第413話 お披露目
菖蒲は沢山の国宝や世界遺産級の美術品に触れ、お腹が満たされたときのような満足感に満ち溢れた表情をしていた。
「あふぅ……」
「ふふっ、菖蒲ちゃんにとっては、凄く楽しい場所みたいだね」
「この歳であれら全ての芸術を解するとは……尋常ならざる感性の持ち主です。
もしもアヤメ嬢が芸術の道に進まれるのであれば、我が一族はいくらでも協力いたしましょう。
必要あらば、いつでもお声がけを。ただのこの宝物庫の芸術に触れたいというだけでも、私は構いませんので。それは息子も同意見でしょう。
もしかするとトワイライトに並ぶ──いえ、それすらも超える芸術家になれるやもしれませんよ」
「この子の未来はこの子が決めることですから、僕からは何も言えないです。
ですがもしも菖蒲が将来それを望むのであれば、お世話になることもあるかもしれません。そのときは、よろしくお願いします」
「承知しました。息子にもそのように伝えておきましょう。
美を生み出す芸術家の卵のためならば、我が一族はどこまでも協力いたしますので」
芸術関係でいえばリアの故郷でもあるホルムズにも伝手はあるが、シャルォウ王家の美しい物狂いたちによって築かれた、通常の手段では得られない特殊な芸術や伝手を頼ることもできそうだ。
資質はありそうでも強制するつもりはないが、色んな可能性を見越してその才能を育む術を多く確保しておくにこしたことはない。
竜郎はいつか菖蒲の将来のためになるかもしれないと、その話を保留という形で受けておくことにした。
芸術の分野には造形も深くない竜郎や愛衣よりも、よっぽど芸術方面で菖蒲の役に立ってくれるだろうと。
「その代わりと言ってはなんですが、もしも……」
「もしも凄い美術品を生み出した際は、何作かという感じですかね」
「ええ、見返りは求めないと言いたいところですが、やはり……その、ねぇ?」
「そのときは、この子と相談してください」
「ですよね。分かっておりますとも」
捕らぬ狸の皮算用がすぎる話だったが、こうやって小さな芽にも反応していくことで、あらゆる美をかき集めてきた一族なのだろうと竜郎は察する。
そしてそんな一族に目をつけられた菖蒲は、本当に世紀の大芸術家になってしまうのではないかとも夢想してしまう。
『さすがに親馬鹿かな』
『ふふっ、いいんじゃない? 親馬鹿だって』
竜郎が何を考えているのかすぐに気付き、愛衣はくすくすと笑った。
「では、そろそろ本題に参りましょうか。こちらへどうぞ」
そうこうしている間に、本物のトワイライトの名画を見られるタイミングがやってきた。
年代も世代も種族も越えて、熱狂的なファンを生み出しているという作家の作品を目にできるぞと、芸術に興味のない竜郎たちでさえ少しワクワクしだす。
宝物庫の一番奥。そこには黒い幕が掛けられた壁がある。下には豪華な台があり、周囲と比べても、そこだけ特別だという雰囲気があった。
そんな場所に直系二メートル近い大きさの大きな長方形の形が七つ、幕い幕ごしにシルエットが浮き出ていた。
「数からして、あの幕の裏にあるのがそうですか?」
「はい。他六枚は複製画ですが、その中でたった一枚だけ本物です」
「一番奥の特等席?に飾ってあるんだね。オーベロンさんにとって、やっぱり特別な絵なのかな?」
「そうですね。この最奥の場所には、王になった者が代々自分の一番のお気に入りの作品を飾ることになっています。
この国の王になったものの特権ですね。
これだけの世界的な文化財の中から、自分だけが一番を決めることができる──なんとも贅沢な特権だと、それを父から教えられたときに絶対に王になってやると心に決めました」
「じゃあここにある絵が、オーベロンさんの一番ってことだね」
「その通りです。私はこの絵が、一番のお気に入りなのですよ。
この絵こそが、最も特別な場所に飾られるべきだと選びました。
