物を運んでるぞ」

「何がしてぇんだ? あいつらはよ。食いたいなら、さっさと食っちまえばいいってのに。非常食にでもする気か?」



 竜郎たちの疑問もよそに、また弱い魔物を運んできた蝶たちは噴火口の中へと入っていった。

 そのまま静かに手を出さず観察していると、他にも多種多様な魔物を運んで来ては、噴火口の方へと連れて行っているのが何度も目撃できた。



「あの中で、魔物の養殖でもしているのかしら?」

「そ、そんなところに『白炎が咲き誇る静寂の湖底』で描かれた景色があるのでしょうか……」



 もし本当に魔物の養殖をしているのだとしたら、あの中は阿鼻叫喚な光景が繰り広げられているのではないかと、嫌な想像ばかりがオーベロンの脳内を埋めつくす。

 それをさらに掻き立てるように、竜郎も不安になるようなことを口にしてしまう。



「そればっかりは、見てみないと分かりませんね。なにせもうトワイライトの時代とは、かなり違ってしまっているわけですし」

「そっか。そのときはあの蝶じゃない、別の魔物があそこにいたっていう可能性もあるわけだしね。

 あとからきたあの蝶たちに占拠されて、荒らされちゃったりとか普通にありそう」

「ヒヒン、ヒヒヒン、ヒヒーヒヒン。(そうなるとあの綺麗な景色も、あの蝶に滅茶苦茶にされてるかもしれないってわけだね)」

「ん、骨折り損のくたびれ儲けもありえるかも?」

「ここまできてそれは、さすがの俺もじいさんが可哀そうになっちまうな。ま、他に6個所もあんだから、そうなっても元気出せよな」

「そ、そんな……」

「いやいや、まだそうと決まったわけじゃないですから。行くだけ行ってみましょう」



 最終手段にするつもりではいるが、いざとなれば呪魔法で強引に認識を歪めて通り抜けてしまうこともできる。

 あの景色が今の時代でもまだ見られることを願って、そうしなくても通れる方法はないのかとしばらくそこで待っていると、ようやくそのときがやってきた。



「あっ、今じゃない? その道が開かれるってやつ」



 暫くじっと蝶の索敵範囲外で待機して観察していると、そこから近い場所にいた蝶たちが端からめくれるように空に飛び去っていき、やつらが噴火口に入るときよりも大きな穴が開いていく。



「あれなら──急ぐぞ」



 意識はこちらに向けられておらず、気付かれるより前に穴の方へ滑り込めば、戦わずに入られそうだ。

 だが呑気にしていれば、その穴もまた残った蝶たちに塞がれてしまう。

 竜郎は全員を僅かに浮かべたまま、その穴を目指す。オーベロンはガウェインが、イェレナはジャンヌが、その従魔二体はヘスティアが抱えた状態で一気に。


 穴に滑り込むと、そのまま蝶にバレないよう自由落下で速やかに下っていく。

 噴火口は崖のようになっていて、生身でオーベロンが飛び込んでいれば、下が水でも死ねるほどの高さがあった。

 思わずオーベロンは目を閉じて、必死にガウェインにしがみつき着地するのを待つ。



「これは…………」

「うわぁ……」



 やがて落下するような感覚がなくなり、竜郎と愛衣の声がオーベロンの耳に届く。

 だがそれが感動からくるものなのか、それとも落胆からくるものなのか──どちらか分からず、彼は恐くて目を開くことができなかった。

 そんなオーベロンを見かねてか、「なにしてんだよ」としがみ付いたままだったガウェインにおろされ、なにか柔らかい湿地の草を踏むような感覚が足底に伝わってくる。



「おい、じいさん。とっとと目を開けやがれ。お前が見たかったもんが今、目の前にあるんだぜ」

「──え?」



 もしもあの美しい景色が失われていたらどうしようと、恐怖で目を覆っていたオーベロンの手はガウェインに剥がされ、指でまぶたも強引にこじあけられた。

 するとまず最初に感じたのは、眩しいという感想。

 ずっと高い場所にある入り口は蝶たちに塞がれているのに、ここは思っていた以上に明るかった。



「あぁ……ああっ!」



 オーベロンの目から涙が零れだす。

 そこには自分の最悪の想像など吹き飛ばすような、『白炎が咲き誇る静寂の湖底』で描かれていたままの景色が広がっていた。

次も木曜日更新予定です!

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