幼少期に父に見せてもらってからというもの、すっかり惚れ込んでしまい、死んでもいいからこの絵の風景をこの目で見たいと何度思わされたことか。
確かにお金という俗世の価値にしてしまえば、もっと高値のつく物もあります。
ですがそんなものでは推し測れないものが、トワイライトの絵にはあると私は思っています。
死ぬまでに失われた4枚も見つけようともしましたが、我が一族のとっておきの伝手にも引っかからず……私には無理だったのが悔やまれます」
それは自分たちの知り合いが所有しています。とはとてもではないが言える雰囲気ではないため、竜郎たちは曖昧な表情のまま黙っておいた。
『お家に帰ったらエーゲリアさんに、他の3枚も見せてって言ったら見せてくれるかな? ここまで王様に言わせるなんて、凄い名画だよ絶対』
『俺まで興味が湧いてきたし、妖精郷の方も今度行ったときにでも見せてもらうか。菖蒲も見たいだろうし』
『ん、そのときは私もついてく』
『甘い物が関わってねーのに、珍しいな』
『ヒヒーン、ヒヒン、ヒヒヒヒーン。(ついでに妖精郷の甘い物めぐりでもしたいんじゃない?)』
『ん、バレちゃった。今度また腕を上げておくと約束してくれた、お菓子職人の妖精がいる』
『やっぱりヘスティアちゃんはそうだよね』
念話で話している間に、幕を引き上げるための位置に立ちオーベロンが紐に指をかける。
「そうだ。どうせならどれが本物なのか、皆さんで当ててみてください」
「ん、ゲームみたいで面白そう」
「まぁそんなスゲー絵だってんなら、さすがに分かんじゃねーか? 簡単だろ」
「ヒヒーン(だよね~)」
目利きごっこを本物の名画でできるぞと、竜郎たちも乗り気でオーベロンの提案に乗った。
「なんだか自信ありげな所が気になるのよねぇ」
「……そ……う……?」
何故かオーベロンは自信ありげで、まるでこれは分からないだろうとでも言いたげである。
そんな態度を取られると竜郎たちも俄然、当ててやろうとやる気が出てくるというもの。
前のめりになって全員が静かに黙って、暗幕が持ち上げられるのを待った。
「では──ご覧ください」
オーベロンが紐を引っ張ると、ゆっくり暗幕が上っていき絵から外れ、その姿を竜郎たちの前に晒していく。
「おぉ」と思わず素人ながらにも、感じ入るものがあったのか竜郎の口から声が零れる。
左から──
透き通る湖面の下、まるで天上の花園のように白い炎を花弁とした花々が咲き乱れている。湖底を揺らめく光の波と共に、儚くも美しい永遠に続くかのような光景を描いた絵。
黄金の葉を茂らせる荘厳な大樹。その上空に広がるのは、星々のように妖艶な輝きを放つ黒い天幕。闇と光が織り成す幻想的なコントラストは、現実を超越した神秘そのものを描いているかのような絵。
どこまでも続く海と空の境界線。その遥か遠く白く輝く雲海が広がり、銀色の雨粒が静かに降り注ぐ光景が描かれた絵。
銅色に輝く広大な砂漠。その中で吹き荒れる砂嵐が太陽の光を乱反射させ、周囲を輝きで満たしている。
その中心に静かに佇む、砂漠の猛威に耐え続ける黄金の遺跡を描いた絵。
天空を突き刺すように細長く伸びた山が、淡く虹色に輝く繭に包まれている。その表面は角度によって鮮やかに色を変え、陽光を反射して世界を彩っているかのような光景を描いた絵。
氷の大地に浮かぶ、不思議な紅い月。月は赤黒い光を放ち、その光が地面に万華鏡のような模様を映し出す。氷の表面には無数の結晶が浮かび、よりその妖しい輝きを際立たせているような光景を描いた絵。
地下深くに広がる広大な空洞。地下でありながら黄昏が存在し、静止した光の滝が神秘的な雰囲気を醸し出す幻想郷を描いた絵。
「左から『白炎が咲き誇る静寂の湖底』、『黄金樹と星闇の天蓋』、『銀雨降る白光の水平線』、『輝砂の嵐と黄金遺跡』、『虹繭に包まれた槍山』、『紅月の氷原』、『黄昏に眠る光滝の大空洞』という7つの題名を付けられた絵画を総称して、『世界災凶絶景七選』と言われているのです」
「どれも美しい絵ですね……」
「とっても綺麗。この中で本物が1枚しかないなんて、考えられないくらい凄い絵だよ」
竜郎と愛衣がそう言うと、オーベロンは自分が褒められたかのように嬉しそうに笑った。
「なにせ複製画とはいえ、描いたのはルマロス・ド・エルシャンテフですからね。そこいらの複製画とは──」
「ルマロスですって!? 彼がトワイライトの複製画を描いていたなんて、聞いたことがないわ」
「それはそうでしょうとも。彼の若かりし頃は貧乏だという話は有名です。
ですがどうしてもお金が欲しかったルマロスは、そのためにプライドを捨てて他人の絵を描くという行為で生計を立てていた時期が、ほんの少しの間だけあった──という話はごく一部の人しか知られていません。
ルマロスはそれを恥じ、本当に仲のいい友人以外にそのことを口外せずに亡くなったそうです。
それを我が祖先が見つけ購入した──ということですね」
「イェレナ……そんなに……有名……な……人……なの……? それ……も……お城……?」
「それはそうよ。本当に彼の作品だとすれば、かなりの値が付くはずよ」
そうは言われてもまったくピンと来ていない竜郎たち。イェレナは竜郎たちが異世界人だと知っているため、それもそうかとこっそり耳打ちしてくれた。
「あなたたちが有名な画家と聞いて最初に思い浮かべるような人、だと思えばいいわ」──と。
『俺たちの世界でいうピカソとかだと思えばいいのか』
『そう聞くと分かりやすいね』
その複製画すら凄い人物が描いたというのは分かったが、どれだけ見てもどれが本物か分からない。
幼いながらに趣旨はなんとなく理解している、ちびっ子たち。楓はもちろんだが、菖蒲ですら本物を見つけられていなかった。
「それではどれが本物か、聞いていってもよろしいですかな?
左から1番として、番号で答えてくださって大丈夫ですので」
「じゃあ俺は6ですかね」
「私は3!」
もう分からないので、竜郎たちは自分が好きな絵の番号を口にしていった。
順番に答えていき、ジャンヌもガウェインもヘスティアもイェレナもルナもそれぞれの気に入った1枚の番号を口にしていく中、楓の番となり彼女は7番を指さした。
だが菖蒲だけは、なかなかその中の本物だと思う絵に指をささず、ずっと首を傾げている。
「どうした? 菖蒲。別に外れてもいいんだぞ。気軽に答えればいいさ」
「うーう」
竜郎がそう言うと、菖蒲は首を横に振って最後まで選ぼうとしなかった。
どういうことだろうと竜郎が不思議がっていると、オーベロンが突然大きな拍手を鳴らしだす。
「素晴らしい! やはりアヤメ嬢は天才です!!」
「えーと……どういうことですか?」
そう問いかけた竜郎だったが、その意味がなんとなく理解できた。
ルマロスとやらの複製画を、自分の持っているものだけ除いて集めるような一族ではないだろうと思い至ったのだ。
「もしかして……ズルしました?」
「すいません。どうしてもアヤメ嬢の反応を見たくなりまして……。
試すような真似をして、申し訳ありませんでした」
「ねぇねぇ、たつろー。ズルってどういうこと?」
「つまりだな。ここにある7枚は全部、同じ人が描いた複製画ってことだよ。本物はまだ隠してあるんだ」
「ヒヒーン、ヒヒン。ヒヒーーン(じゃあここに本物はないってことなんだぁ。騙されちゃった)」
「そういうことかよ。どうりで見分けがつかねーわけだぜ」
「ん、でもアヤメは全部分かってたみたい」
「私たちと違って、この子だけはちゃんと目利きで判断した──というわけね……。本当に凄いわ、この子」
「あう!」
「あうー」
皆に褒められたと感じ、菖蒲は得意げに胸を張る。
姉の楓も凄いとばかりに、先ほどのオーベロンのように小さな手で拍手をしていた。
次も木曜日更新予定です!




